第24話

 ヘリコプターの中、ラジオがニュースを流している。

「昨夜起きました、御神乱による首相官邸および国会議事堂の破壊事件についてのニュースです。今回の事件により、日本国総理大臣矢島泰三をはじめとする衆参両院の国会議員に、多くの死傷者が出ている模様です。現在、病気療養中だった元の民自党の副総裁が首相職を臨時代行するとの声明が出されました。暫定的な臨時政府は、現在、民自党内に置かれており、今後は、そこから国民の皆様への指示が出される模様となっております」

「また、東京都全域と東京都に隣接する五〇キロ圏内に避難指示が出されました。東京都および東京都に隣接する五〇キロ圏内にお住みの皆さんは、速やかに避難指示に従って下さい。なるべく、東京から遠く、遠くの方へ避難をして下さい」

「今、入って来たニュースです。今後の政府関連の行事、国事行為、皇室行事、外交行事の全てはキャンセルするとの発表が入ってまいりました。また、天皇家および皇室の方々は、既に那須の御用邸に避難されている模様です」

「大変なことになりましたね、真理亜さん。今、飯島さんどうしてるんですかね。好きだったんでしょう」

「好きだったなんて、縁起でもない事言わないでよ。好きなのよ。今現在も。それに、生きていさえすれば、またいつか、必ずどこかで会えるわ」

 それを聞いた後藤は、少しほくそ笑んだ。

 ラジオは、さらに情報を流している。

「ここのところ急落を続けておりました円と株についてです。本日より東京証券取引所の取引は、全て停止されます。今のところ、再開のめどは立っておりません」

「あっ、あそこ。笑子が見えるわ」真理亜が指さした前方には、粉塵を巻き上げながら南へと歩いている笑子がいた。そして、その頭上には、各社報道機関のヘリコプターがブンブンと待っていた。


 首相官邸と国会議事堂が崩壊し、多くの国会議員が亡くなった夜が明けた。日本は、ほぼ無政府状態になっていた。

 東京は再び大混乱に陥った。大勢の人々が東京を離れるため、その日の朝は、山手線の外でも混乱が生じた。今回、混乱の範囲は立川、町田、横浜、大宮あたりまで拡大し、新幹線はもちろんのこと、JR、私鉄、地下鉄はいずれも大きな荷物を抱えた老若男女で満員状態になっており、朝から駅への入場制限が敷かれていた。バスもなかなか来なかった。バス停にはどこも長蛇の列ができていたし、幹線道路と高速道路は車で動かなくなっていた。幹線道路と高速は入場禁止であるはずだったが、ほぼ無政府状態になりつつある東京では、皆それを無視して立ち入っていたのである。

「何立ってんだ! 入れろー!」「早く出せー!」「全くもう! 遅いのよ!」

 なかなかスムーズに動かない交通機関にいらだった群衆は、どこででも罵声と怒号を上げていた。東京の機能は失われつつあった。

 それとともに、都民の良心もまた失われはじめていた。巨大化した笑子による東京東部への破壊が始まり、あちこちで火の手が上がり始めた。まだ非難しきれていない、これから避難しようとしていた人々、インフラ関係にたずさわっている人々が、まだ都心部に残っていたのだが、これらの人々が逃げ惑っていた。その光景を目の当たりにすることによって、人々はさらにパニックに陥っていった。各地で残留者による暴動がおこり、人のいなくなったコンビニや商店が襲撃されたり、放火されたりしていた。あちこちで起き始めた都内の火災は、御神乱によるものだけではなかったのである。そして、これらの光景を見下すかのように、多くの報道各社のヘリコプターが東京の上空を舞っていた。それは、あたかも腐りかけていく食べ物にたかるハエの様だった。

 笑子は上野に現れた。アメ横や上野の駅舎内にいた人々は大混乱になり、多くの人々が上野の山にかけ登った。南方へ移動する笑子の頭は、鶯谷の駅や上野の山から目撃できた。

 巨大化した笑子は、上方にヘリコプターの群れを引き連れながら、御徒町から神田の山手線沿線を破壊していた。笑子が通過した後には、多くの建造物が破壊され、粉塵と火の手が上がり始めた。その火の手は、次第に延焼していきながら、秋葉原、上野、御徒町、神田、そして東側の浅草橋方面へと広がっていった。お昼過ぎ、寛永寺およびその周辺の森にも火の手が上がった。上野の山に逃げ延びていた人々を炎が襲っていた。黒々とした巨大な煙が東京東部の広い空の範囲を覆っていったが、通常の消防隊レベルでは、この巨大な火災を止めることなどできなかった。そもそも、避難命令は消防署にも及んでおり、住民は、とにかく東京を離れることで精いっぱいだったのだ。そしてこれは、その日の午前から昼過ぎまでの出来事だった。

「笑子、もうやりたい放題ね」真理亜が、そうつぶやいた。

「怒りのやり場がなくなったんじゃ。かわいそうじゃが、死ぬまでこの状態は続く」須磨子が言った。

 その後、昼下がりになると、笑子は南下して、東京駅周辺に出て来た。東京駅のホームを破壊する笑子。そこで、笑子は、足を踏み外した。東京駅の巨大な地下街が笑子の体重に耐えきれなくなって陥没したのだ。身体をねじって体を地上へ出そうとする笑子。もがき苦しんで暴れた結果、東京駅は灰塵と化してしまった。跡には、大きな穴が出現した。

