第17話
翌日の朝、東西テレビでは、銀座に現れた怪物のニュースが流された。そしてその後、ついに三島須磨子がテレビに登場した。須磨子からこれまでのいきさつが語られる。
「さて次に、今回の銀座の事件につきまして、私ども東西新聞社では、大戸島のオオトカゲの一件と無関係ではないと考えております。そこで、今回、大戸島から、島の長老的な存在であります三島須磨子さんにおいでいただき、島の御神乱様と今回の関係について説明していただきたいと思います。では、三島須磨子さん、どうぞ」
「大戸島からやってまいりました、三島須磨子と申します」
「み・し・ま・す・ま・こ。どこかで聞いたような……」官邸でこの番組を見ていた矢島がつぶやいた。
矢島は、その名前がどこかで聞いたことのある名前だと思った。そして、頭の中で過去をたどっていった。すると、何かを思い出したらしく、驚愕の表情を浮かべた。
「あの……、あの女か?」
テレビの中、須磨子の説明がはじまった。
「みなさんが怪物とかオオトカゲとか言っているのは、あれは人間です。私の実の孫娘の三島笑子です」
「孫娘? ということは、あれは三島沙紀の娘? ……ということは!」
同じ頃、大河原の家でも弘が愕然としていた。
「三島笑子! まさか笑子が……」
テレビでは、須磨子の説明が続いていた。
「大戸島で研究されておられる緒方さん、山根さん方のおっしゃる通り、大戸島に住む私たちには、ある病気がございます」
「それは御神乱ウイルスのことですね?」
「そうです。これは、恨みを伴うような大きな怒りを覚えると、背中が光だし、それとともに身体がオオトカゲのように変わっていくというものです。このように変わってしまった島民を、私たち島民は、古くから御神乱様とお呼びしております。ですので、私たち大戸島の島民は、なるべく怒らぬよう、他人に対して恨みを抱かぬよう、常に笑って暮らすよう心掛けておりました」
「奴らがいつも不気味に笑っていたのは、これが理由だったのか!」弘がつぶやいた。
「私は、笑子を自宅の納屋に閉じ込めておりましたが、日曜日の朝、笑子は納屋を壊して太平洋の海に入って行きました」
「須磨子さん、笑子さんが海に入って行った理由は何なんでしょうか? そもそも、島の多くの人が御神乱ウイルスに罹患している状態で、ではなぜ、彼女だけが御神乱化されたのでしょうか?」そう、キャスターが須磨子に質問した。
「それは、笑子が激しい恨み、憎しみを持っていたからです」そう、須磨子は答えた。
「その憎しみの対象とは、一体何だったのでしょうか? 彼女が東京に現れたのは、東京に何らかの憎しみの対象がいるからなのですか?」との質問が浴びせられる。
「笑子は、ある人物にひどく恨みを持つようになりました。その日から彼女の背中は光り始めたんです」そう、須磨子は言った。
「その人物とは、誰かお分かりなんですか?」
「それは、核廃棄物の施設を作りに来ていた責任者の大河原弘です。彼が孫娘の笑子をたぶらかしおりました」須磨子は、必死に怒りを抑えているように言った。
「大河原弘と言えば、例の大戸島の核廃棄物プロジェクトの責任者として、今、話題の人物ですよね?」
「そうです。その大河原氏です」
「その人が、大戸島にいる期間中に、あなたの孫娘をたぶらかしたとおっしゃるのですね?」
「そうです。笑子は、ゆくゆくは大河原氏と結婚し、島で一生幸せに過ごすものと思っておりました。彼に、そう吹き込まれていたからです」
「……それで、あの……、御神乱様になった人間は、今後どうなるんでしょうか?」
「怒りの対象である人間を食い殺すまで、それを妨げる人間さえも食いながら探し出すでしょう。しかし、それでも、御神乱様の怒りが癒えることはありません」
ここで、山根からの中継が入った。
「あっ、ここで、大戸島で研究しておられます山根博士からの中継が繋がっているみたいです」「山根博士、緒方博士、そちらで何か変化がありましたでしょうか?」
「はい、こちら、大戸島の研究室で研究を続けております山根と緒方です。こちらでは、昨日からの銀座での報道を見た島民たちの中に、既に背中が光り始めている人たちが出ております。島民たちの怒りは、ここ大戸島の島民をないがしろにした日本国政府に向けられているものと思われているのでます」
「さて、先日の放送でも説明しました通り、御神乱ウイルスのキャリアである大戸島の島民は、既にその多くが被爆しており、巨大化の可能性があります。ですので、今後、東京に現れた三島笑子さん以外にも、巨大化した御神乱が東京を襲うことが充分に考えられます」
そう説明する山根と緒方の鼻からは、つーっと鼻血が流れていた。大戸島に放射能漏れの被害が無いと言う政府の発表に偽りがあったことが分かった。
この番組に、日本中が震撼した。また、この報道をさかいに、大戸島のオオトカゲのことは「御神乱」と呼ばれるようになっていった。
