第10話

 翌日、施設の関係者がこの惨状を発見。至急、政府に状況報告がなされた。この事実は、すぐに島の住民にも拡がった。

「御神乱様のたたりだ」「島に変なものをつくったから御神乱様がお怒りになられたんだ」「御神体は大丈夫か」などと言う島民たち。

 再びテレビクルーがやって来た。しかし、今回は放射性物質が拡散している可能性があるため、上空からの取材ばかりであり、上陸するジャーナリストは皆無だった。その日、一日中ヘリコプターやらセスナが大戸島の上空を旋回していた。

 大戸島の惨状は、報道を通じてその日のうちに日本中に知れわたることとなった。

「昨夜、超大型の台風が直撃した大戸島ですが、東海岸に積まれていた核廃棄物に被害が出ている模様です。ご覧の映像は、当社のヘリから大戸島の上空を撮影したものですが、ガラスに封入されていたはずの核廃棄物の多くが破損しており、核燃料が露呈しているものが見られます。このことにより、住民の皆さんが被爆されているかどうかにつきましては、現在のところ分かっておりません。状況が分かり次第、またご報告いたします」テレビが報道していた。

「被爆ってどういうことだよ! 絶対に安全だって言ってたじゃないかよ」島民たちが口にし始める。

 しかし、現実には、既に全ての島の人たちは被爆してしまっていた。


 翌日、政府のヘリコプターがやって来た。そこに責任者である弘は乗っていなかった。防護服に身を包んだ検査技師たちが数人降りてきた。そして、被害状況を視察し、ガイガーカウンターで放射線濃度を調査。その後、何人かの島民をランダムに調査してから、その日のうちにそそくさと帰って行った。彼らは町役場にも来ていて、職員は全員放射線検査への協力を余儀なくされていた。

「何だよ。何しに来たんだよ」観光課の男性職員が不満をぶつける。

「弘さん来てくれないんだ」ぽつりと笑子が言った。

 ある日、観光課で働いていた笑子の鼻から血が垂れた。

「あれ。鼻血?」

「どうしたの?」そう聞いてきた同僚の女性職員の鼻からも血が垂れていた。

 その頃から、島民は鼻血が出やすくなっていき、皆、鼻を押さえながら仕事をする姿が見られるようになった。


「ちっくしょー、大戸島め! またやりやがった! 何度俺の目的を阻めば気が済むんだ」首相官邸の自室で矢島は悔しがっていた。

 それから、彼は緊急に招集した閣議に出席した。

「現地の調査に向かわせたヘリの結果はどうなんだ」苛立ち気に担当者に聞く首相。

「残念ながら、放射性廃棄物を封入しているガラス物質が破損しているものも多くみられます。また、海に流れてしまったものもある模様です」

「海にか。そりゃまずいな」ある閣僚が言った。

「放射能の値は思ったよりも高く、島全体を覆っています。この放射能が消えるのには、少なくとも数十年はかかるかもしれません。とりあえずは、高エネルギー放射性物質廃棄施設の完成は絶望的。島は一旦封鎖すべきかと思います」エネルギー長官が説明する。

「島民の被爆状況は?」ある閣僚が長官に質問した。

「数十名ほどの島民をランダムに抽出して被爆線量を調べましたが、皆被爆していました。おそらく、被爆は島民全体に及んでいるものと思われます」

「そうか。被爆については、国民には調査中ということにしておけ。島は封鎖だ。島に残っていた調査チームは絶対に本土に入れるな。事実を知るものを本土に上げてはならん。もちろん、ジャーナリスト風情が島に上陸することも認めるな」首相が指示を出した。

