第2話鬼塚との出会い

8歳の夏休み、プールからの帰り道。焼けたアスファルトの上が熱でゆらゆらと見えるのが面白く、いつのまにか知らない場所まで歩いてきてしまっていた。

どうせ家に帰っても、両親は仕事でひとりぼっちで留守番だし。

まあ、両親が居ても

「ご飯を食べなさい。」

とか、

「洗濯物を出しておいて。」

とか、自分たちの子供ではなく、まるで居候に対するような会話だけだし。

そんな事を考えながら、空を見上げると、おおきな入道雲が青空の一画にドンといすわっている。

その入道雲に向かってなにか光るものが飛んで行った。

河原を見下ろすと小さな影がひとつ、へんてこな動きをしていた。

あの光るものはあそこから発射されたようだ。

転げ落ちるように河原におりると、幼児がなにか呟きながらノートになにか書き込んでいる。

覗き見ると、訳の分からない記号のようなものが、殴り書きされている。

ー出鱈目に書いているのか?。と、一瞬考えたが、その割には幼児は真剣そのものだ。ー

「いま、空に飛んでったの、あれ、お前の仕業?。あれ、何?。」

その子はチラッともオレを見ずに、

「あれ、ロケット。アンモニアと塩素の比率が難しくてね、大気圏まで届かないんだ。」

と、言いながら、さらに何かノートに書きこんだ。

「お前、いくつ?。」

「5歳。」

「お前、幼稚園とか行ってるの?。」

「僕が幼稚園に行って、どうしろっていうの?。漢字もほとんど読めるし、英語だって話せる。多分、そのへんの大人より知性が高い。」

「お前って、いわゆる天才ってやつ?。」

「まあね、みんな僕を天才だっていうよ。」

「すげーな。でも、これ、もしかしたら危ない実験なんじゃない?。爆発とかしたらどうするの?。それに、お父さんやお母さんはどこ?。大人の人が一緒にいないの?。」

「パパもママも仕事に行ってる。お金だけくれるんだ。好きな実験に使いなさいって。じいじが言ってた、『二人共、天才の我が子を持て余して、育児放棄をしてるんだ』って。まあ、どうでもいいけどね。」

ー育児放棄って言葉の意味は良く解らないけど、この子の覚めた顔には見覚えがある。あやかしが見えるせいで両親に気味悪がられて、両親に愛されることを諦めてる俺に似てるんだな、この子。ー

