第16話
上空を飛んでいた報道ヘリコプターが実況中継していた。
「現在、有楽町の上空です。築地に現れたオオトカゲは、銀座、有楽町方面の地下街で人々をかみ殺した後、現在は銀座のデパート内にいるものと思われます」「逃げおおせた人の証言によりますと、このオオトカゲは、何人もの人間を食い殺しており、辺りは、一面の血の海になっているとのことです」「あっ、今、オオトカゲらしい生き物が、このヘリコプターの真下にありますデパートの屋上に現れた模様です!」「あっ、今、屋上に逃げてきた男性が喰われました! 何という! 何ということでしょう! 人が……、人が喰われたー!」
「中島君、いくらなんでもオオトカゲはないんじゃないかなー」
東西新聞社では、デスクが真理亜に小言を言っていた。「せっかくの独占生放送だったのに、オオトカゲみたいな都市伝説的なネタを放り込んだことで、みんな引いちゃってるよー」
「でも、あれは本当のことなんです。あの写真に写っているのは、私が現地で友達になった三島笑子っていう娘で……。あ、証人も連れてきてます」
「ああ、あのばあさんだろ。何者だい、ありゃ一体」
「彼女は必ず役に立てるときが来ます」
「そりゃ、一体いつだって言うんだい?」
「多分……、もうすぐ」
「もういいから、それより、朝からニュースになってるこの事件、築地に複数の遺体の乗った船が流れ着いたってやつ。これ取材してきて」そう言うと、デスクは朝の漁船の写真を真理亜に見せた。
「これって!」デスクから写真を奪い取り絶句する真理亜。
すると、真理亜の後方からその写真を覗き見ていた須磨子が口を開いた。
「笑子じゃ! 御神乱様じゃ」
「ニュースです! ニュースです!」報道部の記者が、今入って来たニュースを室内いっぱいに響き渡るような大声で知らせる。
「今、入ったニュースです! 築地から銀座界隈が血の海になっています!」
「どういうことだ?」デスクが大声で問いかける。
「大きな爬虫類のような怪物が、買い物客を食い荒らしているそうです」
「何だって!」デスクが驚いた様子で叫ぶ。
「笑子だわ! すぐに銀座に急行します。デスク、行っています。」
「……お、おう……」
「さ、後藤君、行くわよ。須磨子さんはここにいて」
駆けつけた警察隊によって銀座は封鎖され、非常線が張られていた。上空には、マスコミのヘリコプターが飛び交っている。有楽町、新橋、銀座界隈は騒然となっていた。道路のあちこちが血の海になっており、あちこちで食い散らかされた遺体が見られた。
笑子は、マリオンの前にいた。笑子の身体は少しずつ大きくなっているようだった。機動隊が笑子のまわりを遠巻きに包囲していた。何人かの警官が笑子に発砲していたが、それらの銃弾は、全てはじき返された。鉄の鎧を身にまとったような笑子の身体にとって、それは痛くもかゆくもないようだった。笑子は、警官隊に向かって咆哮と威嚇を繰り返していた。
御神乱に対して発砲を繰り返す警察隊。そこへ真理亜がやってきた。
封鎖された規制ロープを無視してくぐり抜けた真理亜。制止しようとする警官を振り払い、笑子の前に駆け寄る。
「君、危ない! どきなさい!」警官が真理亜に叫ぶ。
「やめて、撃たないで! 人なの! 怪物じゃないの。人間なの。彼女は人なのよ!」笑子をかばうように警官に対峙する体制をとる真理亜。
「これは、怪物じゃない。れっきとした人間なんです」と必死で発砲を食い止めようとする真理亜。
警官隊が一瞬ひるむ。そのすきに、笑子は再び地下道へ入って行った。すぐに警察隊があとを追って入り、地下道を捜査したが、既にどこにも笑子の姿は無かった。
笑子の姿は消えた。数十分後、再び南の東京湾の方へと向かっているというオオトカゲの目撃証言が、複数寄せられた。
夕方のテレビニュースでは、今日あった銀座の事件が大きく取り上げられていた。
「本日の午後、銀座に現れたオオトカゲは、道行く人々、地下街、そしてデパートで多くの人々を次々と襲いました。未だ、被害状況はよくはつかめておりません」
「ところで、銀座に現れたオオトカゲと、同日の朝に築地に流れ着いた漁船にあった複数の遺体との関係は、今のところ分かっておりません」
「先日、大戸島で話題になったオオトカゲとの写真との関連はどうなんでしょうか?」アシスタントの女性がキャスターに問う。「画像を見る限り、どちらも背中あたりがピンク色に光っているようなのですが」
「それにつきましても、現在のところ、詳細は分かっておりません」
