第8話深海都市
S建設の広報担当者は、港で俺を待っていてくれた。
仕事を始めてからもう2年以上過ぎている。
オレは今では1人で仕事を任され、自信もついてきた。
「約束の時間に15分遅れてしまいました。すみません。」
「大丈夫です。すぐにボートに乗り込んでください。設置には何分かかりますか?。」
「設置に15分。動作確認に7分。操作説明に15分くらいですね。」
「それでしたら、十分時間に余裕があります。問題ありませんね。」
S建設は鬼沢に数多くの発明品を依頼している、いわゆるお得意様だった。
いつもは、他の部署からの依頼が多く、広報課からの依頼を受けたのは今回初めてだったが、この広報担当者とは過去に何度か面識もあり、中学生の俺にも敬語で話しかけてくれるし、軽んじたり馬鹿にしたりしない、そんな態度に好感も持っていた。
ボートが大きく揺れた。
目的地に着いたらしい。
海のど真ん中に巨大なビルが現れた。
ビルの中に入っていき、俺たちはエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターが高速で動きだす。
『ウっ』といつもの感覚。
俺は胃が逆流しそうになるのをこらえた。
広報担当者は慣れているのか、涼しい顔をしている。
エレベータがとまった。
表示はEF(Earth Factory)、-3.000メートルに到着だ。
機械室に荷物を運びこみ、設置した。
12分かかった。
まあまあだな。
続けて動作確認に13分。
「では、操作説明をします。オペレーターの方々はこちらの資料をご覧になりながら、操作説明をお聞きください。」
「まず、青いボタンを押し、動力をオンにして、小型スクリーンを確認し....」
動作説明には18分かかった。
「なにかご質問はありませんか?。」
「特にありません。今、5時。納品は完了ですが、これ、次の日曜日の記念式典の招待状です。颯太くんと鬼塚博士の分になります。」
「社長の鬼塚は人前に出るのを嫌っていますから、記念式典に出席するかどうか…?。」
「ええ、大丈夫です。でも、颯太くんは、ぜひ出席して下さい。最高級の食事がでますし、今回の鬼塚博士の発明品はぜひ実物をみて欲しいですね。鬼塚博士が出席なさらなかったら、菊岡さんと一緒にどうぞ。お待ちしてます。」
ー鬼塚が人前に出ないことは確信があった。あいつはそういうとこ絶対曲げない。菊岡さんと一緒に記念式典に出席?。何てウマイ話だ。菊岡さんがドレスアップしたところが見られて、最高の食事と鬼塚の発明品が見られる。二人にとって最高の時間になること間違いない。ー
俺は、招待状を抱きしめるように持って鬼塚のオフィスに跳んで帰った。
ー実際にはボートとタクシーを乗り継いでだが、俺の心は菊岡さんのドレスアップした姿を想像して、空を飛んでいるかのようだった。ー
「S建設の広報担当から連絡を受けた。記念式典の招待状を預かっているそうだが...。」
ーまさか、今回に限って鬼塚のヤツ記念式典に出席するなんてことはないだろうな。ー
「僕は忙しいから、君と菊池さんで出席して、今回の発明品に関する報告書を提出するように。それと、君、式典に来ていく服はあるのかい?。」
「服?。お前がくれたいつものスーツでいいだろう?。」
「アルバイトとは言っても、わが社の代表として出席するんだ、正装していくべきだろう。」
「正装?ってなんだ?。タキシードとか、燕尾服とかいうやつか?。俺がもっているわけないだろう。」
「まあ、正装と言っても君がタキシードや燕尾服を着たら、仮装になってしまうだろう。かと言って、いつものスーツでは、パーティに不似合いだ。そこに吊るしてあるスーツを着ていくといい。この前作らせたんだが、その一着だけ気に入らなくてね。捨てるのもなんだから、君にやるよ。」
鬼塚がいつも来ている高級そうなスーツがハンガーに掛かっていた。
「まさかこれを着ろっていうんじゃあないだろうな。数十万円もするんだろう?。汚すのが怖くて、式典で出された食べ物ものどを通らなくなる。」
「もちろん、返さなくていいからね。他人が来た服など僕は触りたくもない。これからは正式な場所に出ることも増える。君の服装のせいで我が社のイメージを崩されたら困るんだ。さあ、僕は忙しい。スーツと招待状を持って、さっさと出ていってくれ。」
記念式典には菊池さんの家までタクシーで迎えに行った。
緊張しながら玄関のベルを押すと、
「いま行くわ。」
すぐに、菊池さんが現れた。
ー天使か?。俺は天国にいるのか?。感動しすぎて気が遠くなりそうだ。美しすぎる。これって一種の犯罪じゃあないだろうか。美死(うつくしし)したらどうするんだ。菊池さんが殺人犯になっちゃうだろう。ー
「ら、レディーがドレスアップしたら、なんていうの?。颯太にはマナーを教えないとダメなのかな?。」
ーせっかく、いろんな動画をみながら精一杯化粧したのに。なんで、一言もないの?。やっぱり颯太ってマヌケ。ー
「あ、凄い綺麗です。天使みたいだ。菊池さんが美しすぎて、死ぬかと思いった。」
