第12話

 その日の夜、島の青年たちが木刀や太い角材を手にして、笑子が隔離されたの納屋の前にやって来た。納屋の前に陣取っていた修二は驚く。

「何だお前たち!」修二は叫んだ。

「修二、そこをどけ」青年の一人が言った。

 しかし、修二は笑子のいる納屋を守ろうとしてその場を離れようとしない。すると、角材を手にした青年たちは修二に襲いかかって来た。


 ヘリコプターは、小一時間ほど太平洋を南南東へと飛行した。しばらくすると、大戸島の民家の灯りが見えてきた。

「ところで、どこに着陸するんだ? 真っ暗だぜ」真太が聞いた。

「笑子の家の前の北側の海岸。もうすぐよ。ほら、あなたも防護服を身に付けて」

 ヘリコプターは大戸島の北の海岸にさしかかる。砂浜にサーチライトが当たる。

「見て! 何あれ? 男たちがもめてる。いや、違う。修二さんよ。男たちになぐられてるわ」真理亜がそう言った。

 サーチライトが男たちの乱闘を浮かび上がらせる。

 真理亜たちを乗せたヘリコプターは、海岸でぼこぼこに殴られている修二のそばに着陸した。修二は、一生懸命に闘おうとしてはいるのだが、多勢に無勢であっちに飛ばされ、こっちに飛ばされしている。

「あなたたち、何やってるのー! やめなさーい」真理亜が叫ぶ。

 すばやくヘリを降りた真太は、男たちの中に入って行き、暴力を止めようとする。男たちは真太にも襲いかかるものの、真太の柔道五段と空手四段の実力が、その時はじめて火を噴いた。修二と男たちを割いた後、何人もの男たちを、次から次に投げたり蹴ったりしながら一人でなぎ倒していく真太。

「すごい! 真太のあの話は本当だったんだ」真理亜がつぶやいた。

「真理亜さん、惚れ直しました?」意地わるそうに後藤が言うと、

「馬鹿言わないで!」と、すかさず真理亜が返す。

「おかくれの邪魔をするな!」ある青年が真太に殴られながらそう言った。

 気がつくと、男たちは皆海岸に倒れていた。そのとき、真太は倒れている一人の青年を問い詰めた。

「おい、おかくれってどういうことだ? 誰か指示している奴がいるのか?」

 男たちは黙っていた。その後、男たちはその場からちりぢりに逃げて行った。

「修二さん、一体何があったの?」真理亜が修二に問いかける。

「笑子が、笑子が……。笑子の背中が光り始めたんだ。それで、この納屋の中に隔離された。奴らは、多分おばばさまの指示で笑子を襲いに来たんだ」全身青あざだらけな上にひたいも割られて血を流している修二が、息も絶え絶えに言った。

「……とりあえず、笑子の家の中に運び入れて、須磨子さんに事情を聞きましょう」真理亜が言う。

 真太が修二をかついで、後藤とヘリの操縦士がそれにつづいた。

「すみません。笑子いるー? 夜分遅くすみませーん。中島真理亜です」須磨子の家の玄関をたたく真理亜。

 しばらくすると、須磨子が玄関を開けて出てきた。


 居間に上げられた真理亜たち五人。

「須磨子さん、これは一体どういうことです? 笑子に何があったんです?」「それと、おかくれってどういう意味です?」真太が須磨子を立て続けに問い詰める。

 しかし、須磨子は黙ったままで横を向いている。

 しばらく沈黙が続いた後、観念したかのか、ゆっくりと須磨子はしゃべり始めた。

「笑子はなぁ……、大河原さんに妻子がいることをテレビで知って、……その日から背中が光だして、御神乱様になられたんじゃ」

「御神乱様になられた? 笑子さんが?」真太が聞き返す。

「あんた方も、あの瓢箪湖の学者たちが放送したSNSとやらで知ってるだろう。この島の病気のことを」

「じゃあ、やっぱりあの発表は本当のことなんですね?」今後は、真理亜が聞き返した。

「ああ、どのみちこうなってしまっては、全てが暴露されるのも時間の問題じゃろうしな。この島の島民は皆、怒ると背中が光る病気を持っているんじゃ。激しい怒りが持つと背中が光はじめ、その怒りは抑えがきかなくなる。そして、身体が大きなトカゲ状に変形していくんじゃ。そうなった者は、怒りの対象である人間はもちろん、他の人間も食らうようになる。これを御神乱様と呼ぶんじゃ。こうなったら手が付けられなくなる。だから、そうなる前に島の人間でなぶり殺さなにゃならん。御神乱様はお隠れあそばさにゃならんのだ」

