終 アルバイト代を巡る攻防(下)
どうやらこれがねこねこネットワークの思し召しであることを、わしは確信した。またしても大した議論もなく家族会議が終わり、優の同級生の弟がこっそり世話していた猫をもらってくることになった。
ワクチンは打っていない、と聞いて、優は自分のアルバイト代からよろこんでワクチン代を出した。一発5000円するワクチンを喜んで2発ぶん出すと決めたのだから優の心根は名前どおり優しい。
わしはどうやら優を見くびっていたようだ。優はとてもやさしい若者である。この時代、若者はみな大学に行きたがるというのに、優は近くの農協に高卒で勤める気でいるらしい。家族は遠慮なく大学に行けばいいと言っているのに、優は家族のために働くことを選んだのだ。
優いわく「かさねちゃんをお嬢様大学に入れなきゃいけないからな」とのことで、優は本当に優しいのだな、と思った。
さて、優の同級生の弟から猫を譲ってもらう日がやってきた。さすがに半年世話をしただけあってけっこう体が大きい。きれいなハチワレのオス猫だ。
優に猫の相談をして、猫を連れてきたのは同級生の、そりゃあもうクラスのマドンナであることが想像される女の子だった。どうやら猫の画像をUPするのを条件にインスタで相互フォローになったらしい。
優しい若者だと思ったが単なる下心満載の行動だったようだ。ちょっと意見を撤回する。
名前は特に決めていないという話だったので、また家族会議が開催された。今回はかさねの提案で、「ゴン太」という名前がついた。
ゴン太はがっしりした体格でまさにゴン太、という印象だ。どことなく太々しい。チョッキンしていない、というので、それも優のアルバイト代から出すことになった。高校生のアルバイトがどれくらい稼げるものかはよくわからないが、おそらくこれで使い果たすことになるのではなかろうか。
「うっす。チビ太兄さん、カリカリ食べないならもらうっす」
「だめじゃ。これはわしのもんじゃ」
そういう会話を日常的にするようになった。デコピンと違って話が通じるし遠慮もできる。わしがカリカリをムラ食いするのを、食べたがりはするがかすめることはない。
ゴン太にこの家の中のことを教えた。きっとこれがわしの最後の仕事になるだろうと思いながら。冬は直火の石油ストーブが暖かいこと、夏には優の買ってきたひんやりベッドがあること。
ゴン太に「わしはこの先長くは生きられん」と言うと、ゴン太は「嫌っす。チビ太兄さんには長生きしてほしいっす」と言われた。
わしはもう充分に生きた。そして満足した。
そして月日は巡り、気がつけば次の年の夏になっていた。わしはまだピンピンしていた。
ゴン太にもう長くないと言ったのがなんだか恥ずかしい。
「ねこねこネットワークに依頼したっす。チビ太兄さんが、せめて優さんの高校卒業まで待てるように、って」
ゴン太め、いらんことをしてくれたな。しかしそのおかげで、わしはいまもかさねがおしゃれに興味をもって小学生向けファッション誌を読むのと、優が慣れないネクタイを結ぶのを見ている。
もしかしたら、わしはマジもんの化け猫なのかもしれない。(おわり)
優とかさねと化け猫チビ太 金澤流都 @kanezya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます