第6話菊岡さんとの出会い
鬼塚が会社を設立したから、俺をアルバイトとして雇うと宣言し、契約書にサインしにヤツの会社に来いと言いやがった。
8歳の頃に、鬼塚のおかげで散々な目にあった俺は、出来る事なら断りたかった?が、金銭的な理由で、仕方がなく鬼塚の仕事を手伝うことにしたんだった。
両親からの援助は断って、自立したいとか考えている矢先の鬼塚の提案(ほとんど命令だが)だったから、俺は、観念して鬼塚の会社に出向いた。
まあ本音を言ってしまうと、鬼塚の事をほんのちょっとは弟みたいに思っているところもあるんだが。
でも、そんな気持ちを自分でも認めたくない、そんな俺もいるんだ。
そんな鬼塚の会社にいたのが、彼女だった。
天使のようだと思った。
切れ長の瞳、長く美しい髪をアップにして、ときおりおくれ毛をかき上げる仕草。
流れるように奏でられる声。銀のフレームの眼鏡も全て俺の理想だった。
大人っぽい白いブラウスに紺のスカート、紺のローファーが出来る女性って感じだ。
身体に電撃を受けたみたいだった。
ースゲー美人。好み。タイプ。うわ~、微笑んでる。最高。顔小せー。髪かき上げた。クラクラする。俺の心臓うるせー。ー
俺は、この人と出会うために生まれたんだと思った。
すごい美人だが何か辛い秘密を抱えている様な、俺や鬼塚に共通した雰囲気を持っていた。
誰かに裏切られて、愛情なんて自分には不必要だと諦めて、強がって見せてるような、そんな雰囲気が彼女にあった。
彼女、中学生なのにミステリアスすぎる。
鬼塚の会社の入り口で、彼女に見とれてボーとしている俺に彼女は声をかけてくれた。
「どちら様?。この会社に用がある方ですか?。」
ーあ~、声もステキ。ー
「あの、鬼塚に呼ばれて。アルバイトの契約にサインをしに来ました。」
彼女は、俺のつま先から頭のてっぺんまでを、嫌そうに眺めながら、
「社長を呼び捨て?。何様のつもり?。『子供の頃の知り合いをアルバイトに雇う。』って、社長が言ってたけど、あなたがそうなのね。」
と、言い放った。
ー目つきヤベー。殺されそう。でも、逆に燃える。ー
この冷たい感じも俺にとってはたまらない。
彼女は社長室の内線に
「社長、社長がおっしゃっていた、アルバイトが来ましたけど、どうしますか?。」
と、確認し、
俺の方をキッと振り向きながら、
「社長室に入って。今度社長を呼び捨てなんかしたら、許さないわよ。」
と、言い捨て社長室のドアを開けた。
ー扱い違いすぎ、でもそれがいい。俺って変なヤツ。ー
社長室は広い窓に壁一面の天井までの棚に本や資料がぎっちり詰まっていて、大きく重厚な机の前に座り心地が良さそうな椅子に鬼塚が座り、ラップトップを操作していた。
「颯太。よく来たね。じゃあこれにサインして。」
俺はいそいそと長期アルバイトの契約書にサインをした。
また彼女と会えるのだと思うと、鬼塚の仕事を引き受けるのも抵抗がなくなっていた。
「彼女はお前の秘書なのか?。それにしては若そうだが。」
「彼女?、ああ、菊岡さんのことか。彼女にはアルバイトで秘書みたいなことをしてもらっている。颯太とおなじ中一だよ。美人だろう。社外の人が美人秘書を見ると心地良い印象を抱き、それがその会社に対するプラスのイメージにつながるらしい。会社のイメージを向上させることを会社のブランディングというんだ。秘書に美人を配置することは、会社のブランディング戦術の一環なんだ。」
「難しい事は解らないけど、彼女が美人だって事は理解できるし、彼女を選んだお前のセンスも認めるよ。お前、アメリカ留学で人間的に成長したな。」
