旅の恥は掻き捨て

昼星石夢

第1話旅の恥は掻き捨て

 海ぶどうをキャビアと間違えたことがある。

 中学の修学旅行でのこと。

 私は訳あって、私学から転校してきた、お金持ちな転校生だった。公立の学校は私服だったこともあり、大人になった今以上にお洒落をして通った。「お金持ちなんでしょ?」という声をあえて否定しなかったし、ちょっとツンとした、品格めいたオーラを出そうと躍起になっていた。のだが……。

「キャビアだって、キャビアあるよ!」

 修学旅行先のお土産屋で、振り返ると、友達が大声で手招きしていた。タッパーを持ったおじさんが、友達に試食を渡していた。私は近寄って、

「へぇーー、これがキャビア。どう?」

 と友達に感想を聞きつつ、物珍しげにタッパーを覗き込んでいた。

 ふと、冷たい視線を感じ、顔を向けると、もう一人の友達が、目を細めてじっと私を見つめていた。

「なに?」

 と聞けば、

「別に」

 と素っ気なく答え、どこかへ行ってしまった。

 この時、彼女には私が金持ちでないことがバレたのだろう。なぜ、あのおじさんが、「違うよ、これは海ぶどうだよ。子供にキャビアの試食なんか、させるわけないだろ?」と言ってくれなかったのか、恨めしくもある。

 私立の学校に通っていたときには、私は母が弁当に入れてくれた、小さく切り取ったメロン二切れを、皮の近く、限界まで貪っていた。すると友達が、

「やめてよ。貧乏くさい」

 と言った。その子は、弁当に入っている苺は先端から半分までしか食べず、友達の家で出されたスイカも、先端から三分の二までしか食べない、正真正銘の令嬢だった。

 冬に、昨日の夕食が鍋で、シメの雑炊が最高だった、と話すと、「雑炊ってなに?」と言ったものだ。

 その子の友達が、和紙に包まれた、蜜柑を一つ持ってきたとき、私も一粒ご相伴に預かったことがある。たいそう高級な蜜柑らしく、確かに甘かったのだが、スーパーの袋売り蜜柑だってこのぐらい甘いものもある、というのが率直な感想だった。

 公立の高校でも、食に関して不当な扱いを受けたことがある。

 節分近く、母が恵方巻を弁当に入れてくれた。

 私の家の恵方巻は、具はじゃこと鰹節を醤油で和えた、その名もじゃこ巻きが定番だ。この、最強に美味しい恵方巻を見た友達は、

「何それ! おもろ! 悲しすぎるやん!」

 と言った。私には何が悲しいのかわからなかった。

 大人になって、ちょっと高級な日本料理店へ連れて行ってもらったときも、恥をかいた。

 筍が旬で、いい具合に焼かれたその一品を、黙々と食べていると、

「あ、そちらは皮で、食べないんですよ。飾りですから」

 とお店の方に教えていただいた。

 そんな私だが、嫌いなものは牛乳ぐらいだ。

 幼稚園のとき、なぜか帰りに飲まされることがあったのだが、クラス全員分をやかんで温めて、各自のコップに注がれる牛乳が、生温かく、妙な臭みがあって、どうしても飲めなかった。だから、毎回こっそり、トイレに捨てにいったのだが、一度先生にバレて、とんでもなく怒られた。それから一切、牛乳は飲めなくなった。

 牛乳はまだ克服できていないが、最近になって、食べられたものもある。

 スッポンだ。

 こちらは食わず嫌いをしていたのだが、機会があって、いただくと、思っていたより食べやすく、すんなり克服できたのだ。

 ただ、私はクサガメを二匹飼っていて、彼、彼女たちの顔が浮かび、その眷属を食べるのは、申し訳ないような、いたたまれないような気持ちになった。

 それにしても、ごくたまにレストランでいただく、手の込んだお料理は、目にしたときは美しく、食べているときは美味しいのだが、すぐに記憶から消えてしまうのはなぜだろう。

 私には結局のところ、母の作った家庭料理が一番美味しくて、記憶にも舌にも残っている。

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