天才少年鬼塚博士はあやかし書店通いが止められない

高井希

第1話神田あやかし書店と爺ちゃん

それは虹色の光の塊だった。

天高く飛んだ光の塊は、まるで天いっぱいに咲く大きな花火のように、四方八方に広がって、ゆっくり落ちていった。

その間にも掃除機みたいなロボットは、バーン、バーンと一定間隔で光の塊を発射しつづけた。

満天に広がる虹色の光の粒達。

「きれい。花火の何倍も綺麗ね。」

「きれいだ。それに、何だか心を揺さぶられる。」

二人の目が合った。

俺は思わず本音を口に出してしまった。

「好きだ。結婚してください。」

ーああ、俺って何を言ってるんだ、まだ付き合ってさえいないのに、結婚を申し込むなんて。非常識にもほどがある。それに中学生はまだ結婚出来ないんだし。ー

「嬉しい。本当は私もあなたのことがずっと好きだった。でも、素直になれなくって。」

二人のシルエットが重なった。

ーいいのか?。これが現実で本当にいいのか?。いや、やっぱり夢?。ー

夢のように美しい天いっぱいに広がった虹色の花火を背景に、二人は幸せに包まれた。


俺の話をしよう、俺は神田の生まれだ。

物心ついたときには、もう色んなものが視えていた。

いわゆる、あやかし、幽霊、妖怪、もののけ、つくもがみ、人外というやつだ。

無害の奴も、危ない奴もいたが、俺の爺ちゃんが見える人だったから、そいつらとの距離の取り方を教えてくれた。

「絶対に、視えるそぶりを見せるんじゃないぞ。」

と、爺ちゃんはいつも言ってた。

「危ない奴にだけ、近寄らなけりゃいい。自然体でいろ。気にするな。そうすりゃあ、あいつらは何にもしない。」

爺ちゃんの教えを守って視えないふりをしていれば、奴らは悪さをしてこなかった。

「すまねえな。俺のせいで視える側になっちまって。視える人間にゃあ悪いものがつきやすいんだ。つまり不運になりやすいし、現実世界で生きにくい。俺みたいに半端者になっちまうかもしれねえ。」

なぜだかわからなかったが、爺ちゃんはそう言っていつも俺にあやまってた。


「俺、視えても平気だよ。俺、爺ちゃんみたいになれたら嬉しいな。」

俺がそう言うと、いつも爺ちゃんは俺を抱きしめて、

「すまねえな。」

と、繰り返した。

ある日、爺ちゃんが

「いい所に連れてってやる。」

と、言って神田神保町の裏道に連れて行ってくれた。

神田では、いまを遡ることおよそ140年前、江戸時代武家町であった神田区西端に、教育機関が次々と設置された。ほどなく同地区周辺には、日本屈指の学生たちの大きな生活圏が形成されて、下宿屋、書店、料理店等々。学生たちの衣食住を満たす大学生街が神田に誕生した。

ここは古書店街として名高い。

靖国通りを駿河台下交差点から西へ向かうと、およそ130店もの古書店が建ち並び、中には美術、武道、洋書、料理、など一つのジャンルの本を専門に扱う店もあった。

その神田神保町の迷路みたいな裏道にある古ぼけた引き戸をくぐると、そこは古びた書店だった。

「ここは古本屋?。あやかしに交じって、変な恰好をしてる人達がいるけど。どういう事?。」

爺ちゃんに小声で尋ねると、

「ここは、神田あやかし書店だ。いいあやかししか入れないから、安心しろ。変な恰好なのは、皆、色んな時代からやってきてるからだ。」

「色んな時代って?。」

「過去や、未来さ。まあ、5才じゃあ、まだよく解らないだろう。もう少し大きくなってから教えてやるよ。」

爺ちゃんは俺をちょくちょく神田あやかし書店に連れてきた。

俺が視えるせいで両親とはギクシャクしていたり、視えることを隠してはいても、視えないふりをする俺は、周りからみて変に映ってしまうらしく、親しい友人が出来ないことをも爺ちゃんは気にしていた。

