第10話菊岡さんとの約束と、菊岡さんの秘密

そろそろ9時だ。

今日、菊岡さんがアルバイトを終えた後に会う約束をしている。

待ち合わせの場所に急ぐ。

「三十分まえか。まあ、遅れるよりはいいよな。」

昨夜は色んなことを考えすぎてほとんど眠っていない。

朝、鏡を見て驚いた。

目は充血してるし顔色も青白い。

ーとにかく、正直に全部話そう。結果の事は考えないようにするんだ。ー

自分で自分に言い聞かせた。

俺は、菊岡さんに出会えて本当に良かったとは思うが、菊岡さんにとってはどうなんだろう。

菊岡さんが足早に俺に近づいてきた、顔が少し赤いし、息が速い。

ー俺を待たせないよう、急いで来てくれたんだろう。ー

「菊岡さんゆっくりでいいよ。待ち合わせ時間にまだなってないから。」

「別にアナタを待たせないように急いだんじゃあないの。最近運動不足だから速歩きするようにしてるのよ。」

ー菊岡さんはいつでも素敵だ。ー

「菊岡さん、俺、貴方に話しておかないと。昨日は本当に嬉しかったけど。ちゃんと話さないとフェアじゃないと思って...。」

また頭の中がぐちゃぐちゃになって、言葉に詰まってしまう俺をじっと見つめて、菊岡さんはにっこりとほほえみ、

「言いたいことをいってみれば。」

と、促した。

「信じてもらえるか解らないけど、俺、視えるんだ。その、いわゆるあやかしとか、霊とか、いろんなものが。そのせいで、悪いモノや、不運を呼びやすいらしい。菊岡さんのこと、ずっと好きだけど、俺のせいで菊岡さんが不運になったら困るから、気もちを伝えられなかったんだ。それなのに、昨日、鬼塚の発明のせいで本音がでちゃって。その上、付き合ってもないのに、いきなりプロポーズなんて。もちろん、菊岡さんと結婚できたら、俺は最高に幸せだけど。菊岡さんを幸せに出来るか不安っていうか、もちろん俺はすごく頑張るつもりだけど、見えるせいで寄ってきた不運のために、菊岡さんが不幸になってほしくない。つまり、だから、なんて言えばいいか...。」

「私だって本当は話さなきゃならない事があるんだけど、今はまだ話したくないの。だから、つまり、二人で一緒に不運に立ち向えばいいだけなんじゃない?」

「え?。いいの?。本当に?。視えるとか、気味が悪くない?。うちの両親は俺の事持て余してたし。」

「気味は悪くないかな。視えることからくる悩みとか問題を、私は全然理解できてないけど。人それぞれ誰でも問題とか持ってるもんじゃないのかな?。」

「菊岡さん。本当に俺なんかで、いいんですか?。」

「自分でも不思議なんだけどアナタがいいみたい。」

「嬉しいです。俺、彼女もできたことなくて、至らないところばっかりかもしれないけど、結婚を前提に付き合ってください。」

「いいけど、浮気なんてしたらメチャメチャにしちゃうから。」

「俺、菊岡さんにメチャメチャにして欲しいかも。」

「バカじゃないの。」

海風が、菊岡さんの髪を揺らした。

この公園からは海が見渡せる。

俺はいきなり、富士山とこの公園が大好きになった。

「じゃあ、家まで送るよ。」

二人はゆっくりと坂道を降りていく。

ー俺の心臓が爆発しそうなんだけど。ー

「あの、手をつないでもいい?。」

「そうね付き合っているんだしいいんじゃないの。」

俺は自分の手をズボンでゴシゴシこすってから、菊岡さんの手をそっと握った。

菊岡さんの柔らかな手から幸せのエネルギーが流れて、俺の体中に満ち溢れた。

ー柔らかくて、割と小さい手だな。いつまでも離したくない。ー

「誰かと手をつなぐなんて、運動会のフォークダンス以来だな。でも、あの時とは全然違う。すごく幸せで優しい気持ちになるもんなんだ。あ、キモかったらごめん。今時、手をつなげたくらいでこんなに喜ぶ奴、いないよね。」

