1話「ぼくの能力はそんなわざわざ軍隊を派遣してでも手に入れたい能力じゃねえ‼」

 タッタッタと石造りのこの建物に響き渡る音と共に、これまでか、とぼくは腹をくくる。


 部屋でパンを咥えていたぼくは、それから間もなく敵に取り囲まれた。


 全員銃を持っている。


 丸腰のぼくでは全く抵抗の余地もないらしい。


 今は椅子の裏で手錠をかけられ、銃口を向けられている。



「とりあえず、どこの所属か聞いていい?」


「スコール皇国レバンティン所属」



 銃口を向けられ、脅されるはずの立場であるぼくが言った言葉に対し、身長の低いやけに小さい女の子が、ぼくの目の前に立って言葉を返した。



 ——あれがおそらくネームドか。



「スコール皇国内部の派閥だとか、そう言うのは全く知らないんだけど……A隊もB隊も全くもってスコール皇国に侵攻した覚えはないんだけど?」


「あなた達——私達で言うJUNKジャンクがシルヴィアル神国、リグスミナ帝国への侵攻を始めたのをきっかけに私達スコール皇国に救援の使者が来た」



 また、別の人がぼくの前に現れたのだが、今度はさっきと打って変わって大分長身の女の子だ。


 この大陸は、縦に長い形状をしており、その大陸のちょうど真ん中あたりに、上にスコール皇国、左側にシルヴィアル神国、右側にリグスミナ帝国がある。


 この石造りの建物——荒廃した神殿なのだが——は、ちょうどその三国の中心点となっており、魔境の地やら、三国不干渉の地やらと呼ばれている地域だ。


 三国はよく争っていたらしいが、それもこれもこの三国で唯一海に接していないスコール皇国の侵攻が原因らしいが。



 ——前に占領したシルヴィアル神国の図書館の本で見た知識だがから、この三国より外の地域については全く知らないんだが。



「それは嘘だな。だって、あの国リグスミナ帝国からの使者の振りをして、ぼくらとスコール皇国が手を組んだという内容の手紙を流したら、国境付近の警備を手厚くしたじゃないか」


「……? あなたは何か月前の話をしている!」


「三日前」


「……ッ⁉」



 長身の女の子はぼくの話を聞いて、嘘がバレたことを焦っているのか、シルヴィアル神国からの侵攻を予期したのか、目に見えるレベルで顔に汗を滴らし始める。



「一旦落ち着きなよ、ルイちゃん。ここは戦場だよ?」



 さっきの低身長の女の子が、長身の女の子の肩を叩いてそう声をかける。


 長身の女の子の名前は、ルイ、と言うらしい。



「あ……すみません、先輩。嘘がバレた動揺と、対シルヴィアル戦線を昨日手薄にしたことを思い出しまして……」


「今のところ、侵攻された、だなんて報告は来てないからね~。それにこの人の嘘だって可能性もあるし~」



 低身長の女の子の方は、友人と話す時大分砕けた話し方をするらしい。



 ——尤も、こっちに顔を向けた瞬間、殺す、みたいな目に変わるんだけども。



「まあ、ぼくが言ったことが嘘だったとしても、この魔境にスコールが入った事実は変わらないから、シルヴィアル、リグスミナ両国から報復受けるんじゃない?」


「……ああ、それは承知の上だ」


「じゃあ、それを分かってここに何の用で?」


「あなたに用」



 銃口をこちらに向けている、口元はマフラーで、目元は髪で隠れた先ほどぼくに話しかけた二人の身長のちょうど間くらいの女の子が、今度はぼくに言った。



 ——見たところネームド以外も女の子ばっかり、スコールって男絶滅してる?


 ……なわけ、レバンティンとやらが女性部隊だととらえておこう。



「ぼく? いや、残念ながら……ぼくに対してそんな危険を冒してまで会いに来るのは、リスクとリターンが見合ってないように思えるんだけども?」


「そうか? 私達はそうは思っていない。JUNKジャンク、それを手に入れることは私達にとって大きな一歩だ。あなたが私達に協力するというならば、私達はあなたに衣食住、それに身の安全を約束しよう」


「ん~、つまり何が目的?」



 鋭い目線がこちらにただひたすら向いている中、ぼくは一向に顔色を変えず淡々と言葉を吐き続ける。


 一方で、長身の女の子——ルイが一歩こちらに近づいて事の次第を話し始める。


 その裏で、身長低い女の子は一般兵モブの中に紛れ、何やらいろいろと話し合っている。



 ——さて、ぼくの話が真実かどうか本部と連絡でも取り合っているのかな?


