第2話鬼塚との出会い
青空には入道雲と飛行機雲の飾りが付き、太陽はギラギラと悪意を持って隙あらば世界中を燃やし尽くしてやろうと企んでいる。
8歳の夏休み、プールからの帰り道。焼けた
アスファルトの上が熱でゆらゆらと見えるのが面白く、いつのまにか知らない場所まで歩いてきてしまっていた。
ー熱で空間がゆらゆらしてる。なんだか、お化けやあやかしが出てくる時と似てるな。ー
俺は知らない場所を歩くのが好きだった。
どうせ家に帰っても、両親は仕事でひとりぼっちで留守番だし。
まあ、両親が居ても
「ご飯を食べなさい。」
とか、
「洗濯物を出しておいて。」
とか、言い捨てて自分たちの部屋に入ってしまう。
自分たちの子供ではなく、まるで早く出ていって欲しい居候相手に対する様な言葉だけを投げ捨ててくる両親。
ー両親は俺の事が怖いんだろう。俺はなるべく両親に関わらないようにしてる。だって、これ以上こわがらせたら、可愛そうだもん。大丈夫。俺には爺ちゃんとじっちゃんがいる。ー
そんな事を考えながら、空を見上げると、おおきな入道雲が青空の一画にドンといすわってここは俺のものだと主張している。
その入道雲に向かってなにか光るものが飛んで行った。
河原を見下ろすと小さな影がひとつ、へんてこな動きをしていた。
あの光るものはあそこから発射されたようだ。
転げ落ちるように、雑草だらけの河原におりると、幼児がなにか呟きながらノートになにか書き込んでいる。
覗き見ると、訳の分からない記号のようなものが、殴り書きされている。
ー出鱈目に書いているのか?。と、一瞬考えたが、その割には幼児は真剣そのものだ。ー
「いま、空に飛んでったの、あれ、お前の仕業?。あれ、何?。」
その子はチラッともオレを見ずに、
「あれ、ロケット。アンモニアと塩素の比率が難しくてね、大気圏まで届かないんだ。アンモニア燃料の大きなメリットは、燃焼時にCO2を排出しないカーボンフリーな燃料である点なんだけど、不安定さに問題があるんだ。」
と、言いながら、さらに何かノートに書きこんだ。
ストレートの黒髪に形が整った眉、切れ長の黒く大きな瞳、薄く紅い唇。
綺麗な顔に知性が光っていた。
だけど、ひょろひょろで風が吹いたら飛ばされてしまいそうだ。
「お前、いくつ?。」
「5歳。」
「お前、幼稚園とか行ってるの?。」
「僕が幼稚園に行って、どうしろっていうの?。漢字もほとんど読めるし、英語だって話せる。多分、そのへんの大人より知性が高い。」
「そうなんだ。お前って、いわゆる天才ってやつ?。」
「まあね、みんな僕を天才だっていうよ。」
「すげーな。でも、これ、もしかしたら危ない実験なんじゃない?。爆発とかしたらどうするの?。それに、お父さんやお母さんはどこ?。大人の人が一緒にいないの?。」
「パパもママも仕事に行ってる。お金だけくれるんだ。好きな実験に使いなさいって。じいじが言ってた、『二人共、天才の我が子を持て余して、育児放棄をしてるんだ』って。まあ、どうでもいいけどね。」
ー育児放棄って言葉の意味は良く解らないけど、この子の覚めた顔には見覚えがある。あやかしが見えるせいで両親に気味悪がられて、両親に愛されることを諦めてる俺に似てるんだな、この子。ー
その子は5歳児らしからぬ覚めた目で僕をじっと観察しながら、
「君、こういう研究に興味あるの?。」
「はっきり言って、お前が何をしてるのかまったく解らない。俺、頭がいい方じゃないし。」
「そのようだね。じゃあ、研究を続けるから、ここから立ち去ったほうがいい。ここは危険だからね。」
「もう少しだけ、お前の傍で見てるのはダメ?。絶対邪魔しないからさ。」
「僕の後ろにいて見ているだけならいいよ。あと、話しかけないように、気が散るから。」
「解った。話しかけない。しばらく見てから、邪魔にならないように黙って帰るから。」
俺の言葉に相槌を打つもの面倒な様子で、その子はまたロケットを飛ばす用意をはじめた。
ーしっかりしてるようでも、何だか心配になっちゃうヤツだ。もう少しだけ見守っていようかな?。ー
俺はその子の様子を1時間くらい眺めていてからじっちゃんの家に行った。
じっちゃんは母方の祖父で探偵事務所を開いてる。
亡くなった爺ちゃんとこのじっちゃんの二人がいたから、俺は引きこもったりしなくてすんだ。
「今日、変な奴に会ったんだ。天才?ってやつ。でも、感情がないロボットみたいだった。」
「そうかい?、危なっかしいな。それなら、颯太が友達になってやるといい。」
「俺?、俺は視えるせいで挙動が変だって言われて、クラスのみんなにハブられてるのに?。友達?。」
「その天才だってハブられてるかもしれないぞ。」
「そうかな?。まあ、様子を見に明日も言ってみようかな?。どうせ、夏休みで暇だし。」
次も日もその次も日も俺は河原に通って、天才少年に会った。
天才少年は次第に打ち解けてきたようだった。
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