 ここまで聞いていた真理亜が口をはさんだ。

「お隠れっていうのは、みんなで殺すってことなんですね?」

 うなずく須磨子。

「何てことを! あなた方がやっていることは殺人なのですよ!」真理亜が厳しく須磨子に言う。

「ずっと、大昔からやってきたことだ。悲劇を大きくしないためには仕方のないことなんじゃ」

 絶句する一同。

「あの、もしかして、この島の住民が外に出ちゃいけないってのも、それが原因ですか?」真太が聞いた。

「そうだ。御神乱様は決してこの島から出してはならんのだ。そして、島から出ようとした人間もお隠れいただくことになる」

 この言葉を聞いて、真理亜はぞっとした。

「それで、笑子は、今は納屋の中にいるのね?」

「ああ」

「彼女、あなたのお孫さんなんですよね。よくそんなことができますね」

「島のためだ、そうやって我々は島を守って来たんだ。いや、我々がそうやって人類を守ってきたと言っても良いだろう」

「そんな……」返す言葉が見つからない真理亜。

「もしかして、この島の人たちがいつも笑っているのも、怒らないようにしているからなのですか?」真太が須磨子に聞く。

「そうじゃ。我々は怒ってはいけない身体だ。だから、なるべくいつも笑うようにしているんじゃ。生まれた子供に対しても、笑うように育てている」

「笑子という名前が、なるべく笑っていられるようにって名付けられたってのも……」真理亜がそう言うと、須磨子がうなずいた。

 それを聞くと、真理亜は悲しくなってしまい、涙がこぼれ落ちてきた。

「……とにかく、笑子さんに会わせてください。良いですね」真太が言った。


 全員、隣の納屋の前にいた。須磨子によって納屋の思い鉄の扉が開けられる。そこには、激しい怒りに悶え苦しむ笑子の姿があった。彼女は、隔離されている納屋の中で突っ伏した状態でいた。いまだに嘔吐感があった。その笑子のピンク色に光る背びれは、骨盤から下に長く伸びていき、それはまるでトカゲの尻尾のようにまでなっていた。顔はと言えば、ケロイド状に膨れ上がり、足腰も腫れていった。ついには、口蓋部分が突出し、口が大きく左右に裂けはじめた。それは、まるで緑色をした大きな一匹のトカゲのような姿であった。これが、現在の笑子の姿であった。

「これが、今の笑子の姿じゃよ」須磨子が言った。

「何てこと!」右手で口を押える真理亜。涙がこぼれ落ちて止まらない。

 修二は終止無言でその姿を見ていたが、その姿は、突きあがってくる怒りを抑え込もうと、必死に我慢しているようだった。

 その隣で変わり果てた笑子の姿の写真を撮っている後藤。その姿をにらみつける須磨子。それに気がついた後藤はカメラを下ろした。

「で、これから笑子さんをどうするんです?」真太が須磨子に聞いた。

「お隠れが失敗した以上、このままここに閉じ込めた状態で、食べ物を与えずに餓死させるしかない」

「結局、殺すんですね」涙ながらに真理亜が言った。

「御神乱様の恐ろしさを皆さんは知らないからそんなことが言えるんじゃ。皆食われてしまうんじゃぞ。食べ物を与えなければ、そのまま大きくなることはないじゃろう」

「でも、かなり大きくなっているみたいですけど、もしも、この納屋をぶち壊して出て行ったら…」後藤が口を開いた。

「さすがに、それはないじゃろう。この納屋は頑丈だ。御神乱様といえども、これを壊すことはできないじゃろう」


 翌日の土曜日の朝、須磨子の家で一泊した真理亜たちは、機材をかかえて瓢箪湖にある調査団のバラックへ向かった。

「おはようございます。東西新聞社の中島真理亜です。先日はお電話で失礼しました」

 緒方や山根たちと真理亜たちが合流した。

「お電話でもお話しましたように、私たち、政府の発表に疑問を持ったので、独断で取材を敢行しに来ました。よろしくお願いします」

「良かった。ちょうど更なる調査結果の発表があるんだ」山根が言った。「そちらの男性の方は、確か説明回の司会をされていた内閣広報室の……」

「飯島です。ああ、今回、私はここにいないことになってるんで。へへ。そこんとこ、どうぞよろしくお願いします」

「そうですか、分かりました」山根が少し笑いながら言った。

「それでは、私たち大戸島からのライブ中継の準備を始めさせてもらってもよろしいですか?」

「どうぞ、どうぞ」

 真理亜たちは機材の設置を始めた。

 長期滞在している科学者たちは、さすがに被爆している者もでてきており、鼻血が出ているようで、ティッシュを鼻に詰めている者もいた。しかし、その件については、絶対言うなと政府からのかん口令が出ているとのことだった。

「今から、本社と打ち合わせしますが、本日のお昼過ぎのライブ中継になると思います。私たちは、それまでこの島の状況について調査に行ってきます」

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