 このとき、責任者の大河原の責任問題や処遇を口にするものは、なぜか誰一人としていなかった。

 その、当の責任者である弘は愕然としていた。個別に首相に呼び出された彼は、首相である矢島から言われた。

「君は、しばらく表に出るな。今は大事な時だからな。何も心配しなくても良いからな」

 そして、矢島はさらに付け加えてこう言った。

「君がいるときじゃなくて、不幸中の幸いだったじゃないか。少なくとも、君は被爆せずに済んだ」


 高エネルギー放射性物質廃棄施設の建設は、完成を目前にして完全に頓挫した。テレビで報じられる政府の発表によれば、大戸島の事故による放射性物質の漏れは認められていないという。しかし、島民たちは、誰もが鼻血が出やすくなっていた。大戸島は見捨てられたのだ。役場にいる笑子たちも鼻をおさえて仕事をしていた。大戸島への渡航は禁止され、大戸島への立ち入りも禁止されていた。しだいにその事実が大戸島の島民にも分かってきた。彼らは、やっと政府に裏切られたのだと認識したようだった。ただし、相変わらず彼らの顔は、笑っていた。修二は依然として出勤していなかった。


 大戸島に来ていた科学者たちも、東京へ帰ることは許されなかった。彼らは原生林の調査のために取り寄せていた防護服を所持していたため、被爆の可能性は小さかったのだが、政府は事実が漏えいすることを恐れたのだった。見捨てられた彼らもまた、政府の大戸島対応への不信感を募らせていた。

 そこで、緒方、山根をはじめとする大戸島に残った科学者たちは、この事実をSNSで世界に発信し始めた。

「みなさん、こんにちは。こちらは大戸島瓢箪湖研究室の緒方、そして……」

「天才科学者の山根です」

「ここ大戸島では、先日の超大型台風の影響で施設が崩壊しています。そして、多くの住民たちは鼻血を出しており、彼らは放射性物質に被爆している可能性があります」

「これは、科学者である我々の見立てですので、間違いありません」

「しかしながら、政府は被爆の心配は無いと発表しています。我々は、たまたま防護服を所持していましたので、今のところ、その心配は無いのですが、そのまま放置された状況になりますと、我々もどうなるか分かりません」

「そこで我々は、早急に事故現場の露呈した放射性廃棄物の処理と島民の救護を訴えます」


 この放送は、当然のことながら、東京にいる東西新聞社の真理亜たちもチェックしていた。

「中島君、君、この緒方とか山根っていう科学者たちと面識はある?」真理亜の上司が聞いてきた。

「もちろんですよ、デスク」真理亜がここぞとばかりに答える。

「じゃあさー、彼らのいる大戸島の研究室から独占ライブ中継ってできないかなー。もしできれば、他社をすっぱ抜くことできるしね。あ、もちろん防護服とかは準備するよ。危険かもしれないけど、どうだろうね」デスクが懇願する。

「でも、政府はあの島への上陸を禁止していますよね」後藤が口をはさんだ。

「いえ、行きますよ。ぜひ行かせてください。デスク。実は、心配な友達もいるんです」

「そうか、じゃ、頼んだよ」


 緒方たちのSNSを見て、政府の発表と大戸島の対応に不信感を持った日本のジャーナリストたちが動き始めた。ある在京のスポーツ新聞は、プロジェクトの責任者である大河原弘のことをすっぱ抜いた。

「大戸島核廃棄処理施設責任者は、首相の前秘書であり首相の娘婿! 新婚の彼は、首相のはからいで責任逃れをしており、決して表舞台に出てこない!」

 この記事が出ると、浩はしだいに記者たちから追われるようになっていった。ただ、この記事自体は、在京のスポーツ紙ということもあり、大戸島の島民の知るところまでにはならなかった。