「アメリカ留学でというより、あやかし書店で感性というものを知った成果かもしれないな。」
以前は俺に命令するくらいしか言葉をはっしなかったが、鬼塚も人と会話することを覚えたらしい。
「うちの会社、制服はないけど、颯太の私服のセンスじゃあまずいな。これ、自分のお古だけど、次からは、これを着て仕事してくれ。」
渡された袋の中身は紺のスーツだった。
「どこがお古?。どう見ても新品だ。」
それでも俺はありがたく受け取ることにした。
数日後、
「一日で終わる簡単な仕事がある。明日、学校が終わったら会社に来てくれ。」と、鬼塚からのメッセージが入っていた。
ー菊岡さんとまた会える。ー
スキップでもしそうないきおいで、学校からそのまま鬼塚の会社に行き、ロッカーでこの前鬼塚から渡されたスーツに着替えてから、菊岡さんの所に行った。
ー鬼塚のヤツ、俺より三歳も年下なのに、鬼塚のスーツのサイズ、俺にピッタリじゃん。イヤ、足の丈がちょっと長くて余ってる。ー心にかなりのダメージ受けた。
だが俺の強みは立ち直りの早さだ。
「でも、スーツ姿の俺っていけてるんじゃない?。」
と、鏡に向かって自画自賛の俺。
「鬼塚、じゃなくて鬼塚社長に呼ばれたんだけど。」
「そのスーツ、この前のヨレヨレのTシャツにジーンズよりはマシね。会社にあんな格好で来るなんて常識を疑ったわ。」
図星を突かれて俺は頭を掻いた。
「でも、はっきり言ってあなたにスーツは似合わないわ。」
「げ、心が折れた…。」
俺が社長室に向かって歩こうとすると、コツン、背後から何かが当たった。
「セロテープ?。」
「それで心を繋ぎ止めなさい。」
菊岡さんは冷たく言い放った。
俺はトボトボと社長室に入った。
鬼塚の事を散々、常識が無いと注意していた俺が、菊岡さんに常識が無いと言われてしまい、苦笑いするしかなかった。
社長室で鬼塚に今日の仕事の説明を受け、退出しようとした所を鬼塚に呼び止められた。
「それと、初仕事だから誰か経験者と一緒に行くように。そうだ、菊岡さんがいいかな。あ、菊岡さん颯太、初仕事だから一緒に行って仕事の仕方とか教えてあげて。」
菊岡さんは一瞬、俺に向かって嫌そうな顔をしたが、鬼塚に向き直った時には笑顔で
「わかりました。お任せください、社長。」
と、言って微笑んだ。
ーこんなに好き嫌いがはっきりしてる所も素敵。俺にはMのけがあるのかな?。ー
「我が社の仕事のほとんどは、鬼塚社長の発明品の受注、開発、製造、納品で、貴方には納品から覚えてもらうわ。」
菊岡さんは指し棒をヒュンヒュンと振りながら講義を始めた。
ーやっぱ、俺の立ち位置ってM?。ー
「もう、休憩しない?。2時間ぶっ続けの講義で、菊岡さんも疲れたでしょう?。俺、頭が爆発しそうなんだけど。」
「情けないわね。このくらいで。鬼塚社長の言う通りね、あなたやっぱり、頭が良くないわ。」
「鬼塚より頭がいい奴なんて、この世にいるのか?。俺、実践で活躍するタイプなんだ。」
「要は、現場向きってことね。頭脳はほったらかしで、体力勝負なのね。でも、我が社で働く限り、基礎は覚えてもらうわ。」
「俺、菊岡さんに認めてもらえるように頑張ります。」
「言葉じゃなくて、行動でしめして。」
そしてまた、延々と講義が続いた。
ー長時間、難しい講義を受けるのは本当に辛い。それなのに、何時間も菊岡さんを観られて、菊岡さんの声を聞けて、幸せだって思っている自分がキモい。ああ、やっぱ、菊岡さん、キレイ。ー
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