第9話旧式掃除機に見えるんだが、人類の救世主だって?

「一日で終わる簡単な仕事がある。明日、会社に来てくれ。」と、鬼塚からのメッセージが入っていた。

俺を呼び出した鬼塚とは昔からの付き合いだ。

天才だが心を成長させてくれる人間に恵まれなかった可哀想な奴なんだ。

天才である我が子をどう扱えば解らず金だけ渡して放っておいた両親。

天才に群れる金の亡者のような大人達。

ただ鬼塚の母親の叔父の大学教授だけが、鬼塚を心配して骨をおって奴をアメリカに留学させた。

ただし、鬼塚のことを可哀想だと思ってはいても、社長室の高級な椅子でふんぞり返っているコイツの顔を見ると、つい悪態が口から出る。

「またヤバイ仕事じゃあないだろうな。おまえは天才だが、理性や常識に欠けていて俺はそのせいでよくひどい目に合ったからな。」

理性とは

1 道理によって物事を判断する心の働き。論理的、概念的に思考する能力。

2 善悪・真偽などを正当に判断し、道徳や義務の意識を自分に与える能力。

の事なのだが、それらが鬼塚には欠けていた。

心の動きとか道徳とかなんて、天才にとっては小さな取るに足らない事なのかもしれない。

「いつの話をしてるんだ?。それって、昔の話だろう。大丈夫だよ。たぶん。最近は自分にも常識が身についたはずだ。」

「たぶん?。お前が5歳で、俺が8歳の頃、お前の言う事を素直に聞いたおかげで、ボコボコに殴られたり、高い所から飛び降りて捻挫したり、警官に説教されたり散々な目にあった。俺はあの頃の事を忘れてないぞ。」

「解った、解ったよ。過去をいつまでも根に持つなよ。人間は常に前を向いて生きるべきだと本に書いてあった。自分も常識について学んでいるんだ。それに今回は、本当に簡単な仕事さ。こいつを富士山の五合目のなるべく人気の無い所に連れて行ってくれるだけでいい。そこでこいつが自分の仕事をする。こいつの仕事が終わったら、こいつを連れて帰ってくるだけでいい。」

