第4話天才、あやかし書店に入りびたる

ある日、鬼塚が俺の前に立ちふさがって尋ねた。

ひょろひょろなくせに、今日の鬼塚には、なんだか底しれない迫力があった。

「颯太、君、家に帰る前に何処かで寄り道してるよね。そこで何してるの?。」

「どうしてそんな事が解るんだ?。そうか、鬼塚、お前何かしたな?。」

この前、鬼塚に俺の今まで視てきたこと、父方の爺ちゃんが視える体質なことなど、いろいろ話した。

その時、鬼塚がエックス線みたいな目つきで俺て、

「相変わらず颯太は面白い。」

と、言っていたが、目がちょっと怖かったことを思い出して言った。

「聡太に発信機を付けただけさ。靴にバッチが付いてるだろう、それがGPS発信機になってるんだ。」

と、鬼塚がしれっと言った。

「あ、これ?。お前がこの前くれたバッチ、GPS発信機だったのか。ならこれ返すよ。何でそんな事したんだよ。」

「颯太がなんか隠し事してるから、暴きたくなるんだ。」

「お前なあ。彼女かよ。」

「颯太が、あやかしが視える事やそのせいで苦しんでる事まで話してくれたのに、まだなんか秘密にしてるから、自分でなんとか颯太の隠し事を暴いたまでさ。」

ーそんなに気になるなら、コイツをあやかし書店に連れてってやりたいな。そういえば、あやかし書店の婆ちゃんが、「一人だけ誰かを連れてきてもええのじゃ。」と言ってたよな。いや、でもコイツはあやかしが視えないし、書店に変な発明品なんか持ち込んだら困るしな。第一、あやかし書店に行っても、コイツ喜ばないかもだし。ー

俺が迷っていると、鬼塚の方から言い出した。

「今度僕もそこに一緒に連れて行ってくれない?。」

その言葉を聞いても俺はまだ迷っていた。

「俺が通ってるのは神田あやかし書店だ。あやかしが集まってる場所なんだ。お前があやかし書店に行って、どうするんだ?。お前にはあやかしは視えないだろう。」

「颯太が毎日行ってる場所を見てみたいんだ。あやかしが視えない事が確認できれば良い。雰囲気とか感じてみたいし。もし、連れて行ってくれたら、他人から素晴らしいと言われるような発明をするって約束するよ。」