 まあ、事実なんですけどね。



「私達の目的は、この三国の統一——シルヴィアル、リグスミナを潰すことだ。そこで、類まれなる力を持つテロ組——JUNKジャンク、あなたらを勧誘しよう、と言うわけだ」


「テロ組織……そんなんじゃないけどね。まあ、一つ言うと、ここにはぼくしかいないよ?」


「それでも一向にかまわない。私達はJUNKジャンクと敵対するつもりはない」


「……そう? だったらここじゃなくてシルヴィアル国境でも行ったら? 今ならいっぱいいるよ? なんでこっち来たの?」


「まず第一に、今の私達ではJUNKジャンクに勝つことはできない。そこでとある筋から手に入れた情報で、あなたがここにいるという事を知ったのだ。それも一人でな」


「……これだけの人数で来たの? 勝てないって思っているのに? ぼくって舐められてる?」


「これだけ、と言うにしては私達はあまりにも強いぞ? レバンティンはスコールでもエリート中のエリートである皇都近衛部隊の上を行く。その中から三将も出させたことはむしろ誇りに思うべきだ」



 その言葉を聞いて、ぼくは一つため息を吐いたのち、そう、とだけ言って、しばらく

 沈黙した。


 場は静まり返り、情報を確認し終えたのか、身長の低い女の子が再び僕の前に現れた。



 ——裏切った?


 ぼくの情報を持っている人なんてぼくら以外にいるか?


 さあ、これはいよいよ味方が味方じゃなくなってきたらしい。


 はぁ、余計なことしてくれちゃって。



「私達の目的は話した。では、そちらの事も色々話してもらおうか」


「正直に話せば、何もしないと約束する。一応言っておくけど、私のセンは『単色極彩色噓発見器』だから」



 身長の低い女の子がぼくに向かってそう言う。



 ——泉、ぼくらでいう所の超能力ギフトみたいなものだったか。


 ん~、隠す意味もないか。



「わかったよ、何が聞きたい?」


「まず、君のセンは?」


「さあね?」



 ぼくがわざとふざけた回答をすると、メカクレの女の子が銃口をチャキっとこちらに鋭く向ける。


 そちらの方を一瞥してから再び身長の低い女の子の方を向き直ると、殺気のオーラが具現化したようにとんでもない形相でこちらを睨みつけている。



「わかった、わかったって、でもね~、メインディッシュからいただくのはちょっとセンスに欠けるよね。最後に答えるよ。一旦別のにしてくれないか?」


「あんまりふざけてると殺す」



 メカクレの女の子がマジのトーンで言ったのを、左手を出して身長の低い女の子が制止をかける。



「……ルナちゃん、一旦落ち着いて?」



 二人の目が合っているのがはっきりとは見えないが分かる。


 この会話を見るに三人はずいぶんと長い付き合いらしい。



 ——で、メカクレちゃんはルナ、と。



「……じゃあ、君らの目的は?」


「ん~、ぼくらの目的。そうだね、衣食住、だね。第一にぼくらのことはこの大陸に流れ着いた漂流民だと思ってくれればいい。つまり、自分の領土を持たない浮浪民族、生きる術を持っていないんだよ。じゃあ、どうする? 他国から領土を奪うって言う発想に至るわけだね。しかし残念なことにね、ぼくみたいに三国から中途半端に領土を取って講和しようとする小国派と、国そのものを乗っ取ろうとする大国派で現在分裂中なわけ。つまり何が言いたいかって? ぼくにとって君らの提案は最高ってこと」