「こいつ?。それは昭和時代の掃除機じゃないか。」

「見た目はね。なんかロマンを感じる形で好きなんだ。中身は違う。AIロボットだ。物みたいに扱うな、彼は人類の救世主さ。」

「救世主?。大袈裟だな、どんな事をする?。」

「それは現地についてからのお楽しみ。危険がないことは保証する。そうだ僕の助手の菊岡さんも連れて行ってくれ。彼女、富士山に行ったことがないそうだから。」

菊岡さんの名前を聞いて、自分でも顔が赤くなったのが解った。

彼女はアルバイトで鬼塚の助手をしていて、オレは彼女に三年間も片思いをしているんだ。

彼女もオレのこと嫌いじゃないとは思うんだけど...。

「今から富士山に向かうと、着くのは夕方になるが問題ないか?。」

と、鬼塚に念を押した。


タクシーを捕まえ、旧式掃除機をトランクに入れて、いそいそと菊岡さんと車に乗り込んだ。

「菊岡さん、富士山は初めて?。」

「そう、機会がなくて、とても楽しみ。だから、聡太と一緒なのは我慢してあげる。」

「到着は夕方になるけど、構わない?。」

「まあ、同行者について我慢さえすれば、富士山を眺めながらのドライブも素敵だし、夕映えの富士山も美しいでしょうね。」

いや、菊岡さんのほうがずっと美しいですよと、声に出して言えない情けなさ。

うっとりとした表情で景色を眺める菊岡さんに、俺はうっとりと見惚れて時間を忘れていた。

夕日に映えて赤く染まる富士山を眺めてから、スカイラインを上って五合目に着いた頃にはあたりは薄暗くなりはじめた。

鬼塚の指示どおり人気のない場所でタクシーを降りて、旧式掃除機の電源を入れると、「ウイン、ウイン」と何かを吸引しはじめた。

「何を吸っているんだろう?。鬼塚から何か聞いてる?。」

という俺の問に、菊岡さんはなぜか顔を赤らめながら答えた。

「詳しいことは聞かされていないの。」

「掃除機が太ってきてない?。まさか破裂したりしないよね。」

「鬼塚さんの発明よ、失敗した事なんてないから信用したら?。颯太とは頭の出来が違うでしょ。」

オレも鬼塚の才能は信用しているが、人間性に不安を持っているだけだ。

吸い込みはじめてから15分も経った頃、まるでアニメのように丸まると大きくなった掃除機がやっと吸い込むのをやめた。

これで終わりかと思った途端、突然、掃除機はホースの部分を天に向け、バーンと何かを発射した。

それは虹色の光の塊だった。

天高く飛んだ光の塊は、まるで天いっぱいに咲く大きな花火のように、四方八方に広がって、ゆっくり落ちていった。

その間にも掃除機は、バーン、バーンと一定間隔で光の塊を発射しつづけた。

満天に広がる虹色の光の粒達。

「きれい。花火の何倍も綺麗ね。」

「きれいだ。それに、何だか心を揺さぶられる。」

二人の目が合った。

ー近い。スゲーキレイ。スキ。付き合いたい。一生一緒にいたい。なんか、クラクラする。ー

俺は思わず本音を口に出してしまった。

「好きだ。結婚してください。」

ーああ、俺って何を言ってるんだ、まだ付き合ってさえいないのに、結婚を申し込むなんて。非常識にもほどがある。それに中学生は結婚出来ないんだし。ー

「嬉しい。本当は私もあなたのことがずっと好きだった。でも、素直になれなくって。」

二人のシルエットが重なった。

ーいいのか?。これが現実で本当にいいのか?。ー

夢のように美しい天いっぱいに広がった虹色の花火を背景に、二人は幸せに包まれた。

ーこれは俺がずっと夢に思い描いていた展開で、幸せ以外の何ものでもないが、理性が語りかけてくる。「これは尋常ではない、鬼塚の発明が何かやらかしたんだ。」と。ー

二十分もたっただろうか、掃除機が発射をやめた。

「止まったね。いけない!。警察が来る前に逃げないと。」

「大丈夫。実験の許可はもらってるから。安心して。」

「本当に?、鬼塚にも常識が付き始めたんだ。」

ー俺は平静を装った。本当はまだ心臓がバクバクして顔も赤くなってるのがわかるけど。ー

タクシーを拾い、掃除機をトランクに乗せ、二人で東京に帰る車の中から鬼塚に連絡をとった。

「もしもし、任務完了した。ところで掃除機が巨大な花火みたいなものを打ち上げたんだが、あれはいったい何だ?。」

「あれは、本能だよ。」

ーまた始まった。天才ってやつは、他人のレベルに合わせるってことが出来ないんだから。ー

「オレにも分かるように話してくれ。」

「富士山は千年もの間、山岳信仰の対象となっている。つまり、人間の本能に基づいた祈りの力を大量に蓄積している山なんだ。その祈りの力から本能を取り出し、吸収し、日本中に浸透させるのが今回の目的だった。」

「何度も言うが、オレにも分かるように話してくれ。」

「少子化問題の解決だ。今の日本人には本能が薄れているんだ。生物最大の生存目的である子孫を残す本望を空から降らせて、脳に直接浸透させたのさ。皆本能に目覚め、子孫を残す事を人生の目的にする。」

「まさか、それで俺と菊岡さんを同行させたのか?。」

隣に座っている菊岡さんを見ると、頬が赤く染まっている。

「両想いのくせに三年もぐずぐずしている二人へのプレゼントさ。」

ー確かに鬼塚は知能以外も成長しているらしい。5歳の頃のあいつには、人間の心を推し量る能力が欠除していた。いや、あの頃のあいつは心がないように見えた。いや今、あいつの事は良い。俺の問題が先だ。確かに、俺は菊岡さんに恋しているが、俺に菊岡さんと付き合う資格があるとは思えない。菊岡さんは俺が見えてしまう人間だという事を知らない、見えてしまう人間の呪いも知らない。とにかく、菊岡さんに正直に話さないと。ー