「このあたり、人の姿は、もうほとんどいないみたいね」東京駅の跡地を覗き込みながら真理亜が言った。

 笑子は、東京駅を灰燼にした後、昼下がりには室町、人形町、兜町方面へ向かい、そこを破壊した。火災は、その方面にも拡がり、一面が火の海となっていった。

そして、夕方頃、笑子は再び有楽町へやって来た。マリオン界隈が破壊され、延焼は銀座方面に及んで来た。

 東京の東部は、ほぼ炎と黒煙で覆われており、それを西からの夕陽が照らし始めていた。相変わらず、上空には複数のヘリコプターが待っており、それらも夕陽に照らされてきらりきらりと光り始めていた。。もちろん、そこには東西新聞社のヘリコプターのあり、真理亜たちは、笑子の行動を見守っていたのだ。


「臨時政府は、御神乱への攻撃を自衛隊に正式に要請した模様です」そう、ヘリコプター内のラジオから流れてきた。

「大変! 何とかしなきゃ」真理亜が言った。その直後、夕暮れ迫る北方の空に報道陣とは明らかに異なる、隊列を整えて飛行する三機のヘリコプターが現れた。

「あの自衛隊のヘリの前にまわり込んで、笑子への攻撃を少しでも妨害するのよ」

北方から登場した自衛隊のヘリは、市ヶ谷駐屯地からやって来たものを思われた。

「平河町上空と大手町のラインよ。そこに向かって」真理亜がパイロットに支持する。

「了解」

「自衛隊のヘリと笑子の間に入り込んで。自衛隊の攻撃を妨害するのよ」

自衛隊のヘリ部隊の前にまわり込む東西新聞社のヘリコプター。

「そう。蛇行して」真理亜が指示を出す。

 自体隊のヘリ部隊の前で蛇行しながら飛行する真理亜たち。すると、自衛隊が拡声器で警告してきた。

「そこの報道のヘリ、どきなさい! 進路を妨害するな!」

 それを無視して蛇行飛行を繰り返す真理亜たち。真理亜たちが飛行しているヘリコプターの前方に笑子が歩いている。そして、それを後方から狙っている自衛隊の部隊の前に真理亜たちのヘリコプターが蛇行飛行して邪魔しているという構図だ。

 ヘリコプターの中、自衛官が話し合っている。

「どうします?」

「とにかく、本部へ打電しろ」

 しばらくすると、本部からの指示が返ってきた。

「本部より指令。警告を無視するならば、攻撃もやむなしとのことです」

「しょうがないか。威嚇攻撃するぞ」

「了解」

「自衛隊から、前方を飛行中の報道ヘリへ。こちらの警告を無視し続けるならば、威嚇発砲を行います。繰り返す。こちらの警告を無視し続けるならば、威嚇発砲を行います」

「やばいっすよ。真理亜さん」後藤が不安そうに言った。

「……」真理亜は黙っていた。

 すると、自衛隊のヘリコプターからの機銃掃射が開始された。

「ああああー! やばい、やばい、やばい!」うろたえる後藤。真理亜は黙ったままだ。

 蛇行するヘリに対して機銃掃射がくりかえされた。

 すると、前方からも別の方面隊の自衛隊のヘリがやって来た。はさみうちだ。

「しょうがないわね。お台場あたりにでも非難して。とりあえず、着陸して見守りましょ」真理亜があきらめた声で言った。

 真理亜たちを乗せた東西新聞社のヘリコプターは、お台場に行き、そこにある程度広い場所を見つけて着陸した。


 後藤から聞いた情報をもとに、山根が芹澤に会いにやって来た。芹澤家の玄関前に立つ山根。

「芹澤って書いてある。ここだ」「ごめんください。こんにちはー」すると、玄関が開いた。中から博士の奥さんらしき人が現れた。

「こんにちは。突然すみません。私、大戸島の調査にきております細菌学者の山根豪と申します。こちら、芹澤明彦博士のご自宅ですよね? 私、先生の後輩にあたる者でして……」

「はあ……。少々お待ちください」「あなたー、山根さんて方がお見えになってるんですけど……」そう言うと、一度引っ込んで、奥にいる芹澤の意見を伺いに行った。

すると、奥の方で「中にお通しして」という声が聞こえた。そうして、奥さんはすぐに玄関に戻ってくると、

「あ、中の方にどうぞ」そう言って、山根を中に促した。

奥の研究室らしきところに通されると、そこに芹澤は椅子に座っていた。

「先輩、お久しぶりです。山根です」

「久しぶりだな、山根」

「先輩、どうしてこの島に? 一体いつから? それにその右目、どうされたんです?」沸いてくる疑問を抑えられず、矢継ぎ早に質問を浴びせる山根。

しかし、芹澤はその山根の質問には答えず、こう言った。

「山根。今すぐ瓢箪湖のウイルスの研究から身を引け。とても危険だ」

「え、どうしてです?」

「理由は言えない。というよりも、知らない方が良い。悪いことは言わん。今すぐにでもあの研究は中止するんだ」

「いえ、納得できませんよ。そんなこと急に言われても」

「……まあ、そうだろうな」芹澤は、ため息交じりにそう言った。


「すみませんね。昔はあんなじゃなかったんですけどね」帰りしな、見送りに玄関口に出てきた芹澤の奥さんがそう言った。

「あ、いえ。では、失礼します。」一言そう言うと、山根は肩を落として芹澤宅をあとにした。

 ところが、芹澤宅を出て、しばらく歩いていると、後ろから誰かが追いかけてくる。振り向くと、小走りに芹澤の娘、希望が駆け寄って来ていた。

「どうしたの? 希望ちゃん……だったよね?」

 そう山根が言うと、希望は持っていたスティック型のUSBを差し出した。

「何これ?」山根は希望に聞いた。

「お父さんのメモ。私が写真に撮ったの。見てみて」そう、ぶっきらぼうに言う希望。

「これを僕にどうして欲しいんだい?」山根はそう聞いたが、希望は

「お父さんには内緒にして」

 彼女は、ただそれだけ言って、そそくさと元来た道を帰って行った。

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