その子は5歳児らしかなぬ覚めた目で僕をじっと観察しながら、

「君、こういう研究に興味あるの?。」

「はっきり言って、お前が何をしてるのかまったく解らない。俺、頭がいい方じゃないし。」

「そのようだね。じゃあ、研究を続けるから、ここから立ち去ったほうがいい。ここは危険だからね。」

「もう少しだけ、お前の傍で見てるのはダメ?。絶対邪魔しないからさ。」

「僕の後ろにいて見ているだけならいいよ。あと、話しかけないように、気が散るから。」

「解った。話しかけない。しばらく見てから、邪魔にならないように黙って帰るから。」

俺の言葉に相槌を打つもの面倒な様子で、その子はまたロケットを飛ばす用意をはじめた。

俺はそんな彼を1時間くらい見ていてからじっちゃんの家に行った。

じっちゃんは母方の祖父で探偵事務所を開いてる。

亡くなった爺ちゃんとこのじっちゃんの二人がいたから、俺は引きこもったりしなくてすんだ。

「今日、変な奴に会ったんだ。天才?ってやつ、でも、感情がないロボットみたいだった。」

「そうかい?、危なっかしいな。颯太が友達になってやるといい。」

「俺?、俺は視えるせいで挙動が変だって言われて、クラスのみんなにハブられてるのに?。友達?。」

「天才だってハブられてるかもしれないぞ。」

「そうかな?。まあ、様子を見に明日も言ってみようかな?。どうせ、夏休みでひまだし。」


次も日もその次も日も俺は河原にかよって、天才少年に会った。

天才少年は次第に打ち解けてきたようだった。

ー友達になるには呼び方が大事だよな。ー

「俺の事、颯太ってよんでよ、お前、名前は?。」

「鬼塚。」

「それって苗字で名前じゃないだろう。まあ、いいや、俺たち友達になろうぜ。」

俺がこういうと鬼塚は俺の事をじっと見てなんか観察していた。

まるで鬼塚の目がエックス線になっていて、俺をレントゲン検査してるみたいだった。

それからは、友達になろうという俺の提案の答えはもらえないままだったが、鬼塚は俺にいろいろ命令するようになった。

「ねえ颯太、この荷物持って、僕の家に運んで。」

「颯太、これで昼食用の飲み物と食べ物買ってきて。」

「颯太、研究データーに使いたいから、なるべく頭の悪そうな大人にこの質問をして。」

「颯太、薬局からこれ買ってきて。」

「颯太、この翼をつけて屋根の上から飛び降りて。」

鬼塚にとっての友達とは命令に従う人間の事を指しているのかもしれない、そう思って俺は鬼塚の言う通りに行動した。

その結果、頭の悪そうな大人に鬼塚に言われた質問をして、

「馬鹿にしてるのか?、この小僧!。」

と、言われて殴られた。

薬局では薬品を買おうとして、通報されて警官に

「君、この薬を何に使うのかね?。誰に頼まれた?。」

と、詰問された。

鬼塚が作った翼をつけて屋根からとびおりると、数分後に落ちて足を捻挫した。

捻挫したオレを見てさすがに鬼塚も反省したようだった。

「大丈夫?。でも、発明に犠牲はつきものだ。君の犠牲を自分はきっと無駄にしないから。」

「俺を死んだみたいに言うな!。天才なら犠牲のない発明をして見せろ!。」

俺が叫ぶと、鬼塚は腕組みしながら頷いて言った。

「そうか、犠牲のない発明か。自分になら、出来るかもしれない。颯太は面白いな。うちの両親とか寄ってくる大人たちとは違う。」

鬼塚が俺と初めて普通の会話をした瞬間だった。

後で近所の人に聞いた話では、鬼塚の両親は天才のわが子の扱い方が解らず、二人共仕事に明け暮れ、鬼塚には金だけを与えているらしい。

そのうえ、鬼塚の天才ぶりをどこからか聞きつけた大人たちが、ゆくゆくは自分の会社で発明をさせたいと彼の家に押しかけてきているらしい。

ー鬼塚が心がないみたいに見えるのは、誰も鬼塚を愛してくれないからかもしれない。俺も爺ちゃんたちがいなかったら、どうなっていたか解らないな。ー

「鬼塚、お前は天才で頭は最高だけど、心は空っぽだ、何とかしないと、素晴らしい発明品ができないぞ。」

「颯太が無理して、難しいことを言おうとしているな。なぜ自分に素晴らしい発明が出来ないんだ?。発明について、颯太になにが解る?。」

「俺が思うに、素晴らしい発明っていうのは、人の為になる発明だ。人の心が解らなかったら、人の為にならない発明をしてしまうだろう。例えば、原爆とかみたいに。」

「珍しく颯太がまともなことを言ってるな。偉いぞ。」

鬼塚が初めて俺を褒めた。

「俺も爺ちゃんとじっちゃんがいなかったら、おかしくなってたのかもしれない。」

「いや。颯太は、今でも十分、おかしいよ。一体、何が見えるんだ?。」

「え?、気づいてたのか。鬼塚は他人に興味ないから気が付かないと思ってた。」

「天才をバカにするなよ。それで、何が見えるんだ。颯太。」

「もののけ、妖怪、幽霊、つくもがみ等、いろいろ視える、でも鬼塚はそんなもの信じないだろう?。非科学的だものな。」

「颯太が視えると言うなら、信じるよ。科学でも解らないことはまだまだたくさんあるし。」

それで俺は鬼塚に、俺の今まで視てきたこと、父方の爺ちゃんが視える体質なことなど、いろいろ話した。

鬼塚はまた、エックス線みたいな目つきで俺を見て、

「相変わらず颯太は面白い。」

と、言っていたが、目がちょっと怖かった。

ーもののけとかが見えるなんて、やっぱり信じられないのかな?。それで怖い目でみてるのか。ー

と、思ってた。


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