第19話
大戸島では、修二の背中が青白く光りはじめていた。彼は片手に鎌を持っており、村長の執務室に乗り込んでいた。
「……言え。……言え。俺のおやじを殺した人間を」村長に詰め寄る修二。
「……それは、言えん」恐怖の表情の村長。腰砕けの状態で部屋の片隅へ逃げた。
「言えーー!」激甚御叫びとともに修二は、手に持っていた鎌を村長の左脚に振り降ろした。
「ギャーー!」叫ぶ村長。「言う。言うから。頼むから殺さないでくれ」
振り上げた鎌を下ろした修二。
「お前の父親をやったのはな……」村長が話し始めた。
翌日の夜のテレビ、首相が緊急記者会見を開いている。
「東京都二十三区内に非常事態宣言を発令いたします。明日以降、二十三区内にお住いの方は、なるべく外出を避けてください。また、御神乱が潜んでいると思われる神田川、善福寺川、石神井川周辺住民、それから中央線沿線の住民に対しては、都外への避難勧告を行いますので、該当地域のお住まいの方々は、明日の深夜一二時までに、東京から離れて非難して下さい」首相は続けて説明した。「尚、今後の御神乱対策ですが、これは自衛隊が受け持つことになります」
「あの、御神乱は自衛隊が抹殺処分すると言うことでしょうか? 御神乱は、大戸島の三島笑子さんであるという説がありますが。そうなると、国民を守るべき自衛隊が国民を殺すということになるのではないのでしょうか?」一人のジャーナリストが喰いついた。
「御神乱が三島笑子という証拠があるわけではありません。政府の見解としては、御神乱が人であるということを認めてはおりません。とりわけ、甚大な被害が出ているわけでありますので、一刻も早くこれを収束することが、首相としての私の役目であると考えます」
「甚大な被害が出てないって……。既に銀座や秋葉原でたくさんの犠牲者が出ているじゃありませんか?」
「いや、甚大であるという表現は、極めて主観的なものですので、政府としては、甚大ではないと申し上げた」
「そういうことを言っているのではない!」「論点をすり替えるな!」ジャーナリストたちが騒ぎ始めた。
「矢島泰三、こいつもクソだわね!」東西新聞社でテレビを見ていた真理亜が吐き捨てるようにつぶやいた。
真太は、大河原の自宅のある白金の家をつきとめてやって来ていた。
しかし、灯りは灯っておらず、人っ子一人いない雰囲気だった。
「なんだ、もう非難しちゃったのかな? でも、ここは該当区域ではないはずだけど……」
翌朝、都内に緊急事態宣言が出されても、さほど大きな変化は起きなかった。
都民は、いつものように朝から出勤・登校をし、駅はいつものように人であふれかえり、いつものように遅延証明書が舞っていた。
修二は、父をなぶりころした島民を探してまわっていた。彼の背中は、青白く点滅しており、それは次第に激しさを増していっていた。
ある家の玄関前、鉈に持ち替えた修二。玄関を叩き壊して家に上がり込んでいく。
「俺のおやじを殺したのはお前か!」修二が叫ぶ。
男は既に中年を過ぎていた。
「うわーー! 何だお前は……」
「俺のおやじを殺したのはお前か!」自らの発した声に益々興奮し、激甚していく修二。
「お前のおやじはなあ、昔、島の娘と不倫の関係になり、島を抜け出そうとしたんだ。駆け落ちを計ったんだよ。不倫していた相手の女は、からくもこの島から脱出できたが、おやじは逃亡を察知した島民の通報で捕えられたんだ。そのとき、お前のおやじは既に御神乱化してたんだ。だから、俺たちがおかくれをほどこした。これは、村のオキテだ」
「違う! 殺したんだ! 殺したんだ! 殺したんだ!」鉈を振り下ろしながら、修二が男を追い詰める。
そのとき、既に血まみれになった島民の口から驚くべき事実が語られた。
「そうだ、殺したさあ。だけどなあ、お前のおやじの駆け落ちを妨害したり、殺害を指示したのは、他でもないおばばさまだぞ。あのばあさんが全部指示してきたんだぞ」
「……」黙っている修二。
ややあって、修二は意を決したように鉈を男に振り下ろした。
「ぎゃーーー!」
断末魔の叫びが、周囲に轟いた。
夕刻の東西新聞社。
「私たちは、これからは、ほぼここに寝泊まりね」真理亜が後藤たち後輩に言っていた。
すると、そこに真太がやって来た。
「こんちわー、飯島です」
「あら、そっちからやって来るなんて珍しいわね」真理亜が応える。「緊急事態宣言よ、帰らなくていいの?」
「どっちみち、今は道路も電車も大渋滞さ」
「まあ、そりゃそうね」
「ちょっと、報告までにと思ってさ」
「ああ、大河原弘んちね、どうだった?」
「人っ子一人いやしない。既にどっかに避難してる感じだったよ」
「そうなの。既に矢島総理が手を打って、どこかにかくまってるってことも考えられるわね」
「あと、もう一つ報告が……」
「えっ、なに?」
「いやー、それがさあ……、俺、先日総理に呼び出されちゃって」
「総理に?」
「そう。それで、何を聞かれたかって言うと、大河原さんと笑子さんの大戸島での関係」
「ふーん、やっぱり気にしてるってことね」
