第23話
大戸島の夜。既に多くの島民が修二に食われてしまっていた。そして、他の島民の一部も急激に巨大化しており、大戸島もまた阿鼻叫喚の地獄絵図になろうとしていた。
そこへ、星空の中から、赤い光を点滅させながら自衛隊の戦闘ヘリ三機がやってきた。
しかし、その自衛隊もまた、大戸島上空で消息を絶ってしまった。
首相官邸を血の海にした笑子は、近くにある国会議事堂へ向かった。大河原夫妻を食った彼女は、また一回り大きくなったようだった。既に十メートルを超えていただろう。笑子の怒りはおさまらなかったのだ。
国会では、自衛隊の御神乱に対する攻撃が問題になっていた。
「こともあろうか、自衛隊を使って国民を殺そうなどとは、言語道断です!」
「しかし、実際には、自衛隊も食われているわけですし、防衛省の職員にも多くの犠牲者が出ているのですよ。こんな危険な状態になって、あなた、あの怪物を放っておけるわけがないじゃありませんか!」
「あなたは国民を殺そうとしたんですよ」
「いえ、国民の命を守るのが私の仕事です」
不毛な議論が続いていた。
そのさなか、首相に官邸が御神乱に襲撃されたとの連絡が入った。
「皆さん。一大事です。先ほど首相官邸が御神乱に襲撃されたもようです。官邸は血の海になっているとのことです。また、その後、巨大化しつつある御神乱はこの国会議事堂に向かっているとの情報が……」
矢島がそう言った時だった。国会の玄関がドガーンという地響きをたてて崩壊する音が聞こえてきた。
扉を破壊し、石畳の廊下を血に濡らしながら、ついに衆議院本会議場に姿を現した笑子。議員を取っては喰い始める。
「キャー!」「ワーッ!」逃げ惑う国会議員たち。「逃げろー!」「早く逃げろー!」
しかし、笑子のここでのターゲットは、他でもない、父親である矢島泰三その人だったのだ。矢島を追い詰める笑子。
「……わ、分かった……、分かったから……、お願いだから食わないでくれ」笑子を見上げて懇願する矢島。
「……そうだ。お前は、私のかわいい娘じゃないか。何でもやる。何でもやるから。……そうだ。跡取りにしてやる。総理大臣にでも何でもしてやるから……」
さらに矢島に迫っていく笑子。
「実の父親を食うなどというけしからんことはせんだろう? そんな親不孝なことはしてはならん。……な、そうだろ? ……な? ……な?」
次の瞬間、笑子は大きな口を空けて、父親でもある矢島首相に食らいついた。ひと飲みだった。
その後、笑子は議事堂内を荒らしまわり、そこもまた血の海となった。
議事堂内にいた議員が襲撃された後、笑子はしばらくそこで静止していた。その後、さらに巨大化した。議事堂の窓からピンク色の光が放たれ、議事堂が中から崩壊していく。そして、その崩壊する議事堂の中から巨大化した御神乱が現れた。御神乱の身体は、いうに四〇メートルはあったろう。彼女の目からは、血の涙があふれ出していた。夜半のことだった。
首相官邸の事件の後、官邸から出てきた真太は、笑子の後を追って行き、国会議事堂のそばにいた。そして、そのまま議事堂の崩壊と巨大化した御神乱を目の当たりにした。真太は真理亜に電話した。
「真理亜、すぐに東京から離れろ。大変なことになった!」
「一体どうしたっていうのよ!」
「俺、俺、官邸の中で大河原さんと奥さんが笑子さんに食われるのを見たんだ!」
「ええーっ!」
「そして、そしてその後、笑子さんは国会に行って、国会議事堂を壊して、巨、巨大化した!」
「……」真理亜は言葉を失った。
「多分だけど、議員の連中は首相も含めて全員食われている。日本の政治機能は失われたんだ! 日本は無政府状態になるぞ。俺はとにかく東京を離れるから、真理亜たちも急いで逃げるんだ。いいな。生きろ。生きろよ」
「ちょ、ちょっと……」
電話は一方的に切れた。再度、真理亜は電話をかけ直そうとしたが、すぐに電話はつながりにくくなった。と同時に、メールもラインも不通になっていった。
国会の上空を自衛隊と報道機関のヘリコプターが舞い始めた。そして、しばらくすると。テレビで臨時ニュースが流れ出した。
「ただいま入りましたニュースです。首相官邸を襲った御神乱は、その後国会議事堂を破壊。巨大化した模様です。もう一度申し上げます。首相官邸を襲った御神乱は、その後国会議事堂を破壊。巨大化した模様。尚、今のところ、矢島首相の他、議員の方々の安否につきましては情報が得られておりません。巨大化した御神乱は四〇メートルを超えるほどになっていると思われ、その後、四ツ谷、市ヶ谷方面に向かっているとの情報が寄せられています。都民の皆さん、落ち着いて避難して下さい」
