朝食時の未来人

木鈴の手

朝食時の未来人

 

 起き抜けの休日。朝7時のリビングは冷凍室のように冷えきっていた。残り僅かになった牧を使い暖炉で部屋を暖める。そして、朝飯の準備をしてテーブルに座り、ベーコンエッグのベーコンを先に味わう。背徳感に満ちたこの食べ方が何よりもうまい。しかし、そんな至福のひと時を邪魔するかのように異変は起きた。


 ガタガタと家が揺れた。ビングの吊るされた電球が揺れ天井から埃が落ちてくる。暖炉の火が急に消え、床が軋んだ音を立てた。そしてすべてが収まった時、見知らぬ男が謎の煙とともに現れた。

 その男の目の隈はひどく、薄い頭髪と無精に伸びた髭、ひどい猫背が特徴的だった。


 突然の出来事に驚かされた僕は落ち着くために、右手に持っていたフォークを置きコーヒーを一口だけ嗜んだ。冴えた思考の中で、将来このような人間になったら終わりだなと思う。


 「誰だいあんたは? 靴も脱がずに失礼な奴だ」


 冷静になった僕は不法侵入者に対して厭味ったらしく言った。


 「ああ、すまない。まさか家の中に出現するなんて思わなかったんだ。ところで今は何年の何日かな?」


 突然現れた正体不明の不審者の指示を聞く必要はないが歯向かう勇気も持ちわせていない。スマホの画面で日付を確認し怪訝な顔つきをしながら告げた。男は小さな声で「すごい、理論は正しかったのか」と呟き、咳ばらいをしてから対面の椅子に座った。


 「いやぁすまないね。先ほどの質問に答えよう。僕は今から30年後、未来からやってきた君さ」


 未来から来たという不審な男は長い髭を弄りながら、飲みかけのコーヒーに目をやった。


 「すまないがそのコーヒーを頂いても?」


 僕は最後に一口飲んでから渋々男の前にカップを差し出した。彼はそれを右手で持ち、小指を立てながらカップに口を付ける。そして、深くため息をついた。


 「で、あんたは一体何者なんだい?」


 不審者の戯言には耳を貸さずもう一度同じ質問を投げた。


 「さっきも言ったじゃないか。僕は未来からやってきたんだよ」


 男はやれやれといった様子で肩をすぼめた。

 

 「だったら証明してくれよ。あんたが本当に僕だっていう証拠をさ」


 ムッとなり眉を顰める僕の顔を気にも留めず男はコーヒをすすり、テーブルの上で指を組んだ。


 「そうだね……君がひそかに恋心を抱いている職場の後輩と三年後に婚約することになっている。それに、家の中に突然人が出現するなんておかしいだろ?」


 男はしわしわの左手を突き出し「ほら」と言いながら婚約指輪を見せてきた。そこには密かに想いを寄せている後輩の名前が刻まれていた。

 

 それを見て確信した。この男は未来から来た僕だと。彼女に思いを寄せていることは僕しか知らないはずなのだ。それに、この男の言う通り家の中に人を突然出現させる技術なんて今の世界には存在しない。決して自分の都合の良い未来像が実現していると言われたから信じるわけではない。決してな! 


 「疑って悪かった。確かに君は未来から来た僕みたいだね」


 「さすが僕。聞き分けがよくて助かるよ。」

 

 未来の僕は肩にかけているカバンから何やら分厚い紙の資料を取り出した。


 「これはタイムマシンの設計図。これから君にこのタイムマシンを設計してもらわなければならない」


 数百ページはあると思われるそれは所々破け、表紙はまるで何が書いてあるか分からない。それに、コーヒーのシミなどの汚れが目立ち、中身はかろうじて文字が見えるものの、とても未来のものとは思えない。


 「どうしてこんなにも汚らしいんだ」


 「仕方ないさ、この設計図は未来の僕から貰ったものなんだ。それに、未来の僕もそのまた未来の僕から貰ったと言っていたからね。はるか遠くの世界線から代々受け継がれてきたものなのさ。ほら、一番後ろのページ見てみな。君が何代目の継承者かわかるから」


 僕は促されるまま設計書を開いた。上下逆さまだったことに中を見てから気づいた。最後のページまで捲る。そこには正の文字が21個と正になり損ねた4を示す文字が書かれていた。


 「……つまり僕で110代目というわけか。もはや古文書じゃないか」


 僕は汚物を見るような目で設計書を眺めた。そこで僕はあることに気づく。


 「一つ聞きたいんだが、初代の僕はどうやってタイムマシンを作ったんだ?」


 「そんな事知らないよ。年数でいうと数千年前になるんだぜ。分かるわけないし、どうでもいいことなんだよ。それよりも君は30年後にタイムマシンを作りこの設計図を継承することだけ考えればいい。それが僕たちの使命なんだ」

 

 「そういうものなのか……」


 「そういうものさ」


 有耶無耶にされたが、未来の僕がそう言うならどうでもいいことなのかもしれない。


 「ところで、未来の世界はどうなっているんだ? 車は空を走ったりしているのかい?」


 「悪いがその手の話はできない。さっきは僕が未来から来たということを証明するために未来のことを話してしまったが、そこの設計図にも書いてある通り基本的に未来の話をするのはタブーなんだ。まあ、タイムスリップした者とした会話の内容と前後の記憶は無くなってしまうんだけどね」


 「それはなんだか寂しいね」


 未来の僕はコーヒーを飲み干し深く息を吐く。すると、未来の僕の体が薄くなり始めた。


 「そろそろ時間だ。タイムマシンで過去に戻れるのは数分だけなんだ」


 「未来の僕はこの後どうするんだ?」


 「そうだなぁ、やっと使命を果たせたし、まずはゆっくりと眠るとするかな」


 そうして未来の僕は「後はよろしく」と言い残し消えていった。




 時刻は7時20分を少し過ぎた頃。テーブルに腰掛けた僕。目の前にはベーコンエッグのベーコンが無くなった食べ物が冷え切った姿でこちらを見つめていた。コーヒーは何故か空になっていて、自分の向かい側にある。


 テーブルの端を見ると、見慣れない本が置いてあった。コーヒーのシミや汚れがひどく、表紙は何て書いてあるか分からないし、触りたくもない。何故こんなものが置いてあるんだ?


 手に取ろうと腕を伸ばした時、身体に寒気が襲ってきた。足のつま先が寒さで凍りそうだ。まさかと思い暖炉を見ると火がきえている。壁にかかった温度計を見ると氷点下を切っていた。


 僕は本を持ったまま椅子から立ち上がり最後の薪を並べ火をつけた。少し薪が足らないようで火が弱い。


 そうだ、丁度いい。この汚らしい本を処分がてら焚べるとしよう。

 

 

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