第7話空飛ぶ老人
長時間の講義を終えて、
「では、これから納品に向かいます。私が見本を見せますから、あなたは見ていてください。」
という事で、武蔵野まで二人で向かった。
俺の方は菊岡さんと一緒に車での移動で、幸せすぎて浮かれぎみになったんだが、菊岡さんは窓際に身をくっつけるようにして...。
ー俺って嫌われてるんじゃない?、イヤ、知ってたんだけどね。でも、いいや。菊岡さん、肌キレー。まつ毛なげー。いい匂いする。俺、キモいヤツになってる?。ー
俺らは、武蔵野の休暇の広い敷地の隅っこにある離れに通された。
「御屋形様はすぐに参られます、こちらでお待ちください。」
百歳を軽く過ぎたような老人が、看護師に付き添われて車いすで現れた。
菊岡さんが深くお辞儀をし、挨拶を始めようとすると、老人が軽く手を挙げてそれを制し、
「今すぐ、お願いする。」
「では、お庭をお借りして、準備をいたします。」
菊岡さんと俺が二人で、老人に装着したのは、介護用のパワーアシストをごつくしたような、軍用のパワードスーツを骨組みだけにしたようなしろものだった。
装着を終え、菊岡さんが老人に頷いて見せると、
「飛べ!。」
しゃがれているが力強い老人の声に反応し、背中から翼が現れ、すっと、上に移動したかとおもうと、力強く羽ばたき始め、同時に補強された足で、数歩、地を駆け、ドンと踏み切って、空に飛び上がった。
すごいスピードで老人は急上昇をし、上空を旋回する。
「フフフフ。」
羽の音と風の音に交じって、上空から変な声が聞こえてきた。
そう、老人が笑っていたのだ。
まるで子供の頃に読んだ江戸川乱歩の小説で、怪人二十面相が笑っているような不気味な光景だった。
帰りの車の中で、俺は菊岡さんに尋ねた。
「ゾッとしませんでしたか?。老人が笑いながら空を飛んでいる姿。あの老人、正気ですか?、ボケてたんでしょう。」
「ボケてはいなかったわ。子供の頃からの夢だったらしいわ。翼をつけて空を飛ぶのが。鬼塚社長なら、ドローンや、窒素や、反重力装置で空を飛ばせることが出来るって言ったのに、どうしても、翼で飛びたいって言いはったの。」
「どういう気持ちであんなことに大金を払うんでしょう?。」
「もう少しで人生が終わるっていう時に、自分の子供の頃の夢を思い出す人って多いらしいわよ。」
「子供の頃の夢?。そんなの俺、覚えてないですよ。」
「小学生の頃、作文で自分の夢についてよく書かされたでしょ。あれは、人生の目標を決めるために人生について考えることが必要だから、その訓練をさせているんじゃないかしら。」
「オレ、人生の目標なんて、考えたことないですよ。」
相変わらず、菊岡さんは窓際に身をくっつけるようにしながら、冷たい視線で俺をブスブスと刺した。
「目標を持たないと、毎日だらだらと過ごすだけでしょ。それで今のあなたがあるんでしょうけど。」
「厳しいな。生活費をどうにかすることしか今の俺には考えられませんよ。」
「だから、それを言ってるの。目的地が無かったら何処にも行けないでしょ。ただグルグル回っているだけになる。自分がどうしたいか、どうしたらそれができるかくらい考えなさい。何の為に生きてるの?。」
「餓死しないように生きてるんですよ。」
俺に対する菊岡さんの評価は、相変わらず最低のようだった。
「とにかく、我が社に迷惑をかけないくらいには、常識と能力をつけてちょうだい。」
別れ際に菊岡さんから投げつけられるように言われてしまった。
ー確かに、あやかしが見えることで両親や友人から距離をとられて、じっちゃんの家に逃げて。オレの人生、逃げてるだけだ。じっちゃんやあやかし書店の婆ちゃんの親切に甘えるだけだし。でも、オレに出来ることってなんにもないし。ー
「イヤ、これじゃあダメだよな。よし、先ずは生活費を自分で稼げるようになって、それから、じっちゃんの探偵事務所を継続したいな。オンラインの探偵学校で勉強してみようかな。」
声に出して言ってみるとなんだか実行出来るよう気分になってきた。
それで俺は、ベットで寝転びながら、ノートに書き始めた。
確か書く事で実行夢が叶う確率が上がるって本で読んだ事がある。
ー人生の目標が菊岡さんと結婚することにすれば。いや、その前に菊岡さんに相応しい男になって、菊岡さんに好かれるようにならないと。ー
一睡も出来ずにベットの上を転げ回ってたらいつの間にか朝になってた。
朝早くに、
「一日で終わる簡単な仕事がある。今日、会社に来てくれ。それと、仕事が終わったらあやかし書店に行かないか。」と、鬼塚からのメッセージが入っていた。
相変わらず鬼塚はあやかし書店がお気に入りらしい。
学校の帰りに鬼塚の会社に行って、スーツに着替え、菊岡さんに会いに行った。
「こんにちは。今日も社長に呼ばれたんですが。」
社長室に通され、鬼塚から今日の仕事の説明を受けてから、俺は菊岡さんの所に戻った。
「社長から今日の仕事は、辻先輩と同行するように言われたんですが、辻先輩はどちらですか?。」
俺の質問に答えて
「部屋の端にある机に座っているのが辻さんよ。」
と、教えてくれた。
「失礼します。辻先輩。西崎颯太といいます。今日はよろしくお願いします。」
「ああ、君が噂の颯太?。社長を呼び捨てするし、破れたジーンズとヨレヨレのTシャツで出社したんだって?。」
辻先輩は色白で髪の色は茶色っぽい、いたずらそうな瞳の、韓国系アイドルみたいな顔立ちだった。
「すみません。社長とは十年以上前からの知り合いで。それに、俺、ジーンズしか持ってなくって。」
「過ぎたことは仕方ないね。これから汚名挽回してよ。期待してるから。」
「はい、ありがとうございます。」
「所で、颯太。お前、菊岡さんの事狙ってるだろう?。」
いきなり図星を突かれて、俺はアタフタしてしまった。
「いえ、そんな。そんなにバレバレですか?」
「うん。隠す気まったくない感じ。まあ、僕も菊岡さんのファンだから。あんなに綺麗なんだから、惚れちゃうよね。」
「そうなんですよ。」
「とりあえず、仕事に向おう。もう、車下で待ってるから。」
俺と辻先輩は車内で菊岡さんの素晴らしさを延々と語り合った。
ー辻先輩っていい人だ。なんか、俺、この会社好きになりそう。ー
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