第15あやかしが視える眼鏡

「以上で報告終わりました。」

俺は今日の納品の報告を鬼塚にし終わったところだ。

「ご苦労さま。これからあやかし書店に行くけど、颯太の予定は?。」

「ああ、俺も一緒に行くよ。」

「前に変な発明品をあやかし書店に持ち込むなと颯太に言われたけど、実はあやかしが視える眼鏡を研究中なんだ。」

「一体どういう理由でそんなもの?。誰からの依頼だよ?。」

「依頼者はいない。以前からあやかしをみたいと考えていたんだ。だめかな?。」

ー鬼塚は大きな瞳で俺をじっと見つめる。こういう時だけ、年相応に見えるんだから。ズルイぞ。ー

突然の鬼塚の提案で、俺達はあやかし書店の婆ちゃんに相談する事にした。

「あやかしが視える眼鏡なんかを作ってどうしたいんじゃ?。」

「前から颯太にどう視えてるのか知りたかった。あと、颯太が視える事で友達とかに気味悪がられたのが気に食わない。」

「今はそんな事、気にしてないさ。鬼塚や菊岡さんや仕事関係で知り合った人達が良くしてくれるしな。」

「まあ、あやかしが視える眼鏡を使ってあやかしをみることで、視える者への偏見が無くなるかもしれないの。」

「じゃあ、作ってもいいかな?。」

そうして、鬼塚はあやかしが視える眼鏡の開発を始めた。

2週間後、

「あやかしが視える眼鏡が完成した。あやかし書店で待ち合わせないか?。」

俺は、鬼塚の誘いであやかし書店を訪れた。

鬼塚はいつもよりも少し大きな眼鏡をかけている。

「それがあやかしが視える眼鏡か?。普通の眼鏡に見えるけど。」

「颯太の後ろにいるあやかし君、なんていう名前?。」

後ろを振り返るとキロロが立って笑っている。

「キロロだ、よろしくって言ってる。あやかしが視えるのに声は聞こえないのか?。」

「そうなんだ。視える時に使ってる脳波と聞く時に使う脳波はやはり異なるらしい。残念。でも、次回には声も聞こえる様にするつもりだよ。」

「でもこれ、来週の学会で発表するんだろう?」

「そうなんだ。論文を完成する時間が必要だから、今回の学会では声を聞こえるようには出来ないな。」

「なんでこれを学会で発表するんだ?。他にいくらでも学会で発表出来る様な発明があるだろう?。」

「世の中にあやかしがいるって認識させたいんだ。あやかしが視える人を気違い扱いする輩がいるのがイヤなんだ。」

「学会はロンドンでだろう?。それならきっと、大歓迎されるよ。イギリス人はお化け好きだからな。」

婆ちゃんがいつもの様に食べ物のいい匂いと一緒にパタパタとやって来た。

「さあ、焼きむすびと味噌汁にみたらし団子をお食べ。」

「わあ、この焼きむすび、味噌󠄀で焼いてある。最高。この漬物も合うなあ。」

「鬼塚、研究中も、もっと栄養があるものを食べるようにしないと体壊すぞ。」

「大丈夫。最近は、菊岡さんが、コーヒーと一緒に、フランスパンとバナナと高カカオチョコとナッツとゆで卵とブロッコリーの茹でたのを用意してくれるんだよ。みんな頭の為に必要な栄養なんだ。」