弘の家、これをテレビで見ていた彼に不安がよぎる。
「あんなひどい島に行かされてて、あなた大丈夫だったの?」テレビを見ていた美佐子が弘に言った。
「ああ……」心ここにあらずといった感じで答える弘。
「ねえ弘さん、この三島笑子さんて、あなた、この前は知ってるって言ってたわよね?」問い詰める美佐子。
「いやー、あれは勘違いしてたみたいなんだ。何かの間違いだろ」しかし、浩の心中は穏やかではなかった。
「このおばあさん、大河原弘って男にたぶらかされたって言ってるけど」
「きっと人違いだよ!」弘は、少し声を荒げようとした。
「弘さん……、一体あの島で何があったのよ! ねえ、お願いだから、ちゃんと話して!」今度は、美佐子が声を荒げてきた。
「本当に、何も無いんだよ」弘が突っぱねた。
美佐子は、涙ぐんでいた。
内閣府の広報室、仕事中の真太が上司に呼び出された。
「飯島君、ちょっと」
「はぁ、何でしょう?」
「すぐ官邸に来るようにと、首相から直々の御指名だ」
「俺、何かやらかしたかなぁ」そうつぶやく真太。
真太は、総理官邸に急行した。
「おはようございます。飯島報道官入ります」
首相のいる部屋に入る真太。
「とりあえずは、まずは申し訳ございません。あのー、私、何をやらかしましたんでしょうか? 政府の報道官として、島の人に伝えることはちゃんと伝えましたし、司会もうまくやりましたし、島の情報もちゃんと報告したつもりですし……。あっ、もちろん、その後も無断で大戸島に上陸なんてことはしてませんし」矢継ぎ早にしゃべりまくる真太。
「そんなことは当たり前だ! 君は何を言っておるんだ? 君はちゃんとやってくれてるよ。今回君を呼んだのは、そんなことじゃない」
「では、何を?」
「大河原君のことだ」
「あー、そう言うことか」と、真太は心の中でつぶやいた。
「大河原君は、大戸島で三島笑子とかいう娘と……、その……、何かなかったかね? 何か知っていることがあったら聞きたいのだがね」
「実を言いますと……、私、見たんでございます」
「何を?」
「ある日の朝、三島笑子さんが大河原さんの船室から出てくるのを」
渋い顔になる矢島。そして、さらに真太は熱く語りだした。
「大河原さんは、島に来てすぐの頃から、足しげく笑子さんの勤めている観光課に通っては、島の観光案内をさせていました。それで、二人は仲良くなって……。あ、笑子さんを慕っている彼女の幼馴染みの蛭子修二君という青年が同じ観光課にいるんですが、もう私としては、笑子さんも修二君も、もうかわいそうでかわいそうで……」
「もういい! 状況は良く分かった」憤然やるかたないという顔の矢島だった。
矢島は、さらに付け加えてもう一つ真太に尋ねた。
「三島笑子と祖母の三島須磨子の関係は分かるが、三島笑子の母親については、何か聞いてはいないかね」
「はあ、笑子さんの母親は、彼女が小さい頃病気で亡くなったとしか聞いてません。そう言えば、父親については何も言ってなかったな……」
「そうか、ありがとう。ご苦労だったね」
「いえいえ、とんでもございません。お役に立てることがあれば、なんなりとー」
銀座から消えた御神乱は、一度東京湾に戻り、それから神田川へ入っていた。夜、神田川を上流に向かう御神乱。ピンクの点滅が川底を川上に向かって動いていた。
修二には気がかりなことがあった。それは父の死因についてだ。修二は、父は海難事故に遭って死んだのだと聞かされていたのだが、青井社で見た、オオトカゲの遺骨のそばに埋められていたあの指輪のことが気になっていたのだ。さらに、笑子を襲った暴漢たち。それは「おかくれ」という名の殺人であり、御神乱になりかけている者を、大事が起きる前に島の者で始末してしまうというものだった。もしも、父が海で死んだのではなく、何らかの理由で御神乱になりかけ、それを島の連中によっておかくれされたのだとしたら、あのオオトカゲは父の遺骨であり、そこに埋葬されていたのは、やはり父の結婚指輪だったと言うことになる。おそらく、真実を知っているのは、三島須磨子だろう。いや、母親もいきさつは知っているかもしれない。あのときの動揺がそれも物語っているではないか。
居てもたってもいられなくなった修二は、その真相を確認するため、再度、青井社の祠へ向かった。そして、その祠を掘り返してみた。はたして、例の指輪はそこにあった。彼はそれを拾い上げると、大事そうにくるんで持ち帰った。
帰途、島の住民にこの光景を目撃されていたみたいだったが、もはやそのようなことを気にする彼ではなくなっていた。彼にとって、今は真実の解明こそが最も優先されるべきことになっていたのだから。
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