「それと、笑子さんのお母さんと須磨子さんの関係も聞かれたけど、そこは知らないって答えたよ」
「何ですって! それ、どういうこと?」
「そんなこと、俺にも分からないけどさ。総理は、どうしてそんなことが気になるんだろ? そもそも、何で総理は、はじめからこうも大戸島にこだわってたんだろ?」
このやりとりを聞いていた須磨子が口を開いた。
「かれこれ三十年近く前のことになるが、建設省の官僚が大戸島にやって来たんじゃ。男の名前は矢島泰三という」
「何ですって!」真理亜と真太が同時に声をあげた。
須磨子は、話を続ける。
「矢島が大戸島にやって来た目的は、島のリゾート開発じゃ。奴は、大手観光開発グループやら大手のゼネコンと関係があったらしく、観光がてら島にやって来たみたいじゃった。そのとき、彼は島の娘に手を出したんじゃ。私の一人娘の沙紀じゃ」
絶句する一同。
「私は、島の観光開発には強く反対した。島が荒らされることも好ましいことではないし、何よりも御神乱様が外へ出て行かれることを防ぐためじゃった。それで、その開発の話は流れてしまう。しかし、矢島は東京へ帰っていった。しかし、沙紀は矢島の子供を身ごもっていたんじゃ。……それが、笑子じゃ」
「何てこと! じゃあ、笑子の父親は、矢島総理!」
それを聞いた真理亜の眼から、涙が頬を伝っている。
「そうじゃ。沙紀は、そのことで、矢島にひどく怒りを持っていた。……それで、……それで、沙紀の背中が光だした。私は、それで仕方なく一人娘の沙紀を……、沙紀を、沙紀を……」須磨子の眼からも涙があふれ出してきた。
「もしかして……、おかくれに……、した? ……とか」真太が聞いた。
うなずく須磨子。
「じゃから、笑子と大河原の奥さんの美佐子さんは、腹違いの姉妹と言うことになる」
「腹違いの……」真理亜は、腹違いという言葉に反応して、そうつぶやいたが、そうつぶやいた真理亜を、須磨子は意味深にじっと見つめた。
「矢島が大戸島を憎んでいるのは、昔自分の開発計画をつぶされたからじゃ。だから、その報復として核廃棄施設を大戸島に作ろうとした。しかし、矢島を怒らせたその張本人は、他でもない、この私なんじゃ」
「笑子さんは、そのことを知っているの?」真理亜が須磨子に聞いた。
「いや、笑子には、母親は病気で死んだと言ってある。父親のことは、何一つ話していない。もちろん、母親がおかくれで殺されたことも……。もし、笑子が知ったら、彼女はもっと猛り狂うことになるじゃろう」
「大河原が大戸島にやって来た時、また、孫娘の笑子を沙紀の時と同じようにたぶらかしたとき、これは因果だと思うた。繰り返される、そして、変えることのできない因果応報だと……」
「あのう、今聞かせてもらった話しですけど、全部記事として書いちゃっても良いですか?」横でずっと聞いていた後藤が須磨子にずばっと聞いた。
「後藤君! 失礼よ」真理亜が後藤をいさめる。
「いや、かまわんよ」そう、須磨子は言った。
「え、いいんですか?」真理亜が言う。
「私だって矢島や大河原に恨みがあるんじゃ。復讐じゃよ」
大戸島では、島民たちが、ほとんど御神乱化している修二に食われようとしていた。背中が青白く光っている修二。青年団が寄ってたかってなぶり殺そうとするが、既に三メートルほどになっていて歯が立たない。何人も頭から食われ出した。修二の胸元は血みどろになっている。
それによって、益々身体が大きくなっていく修二。彼は巨大な御神乱となり、島の北側へと進んでいく修二。笑子の住んでいた北の海岸を目指していたのだ。
須磨子のスマホが鳴った。村長からだった。村長の声はぜいぜい言っている。
「……おばばさま。もう手が付けられません。修二に殺されかけました。修二の背中が青く光りはじめています。おそらくは、もう何人か殺されているでしょう」
「……そうか……」須磨子は、全てを悟ったようにうっすらと目に涙を浮かべた。「もうよい、もう放っておけ」
「えっ、でも……。既に島民の何人かは光り始めているんです。島民へのひどい仕打ちに対する政府への怒りからです」
「……」
「何か言って下さい。おばばさま、おばばさま」
「……もう、全部手遅れなんじゃ」須磨子は、全てをあきらめたように静かにそう言うと、最後に村長に対してこう言った「村長、御神体だけは……、御神体だけは絶対に守れ。あれだけは大戸島から外に出すな。あれを島から出したら世界中がえらいことになるからな」
「分かりました。それだけはもう絶対に……、私自身の身に代えてもお守りいたしますので」
須磨子はスマホを切った。
「村長さんからですか?」真理亜が尋ねた。
「ああ、島も偉いことになっておる。しかし、こうなっては、もはやどうすることもできんのじゃ」
「そんな……」
「じき、修二も来るな」須磨子がそうつぶやいた。
「えっ?」
その頃、既に巨大な御神乱となった修二は、既に海へ入っていて、太平洋を一路、笑子の暴れている東京へと泳いでいた。
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