 大戸島にある大きな円形がつながった形状の瓢箪湖。そこに浮かぶ二つの小さな島、そこには、それぞれ古い神社が鎮座している。赤井社と青井社である。この湖が小惑星の衝突によってできたものであり、その湖からは、地球上の他のどの地域でも発見されていないウイルスが発見されたことから、山根たちは、この社およびその周辺地域を調査することになった。それぞれ防護服に身を固めた調査団は赤井社の裏にある森の中を調査した。ただし、もともとこの青井社周辺と赤井社と青井社にある石棺だけは、須磨子からは絶対に開けてはならないと言われていた。それでも、目の前にある科学的な因果関係を解き明かしたいと思う科学者の性に、彼らは勝つことができなかったのだ。調査団の案内役として修二が同行していた。実は、修二がこの神社のエリアに入るのは、これが初めてだった。。

 赤井社に裏手の森には、墓らしき祠があった。その祠は、先日の台風で地盤が崩落しおり、中が露呈していた。そこを発掘してしてみると、大きなトカゲのような骨が多数並んで埋葬されていた。

「なんだ、これは! オオトカゲ?」

 彼らは、トカゲのような骨の一部を持ち帰り調べることにした。

 また、赤井社の中に入ってみると、そこには石棺があり、何らかしらのものが封印してある様子だった。


 修二の母、蛭子久子が須磨子のもとを訪れた。駆け足でやって来たようだ。慌てふためいていて、ひどく動揺している。

「おばばさま、大変だ! 修二が東京から来た調査団といっしょに神社の方に向かったって……。町の何人かがそっちの方に行くのを見たって……」

「何だと!」須磨子の顔色がみるみる驚きの表情に変わる。「外部のもんにあれを見られたら大ごとだぞ!」

「はい! すぐ連れ戻しに……」


「あの……、そっちの方は行っちゃいけないって言われてるんで……」

 今まで黙って道案内をしてきた修二だったが、さすがにたまりかねた修二が言う。

「こんなでかい疑問を目の前に突きつけられて、今さら引き返せるわけがないでしょう」

「いや……、だけど……」調査団は、修二の言葉をつきはねた。

 そして、調査団は、修二が止めるのも聞かずに、青井社の方にもずかずかと入っていった。青井社にも赤井社と同様の石棺が置いてあった。どうも御神体のようだった。そしてまた、青井社の森にも同様の祠があり、やはりそこを掘り返してみると、一体のトカゲのような骨が埋められていた。

「やっぱりここにもオオトカゲか……」

 その骨のそばには、指輪がいっしょに埋められていた。その指輪を見たとき、修二は驚きを隠せなかった。なぜなら、それは修二の父親がしていたものだったからだ。修二の母親である久子がいまでもしているものと同じ形状のものだったのだ。修二の父親は、修二が小さい頃、海に漁に出たまま帰らぬ人となったのだと聞かされていた。修二の頭の中は、混乱するのと同時に、須磨子へのある疑念が生まれた。

 そのオオトカゲの採取を行っている最中のことだった。向こうの方から島の人間たちがやって来た。須磨子や久子の姿もある。

「何をやっとるんだー! そこに入っちゃならん!」町の連中がこちらに向かって口々に叫んでいる。

しかし、調査団は、既にかなりのサンプルを採取した後だった。修二は島民たちに連れ戻された。

 その夜、修二は須磨子からこっぴどく叱られた。そのかたわらには母親の久子も座っていたのだが、その叱られているとき、最後に修二は須磨子に対して疑問をぶつけた。

「おばばさま、俺の父親は海で死んだんだよな?」

「そうだ。お前の父親は、お前が小さい頃、海で難破して帰らぬ人になった」静かに須磨子が言った。

「じゃあ、なぜ、青井社の祠に父親の結婚指輪が埋まっとるんだ?」普段は大人しい修二だが、このときばかりは、勇気を振り絞ってはっきりと長老に質問をした。

 これを聞いて、須磨子と久子は狼狽した。

「おばばさま……」困惑した久子は、須磨子の顔色をうかがった。

「それは……、知らん。そんなはずはない。それは、何かも間違いじゃ」須磨子はきっぱりと言い放った。

 しかし、この二人の狼狽の表情は、修二の疑念をさらに深めることになった。修二は、自分自身で父親の死について調べることに決めた。

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