「……嘘ついてない」



 ——まあ、嘘ついてないだけで言ってないことはあるんだけどね。



「そりゃあ、全部真実ですから。というか、その能力ならぼくがさっきシルヴィアルが国境近くの警備を手厚くしたことも嘘かどうか見抜けたんじゃない?」


「見抜いてる、だから本国に使いを送った」


「なるほど、そのために一旦この部屋を出たのね」


「じゃあ、仲間の場所は?」


「シルヴィアルとスコールの国境からシルヴィアル側に侵攻中、リグスミナとスコールの国境からリグスミナ側に侵攻中。シルヴィアル側は山を越えるのに手間取っているよ。リグスミナ側には参加してないから知らないけど」



 そう、と身長の低い女の子は頷いて、ルナとルイを呼んで何やら話し合いを始めた。


 一方で、後ろの一般兵モブたちは何やらぼくの話を聞いてざわざわし始めている。


 スコール皇国内でもやはりぼくらの情報は出回ってないらしく、新しいかつ確からしい情報にどよめきが生まれるのもしょうがないことなのだろう。


 と、そんなことをしている間に、ぼくの仕込みは終わったらしい。



 ——じゃーん、手錠開☆錠。


 案外ちょろくて助かった。


 ぼくの能力は、『等身大フィギュア《レプリカ》』。


 ぼくと全く同じ姿のコピーを生み出せるぞ!


 まあ、ダメージとか共有なんですけどね。


 だけど、すごい点は一部だけでも召喚できるってこと。


 つまり、右手だけ召喚して、ポケットからナイフをこっそり取り出し手錠を破壊したってわけ。


 あとどういう原理か知らないけど、例えば手を召喚したら本物のぼくの手の位置までだったら浮くんだよね。


 これのおかげで楽々開錠。


 いや、でも……ぼくの能力最弱クラスなんだよなぁ……。



「もう一つ聞くけれど、スコールに侵攻予定はあるの?」


「知らない、けど、小国派だったら攻めるね。それぞれから少しずつ領土を奪う予定だからね。大国派なら、もしかしたら一国落として満足するかもしれない」


「そう……最後に、君の能力は?」


「もう、メインディッシュか、早いね。まあ、いいよ。時間は十分稼げたし。……ぼくの能力? これかな~?」



 スッと椅子の後ろで手錠をかけられていた手を前に出し、右人差し指で手錠をくるくる回しながら見せる。



「じゃあ、そう言うわけで……」



 ぼくは笑顔でそう言い切る前に手錠を投げ捨てて、ポケットからナイフを取り出し


 自分のこめかみ目指して右手を勢いよく動かす。


 しかし、その行動は見透かされていたかのようにルナがぼくの右手首をしっかりつかんでそれを阻止した。



「女の子なのに力強いんだね、なんでもいいけど」


「それ以上動いたら殺す」


「捕虜になるくらいなら気高い死を選ぶよ?」


「うるさい、拘束する。ルイ、やって」


「あなたを拘束させてもらうぞ、『棺桶のミイラスパイラル・テープ』」



 スッと手を構えると、両手の手首あたりからそれぞれ一本ずつテープが発射されこちらに向かって来る。


 まるでさながらスパイ〇ーマン。



 ——パッと見た感じだと、触れた物体に巻き付いて拘束する感じだと予想できるな。


 じゃあ、ぶつけてみるか。



「『いや、ロケットなんて原動機付いてないけどロケットパンチ』って言うのはどう?」



 ぼくがルイの方に左手を突き出し、そうわざとらしく言うと、左手のこぶしの先にさらにもう一個左手のこぶしが現れる。


 そしてそれは、いまぼくに向かって真っすぐ放たれているテープに向かって飛んでいく——謎の力で。



 ——二本テープがある?