「菊岡さん、ゆっくり話がしたいな。明日、会える?。」

菊岡さんを自宅で降ろし、俺は鬼塚の社長室に戻った。

「一体、誰がこんな依頼をしたんだ。日本政府からの依頼なのか?。」

「いや、孫娘が結婚しないことを嘆いた大金持ちの依頼者が、孫娘が結婚し子供を産むようにと、我が社に依頼したんだ。それで、孫娘だけではなく、日本中の少子化問題を解決すべくこれを発明したのさ。一石二鳥という奴さ。」

「大きなお世話だろう。一人の発明家が、沢山の人の人生を思い付きで変えるべきではないだろう。だからお前には常識がないというんだ。」

「いや、現に少子化のせいで日本は困っているだろう。それを解決してなにが悪い。」

「だから、子育てに金がかかりすぎたり、子育てしにくい環境だったり、色々問題があるだろう。それを解決せずにいきなり本能に訴えかけるのは、まずいだろう。俺だって...。」

「俺だって?。お前に何か問題があるか?。お前たちは両思いだろう?。ああ、お前に金がないことを気にしてるのか。大丈夫だ。菊岡さんは中学卒業後にわが社の正社員になることが決定している。将来は、社員は赤ん坊もペットも子供も同伴OKで、学校に通っている子供たちも授業が終わると会社に集まり親と一緒に帰宅するシステムにする予定だ。まあ、まだうちの社員達の誰も結婚できる年齢になっていないがな。だが安心しろ、彼女が社員になれば収入は格段にふえるから。」

「そうじゃあなくて、俺自身の問題。いや、なんでもない。とにかく、旧式掃除機みたいなAIロボットはここに置いたぞ。じゃあ、俺は帰る。」

「まさか、視える事を気にしてるのか?。相変わらずバカだな、俺だってそんな事気にせず聡太と付き合ってるだろう。」

「お前と菊岡さんを一緒にするな、お前は何もかも、よく言えば規格外、はっきり言えば異常さ。」

「相変わらず、くだらないことを。正常の何が楽しいんだ。もっと異常を誇れ。自分は異常に高いこのIQを誇っている。」

ー勝手に言ってろ!。ー

俺はそそくさと鬼塚の社長室を退出し、自宅に向かった。

ー明日、菊岡さんに話すべきことをまとめないと。なんといっても、真実味のない話なんだから。ー


補足しておくと、この直ぐ後に、日本は空前の結婚ブームとなり、その一年後には出産ブームを迎えた。

日本の少子化問題解決には目途がついたと言われた。

ただし、いきなり日本人が結婚し子供を作り始めた理由が全く理解できないと内外のメディアは盛り上がった。

鬼塚もオレも沈黙を守った。

ホッとしたことに、大金をはたいた依頼者の孫娘は無事結婚し、妊娠中らしい。

確かに鬼塚は天才で、依頼の目的は果たすが、常識的な解決策を取ることは滅多にない。

「あの方法で依頼者の孫娘が100パーセント結婚し、妊娠するとどうやって確信できたんだ?。」

と、聞いてみると。

「もちろん、完璧な事前調査の結果さ。」

鬼塚は自分の会社の人間のほとんどを事前調査にあたらせていた。

「僕の会社の人材は皆、若くて優秀だからね。」

まあ、平均年齢16歳の会社って他にはないかもしれないな。

正社員はみな中卒でここの会社に入社していた。

俺と菊岡さんは中学に通いながらアルバイトの身だ。

鬼塚は11歳で、会計士だけ高卒だが、彼は社員ではなかった。

ーそれにしても、あの鬼塚が他人を褒めるとは、人間性が向上したという事か。俺と出会ったあの頃は、人間も動物も実験の道具としか見てなかった。頭脳だけで生きていて感情なんか持っていなかったことを、俺が一番よく知っている。ー



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