「こちらは、銀座マリオン前でオオトカゲと対峙していた警察隊との間に、非常線を無視して割って入っていった女性の映像です。この様子を遠くで撮影していた視聴者の方から提供していただいた画像です。この若い女性は、ジャーナリストであるとのことですが、このオオトカゲは人である、だから撃つなというようなことを叫んでいたとの目撃情報が寄せられています」
「この女性、この前あるテレビ番組で大戸島の報道をしていた人に似てますが……。違いますかね?」
その頃、大戸島のテレビでも銀座に現れた怪物のニュースが流れていた。そのシーンに目を見開き、激甚する修二であった。
「う……、うお、え……、笑子、笑子―――!」
首相官邸では、矢島がテレビを見ていたが、銀座の出来事は、大戸島の件とは関連が無いと考えていた。それは、大河原宅でも同じことだった。
「あなた、このオオトカゲ、あの大戸島で人間が変わっていった姿に似ている気がするんだけど」美佐子が弘にそう言った。
「バカな……」
「あの女性は、俺だって向こうにいたとき、良く知ってた女性なんだぞ。そんなはずないじゃないか」
思わず、そう口にしてしまった弘。弘は、言った後で「しまった! 余計なことを言ってしまった」と思った。
「えっ! そうだったの? 初めて聞く話だわ。だって、あなた、あの大戸島の独占放送を見てても、何も言わなかったじゃない」
「え、そうだったかな?」ごまかす弘。
「君の言い分はひとまずは分かった。ところで、誰か引き取りに来てもらえる人はいますか?」警察官が言った。
ここは、銀座にほど近い警察署の取調室。今は月曜の夕方である。真理亜は、公務を妨害したとして連行されて来たのだ。
無機的なコンクリートに囲まれた部屋の中、無機的な表情で真理亜は答えた。
「私には親族と言える人はいません。でも、身元のちゃんとした知り合いならいますので、ちょっとその人に連絡を取ってみますので……」そう言うと、真理亜は飯島真太に連絡をしてみた。
しばらくすると、真太がやって来た。
「こんばんは、内閣府の政府報道官の飯島真太と申します。今回は本当にご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ございませんでしたー」
「内閣府の方が引き取り人とあっては、釈放しないわけいかないですよね」警察官が言った。
「全くもう、問題起こすなよな」
「ありがとう、真太。恩に着るわ」
夜、警察署から出てくる真理亜。一応、警察に笑子の事は説明したのだが、分かってもらえたかどうかは釈然としなかった。
その日の深夜、真太とともに新聞社に戻った真理亜。社では、デスクと須磨子が真理亜の帰りを待っていた。
「須磨子さん。お元気でしたか?」真太が須磨子に挨拶をした。
「デスク、こちら、内閣府報道官の飯島真太さん」真理亜がデスクに真太を紹介した。
「飯島です。よろしくお願いします。あの、立場上、私がここにいることは、記事にしないでくださいね」
「真太!」
「大丈夫ですよ、飯島さん。いつも、うちの中島がご迷惑をおかけしてます」
「うやー、もう、ほんとに、いつも迷惑だらけですよー、全く」
「真太! いい加減にしてよね!」
「飯島さんと中島君は、仲が良いんですね」デスクが笑いながら言った。
「そんなこと、ありません!」真太と真理亜が、同時に口をそろえて反論した。
「そうですか。ところでな、中島君、とりあえず、明日の朝、東西テレビのニュースで事の顛末を報道することするよ」デスクが言った。「君の姿自体が各局のニュースで流れてしまっているわけだし、俺の説明責任もあるしな」
デスクは、社に残っていた須磨子から色々と話を聞いていたようだった。
「じゃ、俺はこの辺で、失礼します」
「ちょっと、真太、車で来てるんでしょ? 私も家まで送って行ってよね」
「そうだな、夜も遅いし、疲れてるだろうからな。飯島さん、お願いします」デスクも真太にそう頼んだ。
「デスクは、どうするんです?」
「俺は、今日はここで寝るよ」
真理亜の住んでいるマンションの部屋は、汚部屋というほどではなかったが、常に何となくちらかっていた。それは、彼女が取材でほとんど部屋にいない、いるとしても、ポテトカウチ族よろしく、ソファにもたれてビデオやテレビを見ているような生活をしていたからだった。
「ここよ、ありがとね。ね、泊まってく?」真理亜が自分の住むマンションの部屋を指さす。
「もう、あんまり無理すんなよな」
「うん、分かった」真夜中過ぎに真太の自家用車で送ってもらった真理亜は、そのまま布団に潜り込んで寝てしまった。彼女はひどく疲れていた。
一方の真太は厚木のマンションに独り暮らしだった。彼もまた部屋に戻ると、すぐに爆睡した。
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