「書店に変な発明品なんか持ち込むなよ、あと、あやかし書店の事は誰にも話しちゃあダメだ。それと店にいるお婆さん以外の人間と話したらダメなんだ。」

「わかった。それも約束するよ。」

「そうかそれなら、今から連れてってやる。」

「本当?。いいの?。」

嬉しそうに微笑んだ鬼塚は、初めて年齢相応の幼児にみえた。

ーなんだよ。鬼塚、カワイイじゃないか。そういえば、俺からコイツに友達になろうって言ったんだから、責任とらなくちゃな。ー

「お前が気に入るとは思わないけどな。でも、俺にとっては大切な場所なんだ。」

俺達は、神田神保町の迷路みたいな裏道を、並んで歩いた。満月が薄雲から顔を出して細い道を明るく照らした。

「何だかタイムスリップしたみたいだ。」

と、鬼塚は喜んだ。

歩き方も、散歩に連れてきてもらった子犬みたいになっていて、なんだか嬉しそうだ。

古ぼけた引き戸をくぐって、古びた書店に入っる。

古民家の屋根裏を取り払って、四方の壁一面に本がぎっしり並んでいるのを見て鬼塚は口を開けて、目を輝かせていた。

ー何だか、今日の鬼塚は年相応に見えるな。もっとこんな鬼塚を見ていたいな。ー

「婆ちゃん、俺、友達を連れてきた。一人だけ連れてきていいって言ったよな。」

「ああ、いらっしゃい。颯太の友達もよく来たね。」

婆ちゃんはいつもどおりニコニコして俺達を迎えてくれた。

「本が沢山あるね。これみんな読んでもいいの?。」

鬼塚は婆ちゃんに尋ねた。

「もちろんさ、好きなだけお読み。」

鬼塚は棚から10冊ほど抜き出して、早速読み始めた。

凄いスピードだ。

集中して読んでいるが、何故かいつもより穏やかな顔をしている。

そんな鬼塚を横目に見ながら、俺は本の修理を始めた。

「颯太、おめでとう。友達ができたんだな。」

俺と仲が良いあやかしのキロロが話しかけてきた。

「ありがとう。キロロ。変なヤツなんだけど、なんかほっとけないんだよね。」

婆ちゃんは、そっと厨房に行ったかと思うと、俺達にぼた餅とお茶をご馳走してくれた。

「凄く美味しい。こういうの初めて食べた。」

鬼塚は大喜びでぼた餅を頬張った。

「これってどうやって作るの?。」

珍しい事に、人見知りの鬼塚が、婆ちゃんには自分から話しかけている。

「米ともち米を半々に炊いて軽く潰して丸めてから、小豆を茹でてきび砂糖を混ぜたもので包むんだよ。とっても簡単だろう?。」

「凄い、自分も今度実験してみます。」

「鬼塚、実験じゃなくて料理だろう?。」

鬼塚が夢中になってぼた餅を頬張っているのを見て、

「この子、手作りのものを食べてないんじゃあないかい?。」

と、婆ちゃんが心配している。

「そういえば、いつもデリバリーかコンビニですませてるな。コイツの両親、仕事ばっかりで金だけ渡して終わりなんだ。」

「そうかい、じゃあ明日はおむすびを作っておいてあげるよ。」

「え?、明日も来ていいの?。」

「もちろんさ、でも、ここの事は誰も話しちゃあいけないよ。おむすびの中身は何がいいかの?。」

「シーチキンマヨと鮭と天むすがいい。」

「いいとも。それにタクワンと厚焼き玉子と味噌汁を付けてあげよう。」

「婆ちゃん、コイツを甘やかしすぎだ。それじゃあ、オヤツじゃなくて食事だよ。」

「いいじゃないか。お前たちは育ち盛りじゃろう?。」

鬼塚はその日から、あやかし書店に入りびたるようになった。

あやかしが視える俺は、良いあやかしと会えるし、婆ちゃんが優しくしてくれて愛情に飢えている俺にとってあやかし書店は心地よい楽園だ。

あやかしが視えない鬼塚がなぜここが気に入ったのか俺達は不思議で仕方がなかった。

「鬼塚、なんでここが気に入ったんだ?。お前、あやかしが見えないのに。まあ婆ちゃんの手作りのおやつが最高に美味いのは解るがな。」

「あやかしが視えなくても雰囲気は感じられる。ここの雰囲気が自分の頭脳を活性化するんだ。もちろん婆ちゃんの手作りおやつも自分の人生の価値を変えるくらい衝撃的な出来事だった。自分は今まで生きるために最低限の栄養を摂取すればいいと考えていたけれど、愛情という最高の添加物が入った婆ちゃんのおやつを食べて、幸福ホルモンが頭脳にプラスに働く事を知ったんだ。」

「相変わらず、鬼塚の言う事は難しくてよくわからないけど、おまえがここを気に入ってくれて俺も嬉しいよ。」

ほぼ毎日のようにあやかし書店に俺達は通っていた。

俺はあやかし書店の掃除や本の修理、最近では本棚の修繕や、建付けが悪くなった引き戸の修理や障子の張り替えまで出来るようになった。

鬼塚は相変わらず凄い数の本を読んでいた。

この調子だと数年で全ての本を読み終えてしまうんじゃないかと心配になった。

「婆ちゃん、ここの本を読み終わった人っているの?。」

「あの天才くんがここの本を全部読んでしまわないか、心配なんだね。大丈夫、裏の土蔵の中にまだ数万冊の本が置いてある。そうだ

、来週にでも少し本を入れ替えようかね。」

そしてやっぱり、毎日のようにあやかし書店に俺達は通った。

出会ってから2年後に、鬼塚がアメリカに留学するまでは。

別れは突然で淡々としていた。

「母親の叔父が僕のアメリカ留学を手配してくれた。明日、旅立つ。あやかし書店に来るのも今日が最後だ。婆ちゃん、美味しいおやつを今までありがとう。颯太、さよなら。」

鬼塚は大人の様に振る舞った。

まだ七歳になったばかりだというのに。

なんだか弟と別れるみたいに寂しかった。

でも、俺だけが泣いたりしたらカッコ悪いから、グッと力を入れて涙を堪えたんだ。

ーさよなら、鬼塚。俺、お前のせいで色々ひどい目にあったけど、お前の事、弟みたいに思ってたんだぞ。まあ、頭はお前の方が数百倍良いけどな。ー

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