 それはお任せあれ——



「左手は分裂するんだよ。よく見ておくといいよ」



 ——ぼくがそう言うと左手が真っ二つになり、それぞれのテープに向かって特攻す

 る。


 そして、ぼくが思った通りにそのテープはぼくに左手に巻き付き、ぐるぐると肌色が見えなくなるまで包み込んだ。



 ——もしあれが体に巻き付いたら脱出は無理だろうな。



「死ぬのはいいよ。でも、捕虜は嫌なんだって。そりゃあ、抵抗するよね」



 パチンと左手で指パッチンをし、能力を解除すると中身のなくなったテープはふにゃふにゃとその場に落ちる。


 ルイはこちらを睨み、ルナは一向にぼくの右手を話してくれる気配はない。



「ルイもう一回」


「何度やっても同じだよ」



 ルナが再度拘束をするよう言ったのに対して、ぼくは被せる様にしてそう告げた。



「……アリシアせんぴあ、どうしよ」



 ルナが身長の低い女の子に向かって助けるような目を向けて言った。


 やっと身長の低い女の子の名前が分かった、アリシアらしい。


 それを聞いてアリシアはぼくの方に近づいてきて、ぼくの腹部に持っている銃口を突き付ける。



「服従するなら打たないけど……どうする?」


「言っておくけど、ノコノコ近づいてくるのはいいんだけど、ぼくは今左手で君の顔面を殴ることもできるんだからな?」



 ぼくは睨みつけてくるアリシアの顔と同じ高さに左手を持ってきて、力強く握ったこぶしを見せつける。



「やったら引き金を引く。腹部が終わったら左耳を打つ」


「それは脅しか? やってやろうじゃないの。『いや、ロケットなんて原動機付いてないけどロケットパンチ』」



 拳をアリシアの顔に向けてぼくはそう言った。


 その瞬間、アリシアは両目をつぶって歯を食いしばった。


 しかし、残念ながらそれは無意味に終わった。


 ぼくがこぶしを撃った先は、この部屋の出口。


 思いっきり左手を高く上げると、ぼくを囲っている全員よりも高い位置に拳が行く。


 つまり、ぼくの分身は全員の上を越えて外に出られるってこと。



 ——別に、こぶしの先からコピーが出るなんて一言も言ってないからね。


 出せる範囲はぼくが見える場所全部。


 射程距離は無限、別に遠隔操縦できるからどこでも行けるんだよね。



 そして、ぼくはこぶしが部屋の外に出たことを確認して左手でパチンと指パッチンをする。


 そして、言った。



「じゃあな、『』」



 その瞬間ぼくを取り囲んだ全員が自分の頭上を飛んでいったこぶしの方を見た。


 そこには何もなかった。



「悪いね。そんな能力んだよ」



 ——別に指パッチンが能力のトリガーだなんていってないんですけどね?



 全員が自分から視線が外れた一瞬をぼくは見逃さず、脱出を図る。


 まずルナに拳を当てて右手の拘束を解く。



「女の子と殴る趣味はないんだけど」



 次に、アリシアを押して尻もちをつかせる。


 しかし、さすがネームドと言うべきだろうか、銃口はしっかりとぼくの方を向いていた。



「でも、撃てないだろ? 外したら仲間に当たるよ?」



 そして残りの有象無象は全員薙ぎ払って部屋の外に出た。



 ——よっしゃ、これで勝つる。



 この神殿は二階建てで二階から一階へは階段で下るほか、吹き抜けになっている造りで飛び降りることが出来る。



 ——いや、階段まで行ってる余裕ないでしょ。


 I can fly‼



 って、思ったんだよね、当時のぼく。


 結果?


 そりゃあ、ねえ、お察しよ……。


 え?


 聞く?


 お客さんも性格悪いねえ……。


 え~、……それではぼくの醜態をどうぞ。



「いってえええええ!」



 そう、と言われれば確実にそうであるけども、二階から素人が飛び降りた結果、足を痛めないはずがない。


 足を引きづって光あふれる出口へ向かうぼくへ、コツコツコツと近づいてくる多勢の足音。



僕策尽ぼくの万策尽きたんだけど


「……さっきも言った通り抵抗するなら風穴を開ける。まだやる?」


「やれると思う?」


「……ずっと気になっていたんだけど、なんでさっきから強気なの?」


「さあ?」


「ルイ、後は任せる」


「『棺桶のミイラスパイラル・テープ』」


 それがぼくが最後に見た外の光だった。


 それ以降三日間くらいぼくの視界の先にあったのは白い布。


 時折ガタンゴトンだの、ヒヒィィンだの、聞こえたものの、それ以外の情報はおろか話しかけられることすらなかった。



 ——今更なんだけどさ、ハ〇ターハン〇ーのキメラアント編もっと読んでおけばよかった。

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