真太は、南へ南へと走っていた。そして、ある友人に電話をしていた。
「夜分遅くに悪いな。飯島だ。……ああ、そうだ。君ももう知ってると思うけど。……そうだ、何とかならないか? ……うん、分かった。じゃあそこでな。三時には門の前に付けると思う。そうなんだ。もうまもなくこの電話回線もダメになると思うしな。じゃあ、よろしく」
四ツ谷、市ヶ谷を破壊しながら歩いていく笑子。その後、笑子は東進し、御茶ノ水、飯田橋方面へ向かった。その様子を各社の報道ヘリが追いかけていて、その様子がテレビやネットで流れている。
その頃、神保町の東西新聞社に向かっている一台のワゴンがあった。車の中にはサングラスをかけた屈強な男たち四人が乗り込んでいた。
東西新聞社の社内、テレビを見ていた真理亜は須磨子に聞いた。
「笑子は、憎しみの対象である大河原さんと矢島首相を食べた。もう、恨みは晴れたんじゃないの?」
すると、須磨子はこう答えた。
「いいや、御神乱になった人間は、たとえ恨みの対象を食ってしまったところで、暴走した恨みがはれるはずはないんじゃ。もはや、謝ってくれる人間もいないんじゃからな」
「じゃあ、これから笑子はどうなるの?」
「誰かが殺してでもくれん限りは、あのようにして、ずっと地獄の渕をさまよい続けるだけじゃ」
「ああ……、そんな!」涙がにじんでくる真理亜だった。
笑子は、中央線沿いに御茶ノ水を歩いていた。背中から放たれるピンク色の光が、電飾の消えたお茶のミス界隈の街を照らしていた。
「ちょっとトイレに行ってくる。」そう言うと、須磨子は席を立ち、洗面所のある廊下へと部屋を出て行った。
その少しあとのことだった。編集部のドアを開けてサングラスをかけた四人の男たちが押し入って来た。よく見ると、それぞれ銃を手にしている。編集室にいた人間たちは、いっせいにあとずさった。
「何ですか! あなたたちは」真理亜が叫んだ。
「三島須磨子はどいつだ?」男の一人がそう言った。
「須磨子さんなら、ここにはいません」
その声を無視した男たちは、部屋の中を探し回った。
「真理亜さん、須磨子さんが狙われている。危ないっすよ。救いに行きましょう」後藤がささやいた。
「そうね」
真理亜と後藤、ヘリの操縦士の三人は、男たちが編集室を荒らしまわっている最中に、ドアから廊下に抜け出して廊下の突き当りにある女性トイレに向かった。ちょうど須磨子が出てきたところだった。
「須磨子さん、あなた、誰かに殺されようとしている。逃げますよ」後藤がそう須磨子に言った。
四人は、トイレから出て階段に差しかかろうというところで、編集室から出てきた男の一人に見つかった。
「あっ、お前ら。おい、いたぞ!」
残りの男たちが部屋から出てきた。真理亜たちは、須磨子を連れていそいで会談をかけ登る。
しかし、屋上に出たところで男たちに追いつかれた。屋上でもみ合いになったが、どんなに抵抗しても、鍛え抜かれた男たちにかなうはずもなかった。結局、須磨子は男たちにもぎとられてしまった。
と、そのとき、巨大な手が男たちをつかんだ。
「うわーー!」と男が悲鳴をあげる。
笑子が現れたのだ。笑子は、神保町の大通りまで来ていたのだ。屋上から笑子の頭を見上げる真理亜たち。
「笑子……」須磨子と真理亜が言った。
笑子は、そのまま四人の男たちをつかむと口に放り入れてしまった。そして、ギロリと須磨子たちに目をやると、そのまま、再び神田方面へ向かっていった。
「笑子が須磨子さんを救ってくれた……」後藤が言った。
「笑子には、まだ人の心が残っているのよ! きっと、そうなのよ」そう、真理亜が言った。「行きましょう」
「えっ、どこへ?」
「ヘリで笑子の後を追うのよ。さっ、須磨子さんも乗って」
四人を乗せたヘリコプターは、笑子を追って明け方近い空へと舞い上がっていった。
深夜三時。真太は厚木基地の門の前にいた。すると、中から歳の頃も真太と同じくらいの日系人らしい軍人があらわれた。
「よっ、飯島、元気にしてたか?」
「村田! 久しぶりー。恩に着るよー」
そう言うと、村田というそのアメリカ兵は、真太を厚木基地の中へ招き入れた。真太は米軍基地に潜り込むことに成功したのだった。
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