「なにそれ?。なんで、死んじゃうの?。訳わかんないんだけど。」
それでも、菊池さんは見るからに上機嫌になって、
「さあ、行きましょう。タクシーの運転手さんを待たせたら悪いわ。」
と、言いながら歩き出した。
15分ほどでタクシーは港に到着、そこには大きな豪華クルーザーが待っていた。
招待状を提示してクルーザーに乗り込み、式典会場へ。
式典会場では窓際の席に案内された。
窓の外では様々な魚がゆったりと泳いでいる。
そうここは、海底都市、ブルーガーデンにある、セカンドアースホール。
この海底都市の一周年記念式典が、いま始まった。
ライブ中継は全世界に流されているらしい。
出席者も、ニュースで見る顔や、有名人ばかり。
それでも、俺たち二人は上客扱いらしく、次から次へと飲み物や食べ物がテーブルに運ばれてきた。
俺は、スーツを汚さないように気を使いながらも、とことん食べることにした。
「菊池さん、これ、すごい旨いですよ。」
「そう、じゃあ、私も少し味見しようかな。このドレス、食べてもお腹が目立たないし。」
お偉いさんたちが入れ替わり立ち代わり面白くもないスピーチをしている間、俺たちは、これでもかと食べ続けた。
有名な歌手がステージで歌い始めたころには満腹で、動きたくなくなっていた。
そして、最後のクライマックス。
鬼塚の発明品が動き出した。
音が聞こえた。
「不思議な音。歌声みたいな。懐かしくて、ちょっと悲しくなる。これって、もしかして...。」
海の上から光が差してきた。
人々は、息をのんで身動きもしない。
「なんて、美しいの。ここは深海よね。それなのに、どうしてオーロラで囲まれてるの?」
神秘的な光のカーテンがまるで生きているかのように、形を変え、これでもかというように、思いつく限り美しい姿を見せている。
不思議な声に連動しているようだ。
セカンドアースホールのガラスの向こうには、各種クジラや、イルカなどが集まりだした。
「あれはザトウクジラ、隣がシロナガスクジラ。あそこにマッコウクジラ。バンドウイルカもシャチも、マンタもいる。」
彼らはダンスでもするように優雅な動きを見せ、歌っていた。
「あの、不思議な音楽って、くじらやイルカの歌だったんだ。」
きっと人間の耳には聞こえない音も混ざっているのだろう。
「彼らと一緒に歌えないのが、ちょっと残念だな。」
「まあ、颯太のくせに意外とロマンチストなのね。」
ー颯太がロマンチストだって本当は知ってたけど。ー
一時間ほどで、深海でのオーロラは消え、クジラやイルカ達も思い思いの方向に帰って行ってしまった。
残された人間たちは目の前で起こった光景に圧倒され、茫然としている。
パチパチと思い出したように、一人が拍手をすると、皆正気に戻ったようにあちこちから拍手が上がり、怒涛のような歓声が続いた。
「ブラボー。」
「素晴らしかった。」
人々は傍にいる人たちと、肩を叩きあい、喜びを共有している。
「ありがとうございます。こんなに素晴らしいイベントにしていただいて。私も感動しました。」
いつのまにか、広報担当の小長谷氏が俺の横に現れ、握手を求めてきた。
「いえ、俺はただ納品しただけの、アルバイトです。感想は社長の鬼塚に行ってください。」
「こんなに美しいモノを見たのは初めてです。鬼塚社長はやはり天才です。よろしくお伝え下さい。」
そうだ、鬼塚の才能は世界一かもしれない。
子供の頃のヤツを知っている俺は身に染みて奴の天才ぶりを知っている。
そして、それが人格をともなっていないことも骨にしみて知っている。
天才である自分の子供をどう扱えばいいのか解らず、金だけ与えてほったらかしていた鬼塚の両親。
天才児をみて金になりそうだと群がってきた大人たち。
相変わらず、鬼塚には友人もなさそうだ。
聞いたはなしではアメリカの大学教授でさえ、鬼塚にやりこめられ、飛び級させて大学を卒業させるから早く日本に帰れと言ったらしい。
昔は発明の為なら多少の犠牲はしかたがないと鬼塚は思っていた。
アメリカで何かあって、その考え方をかえたか?。
いや、俺はそうは思えない。
今だって、鬼塚が直接話すのは発明の依頼を受けるとき依頼者に詳細を聞くためと、菊池さんと俺と会計士に指示をする時くらいだ。
後はあやかし書店にオレを誘う時。
鬼塚はあやかし書店にオレを誘うくせに、書店ではただ1人で黙って本を読んでるだけだ。
そういえば、俺は鬼塚の友達になるって言ったんだった。
オレと鬼塚の関係は友達と言えるようなものじゃあないな。
社長と社長の知り合いのというコネで働かせてもらったアルバイト社だ。
そんなことを考えながら、オレは鬼塚に報告を入れた。
「鬼塚、S建設の海底都市の一周年記念式典が、今終わった。お前の発明品は最高の評価を受けた。どうだい、俺今から神田あやかし書店に行くんだけど向こうで落ち合わないか?。」
「いいね、あと三十分で仕事を片付けていくよ。」
俺達は、いつもの様にあやかし書店で落ち合った。
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