でも、あやかし書店では何も隠す必要がなく、ありのままの自分でいられた。

店主の婆ちゃんも、あやかし達も、俺に優しくしてくれた。

爺ちゃんはそんな俺を複雑な顔をして見守っていた。

店主の婆ちゃんが後から話してくれたが、爺ちゃんは悪いもののけに何度も祟られたそうだ。

俺のお婆ちゃんも悪いもののけのせいで亡くなったらしい。

そのせいで俺が視える事をひどく気にして自分のせいだと感じてしまっていたらしい。

俺の大好きな爺ちゃんとの別れは突然やってきた。

「颯太、人には優しくしろ。自分がやりたいことを、じっくり探せ。」

それが、最後の言葉だった。

俺はまだ7歳になったばかりで爺ちゃんに教えてもらいたい事が沢山あったのに。

爺ちゃんが亡くなってから、寂しさを紛らわすように俺はますますあやかし書店に入りびたった。

「俺、この店の掃除とか手伝うよ。爺ちゃんが、人には優しくしろって言ったから。お婆さんだって半分は人だろ。」

神田あやかし書店の店番をしているお婆さんは、爺ちゃんの昔馴染みで人間とあやかしのハーフだという事だけは知っていた。

「店の掃除の手伝いとは、さすがあの人の孫だ。あの人も子供の頃、この店の丁稚だった。」

「丁稚って?。」

「この店の手伝いだ。まずは店の掃除からはじめて、おいおい本の修繕もできるようになっとくれ。」

「うん、俺、なんでもするよ。」

「お礼は無期限のこの店使用権と、魔よけの力でいいかの?。」

「いつでも、ここに来ていいって事?。お菓子とお茶代も払わなくていい?。」

「ああ、お菓子もただじゃ。それに、一人だけ誰かを連れてきてもええのじゃ。」

「爺ちゃんが僕を連れてきたみたいに?。」

「そうじゃ、但し、この店の秘密を守れる人間でなくちゃあならん。」

「うん、解った。」

ーそういえば、魔よけの力って何のことだろう?。まあいいか。今度ゆっくり聞いてみよう。ー

その日から、小学校の帰り道、神田あやかし書店に寄って、掃除をする日々が始まった。

両親は共働きで、夜の7時前には帰ってこないし、爺ちゃんもいなくなって寂しい気持ちを、この店のばあちゃんやあやかしたちのやさしさに助けられて、俺は明るい性格のままでいられた。

「店にいる人間とは話ちゃならんよ。過去や未来の事を不用意に知ると、運命が変わっちまう。」

「うん、解ってるって。爺ちゃんがよく言ってた、店にいる人間とは挨拶するだけにしておけって。その代わり、婆ちゃんとあやかしたちとは仲良くしてもいいって。」

「そうか、解ってりゃあいい。颯太、掃除が一段落したら、お茶とお菓子をおあがり。」

「やったー!。これ、わらび餅だろ?。俺、これ大好きなんだ。この店で出してくれるお菓子はいつも美味しいから、全部好きだけどね。わあ、これやっぱりおいしいや。ありがとう、婆ちゃん。」

「本当に美味しそうに食べるのう。この店で出す菓子は、みんな、あやかしと儂が一緒に作ったもんじゃ。それにの、この菓子やお茶は魔よけになってるのじゃ。」

「魔よけ?。」

「そうじゃ、悪いものからお前を守っておるのじゃ。視える力は、悪いものも引き寄せやすいからな。魔よけが大切なんじゃ。」

「爺ちゃん、俺にいつも謝ってた。爺ちゃんのせいで、俺まで視えるようになったから、不運になりやすいって。魔よけがあれば、不運にはならないのか?。」

お婆さんはちょっと言いにくそうに首をひねってから

「魔よけでよけられるのは、魔だけじゃ。運は他のものも関係してくるからのう。じゃが、儂らがお前を守れるだけ守る。あの人との約束もあるしの。ただ、万が一の時は、自分らしく生きることだけを考えて、運と戦え。あと魔よけや儂らでは、悪い人間からは守れんから、そいつは自分でどうにかせにゃならん。気を付けや。」





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