「まあ、栄養のバランスは取れてるかな。あと、フルーツが必要くらいかな?。」

「リンゴとアボカドとグレープフルーツは冷蔵庫に入れてもらってる。」

「凄いじゃあないか。鬼塚も栄養について考えるようになったんだ。」

「まあね。颯太に何度か注意されたからね。それにしても、婆ちゃんの焼きむすび美味しかった。」

「そんなに気に入ったなら、明日の朝食用に焼きむすびを包んであげるよ。」

「ありがとう。婆ちゃん。そうだ、颯太、あの柱の横に立っているのもあやかしかい?。」

「イヤ、妖怪だ。昔は妖怪が視える人が沢山いたんだけど、最近は、どういう理由か妖怪まで、人間に見えなくなってる。」

「不思議だな?。颯太、視える人間と視えない人間の違いが解るかい?。」

「いいや。」

「本能を司る脳幹の一部が機能しているか退化しているかなんだ。あやかしが視える眼鏡は機械的にその部分を補っているんだ。」

「たぶん、妖力も退化していってるのじゃろう。人間が信じる心が妖力を強めると、昔から言われておる。人間があやかしや妖怪を信じない時代になったからの。」

婆ちゃんが哀しげに周りを見渡した。

「ここも、いつまで存在していられるじゃろうか?。」

「あやかし書店も妖力が関係してるの?。」

「そうじゃ。妖力のおかげで、いろんな次元の世界の繋ぎ目に存在しとるんじゃ。」

「この眼鏡を学会で発表すれば、科学者が

あやかしや妖怪の存在を信じざる得なくなる。そうすれば、一般人の認識も変わってくるだろう。」

「みんなが信じれば、あやかし書店も安泰ってこと?。でも、悪い物を見て、呪われる人が増える可能性があるよね。」

「その時は、颯太がどうにかするしかないね。」

「でも、俺は呪術師じゃないから、祓えないよ。」

「祓えないだけだろ。祓うのは誰かに頼めばいいさ。」

鬼塚はそう言って笑ったが、それがいい事なのかよく解らなかった。

ーあやかしが視える人間が増えると、悪いあやかしや呪いの被害者が増えるのか?。いや、視えない人間への呪いや悪いあやかしからの被害は、今だって沢山起こってる。ただ、それを悪いあやかしや呪いのせいだと解らずに、不思議な出来事だとほっといてるだけだ。ー

鬼塚はロンドンの学会で大喝采を受けた。

「もう帰国したのか?。ゆっくりイギリス観光でもしてくれば良かったのに。それに、さっき羽田空港に着いたばかりで、直接ここに来たのかよ。」

帰国後、自宅にも帰らずにあやかし書店に現れた鬼塚に、俺は呆れていた。

「ほれ、いなり寿司に味噌汁と大福じゃ。沢山お食べ。」

婆ちゃんがいなり寿司を山程作ってくれた。

「わー、これ、食べたかったんだ。いただきます。」

「婆ちゃんが甘やかすから。鬼塚はここに入り浸るんだ。」

「颯太だって入り浸ってるだろう。」

「俺は本の修理とか棚の修繕とかやることがあるからな。俺は一生涯ここの手伝いをするって決めてるんだ。」

「なんで?。」

「なんでって、爺ちゃんの紹介だし、爺ちゃんが死んじゃってから俺にとってはここが心の拠り所だったからな。」

「そういう所だよね、颯太って。」

「なにが?。」

「関わった人を大切にするよね。自分の事も友達になろうって言ったら、見捨てなかったし。」

「当たり前だ。俺は視えるから気味が悪がられて、関わる人が少なかった。だから皆の事大切にしたいと思ったんだ。ただ、お前と再会した時に、ひどい目に合った記憶の方が多かったから、逃げ出そうかと思ったけどな。」

「ひどいな。」

「今は感謝してる。金銭的に助かったし、お前の会社の人も取引先の人もいい人ばかりだ。仕事の面白いしな。」

それを聞いて鬼塚はチシャ猫みたいにニッと笑った。

「お前、なんか企んでるな?。」

「もう少したてば解るよ。その時のお愉しみ。」

ー鬼塚は一体何を企んでいるんだ?。背筋がゾッとした。ー

あやかしが視える眼鏡は『M−グラス』として発売された。

50セット発売したすべてを警視庁が買取った。

これまで、迷宮入りになっていた事件のいくつかはあやかしや怪異が関わっていたのだという確証を得たらしい。

「じゃあ、納品は颯太に頼むから。」

鬼塚は簡単に言い切った。

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