「ちょっとキモいけど、我慢してあげる。でも、私もちょっと幸せな感じかも。」

ー菊岡さんを早く家に送らないとならないのに、ずっとこうしていたくて、ゆっこりと歩いてしまう。それに、この街の夜景ってこんなにきれいだったのか?。なんか、クラクラするくらい幸せだ。足元もフワフワしてるし、あやかしもいつもより嬉しそうに光って見える。俺、絶対に今日の日の事を忘れないぞ。でも将来、痴呆症になって今日の事を忘れちゃったらどうしよう。ああ、俺いつもよりもっとバカになってるかもー


菊岡は帰宅後、鏡を見ながら、独り言を呟いていた。

「私も、颯太に自分の事を話さなくちゃ。誰にも話してない私の秘密。」

菊岡はあの時の事を思い出していた。

それは数年前、小学校の帰り道、夕闇の中から一匹の白い猫が目の前に現れ、ニャーと鳴いた。

すると突然風景が変わり、彼女は異国の街にいた。

目の前の白い猫は猫耳の白い妖精に変幻した。

「始めまして、お嬢さん。魔法少女になってみませんか?。」

「魔法少女に?、私が?。」

「そうです、貴方は魔法少女になって世界を守るのです。」

「でも私、魔法の事なんか知らないし。」

「このブローチを持って呪文を唱えると、魔法少女に変身して自然に魔法が使えるようになりますよ。」

「私に世界を守る事なんか出来るのかな?。」

「出来ますよ。私が見込んだんですから。」

「じゃあ、私やってみる。世界を守ってみせる。」

その頃の菊岡は真面目で正義感が強い委員長タイプだった。

魔法少女は菊岡を入れて5人だった。

5人だけで日本中の魔法使い関連の事件を片付けるのは、なかなか大変な仕事だった。

睡眠不足になって学校の成績も下がってしまった。

それでも魔法少女達は頑張って、世界の為に戦い続けた。

ところが…。

ある日、魔法少女の戦いをビデオに撮っていた男性が、崩れた建物の下敷きになって大怪我をした。

そのせいで、SNSでの魔法少女に対するバッシングがはじまった。

無責任で根拠のない中傷が飛び交い、菊岡らの心を砕いた。

それでも世界の為に魔法少女達は戦ったのだが、ある日、菊岡の前に猫耳の白い妖精が立ち、

「もう、魔法少女はやめてもらうよ。世間がうるさいから、魔法少女の総入れ替えをすることにする。ブローチを返してくれないか。」

と、言い放った。

あんなに頑張ったのに、一方的に魔法少女を辞めさせられた菊岡は人間不信におちいった。

SNSの誹謗、中傷。

身勝手な妖精。

頑張ったのにやり遂げられなかった後悔。

心がぐちゃぐちゃになった。

もうどうでもいいや。

そんな言葉が口癖になった。

そしてそんな自分が嫌だった。

誰も信用しないと決めた。

そんな時、鬼塚社長が自分の会社で仕事をしないかと誘った。

あまりにも事務的な様子に好感を持った。

感情がない人は人を傷つけたりしないよね。

鬼塚社長には不信感を持てなかった。

だって、鬼塚社長はまだ子供で、ロボットみたいに感情も無いようだったから。

なんだか弟の頼みを聞く姉の様な感覚であった。

そして、鬼塚社長の会社で颯太に会って私は変わったと思う。

颯太の事、最初は全然、信用出来なかった。

変な奴だと思った。

鬼塚社長が颯太を評価してるのも気に食わなかった。

でも、颯太は私がどんなにけなしても、態度を変えたり、怒ったりしなかった。

その後、鬼塚社長が颯太と出会った時の話しを聞いてちょっとだけイメージが変わった。

そして、今、こんなに颯太の事が好きだ。

私も颯太も、多分鬼塚社長も心に傷を持っている似たもの同士なんだ。

それなのに、私だけ、他人を信用しないで、トゲトゲしていた。

人を信用することに怯えるのはもうやめよう。

いつの日か、颯太に全てを聞いてもらいたかった。

颯太はきっといつもみたいに、ゆっくりと話しを聞いて、頷き、にっこり笑って

「頑張ったね」って言うだろう。

でも、今じゃない。

私にはもう少し時間が必要なのだと、菊岡は考えた。

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