第8話
島で大きな反対運動が起きないことや島民が皆笑顔であることを良いことに、計画はなし崩し的にどんどん進み、施設は完成した。あとは問題の核廃棄物を搬入するだけとなった。大河原が矢島に電話で完成の報告をしている。
「総理、何とか完成にこぎつけました。あとは核廃棄物の搬入されるのを待つだけです。特に大きな反対運動もなく、すんなりといきましたよ。それにしても、この島に目をつけた総理のアイデア、改めてすごいと驚かされましたよ。一体どうしてこの島のことを知ったんですか?」大河原が矢島に問おうとする。
「そんなことは、君は知らんでも良いことだがな。とにかく、よく使命を果たしてくれたな。ごくろうごくろう。念のために聞いておくが、島の人間をたぶらかしたり、現地妻をつくったりはしてないだろうな?」
「……いやあ、そんなことしてないですよー」大河原が答える。
「そうか。それならば良いのだがな。穏やかで従順そうに見える人間ほど、一度怒らせると怖い存在になるからな。そこのことだけは、肝に銘じておけよ」
「はあ、そんなもんですかねえ」大河原は、総理のこの忠告について、話半分に聞いていた。
「そろそろ君は帰ってきなさい。こちらで待っている人もいるんだから。分かるだろ」
「はい、分かりました」
施設の完成を目前にして、テレビの取材陣も再びやって来るようになった。
「昨年から大戸島に建設されてました高エネルギー放射性物質処理施設ですが、この度完成し、あとは核廃棄物の搬入を待つばかりの状態となっております。地元の人々にこれについてご意見を聞いてみたいと思います」テレビの取材陣が住民にマイクをむける。
それに答えている住民の中の一人に笑子がいた。
「この施設ができたことで、大戸島が注目されるようになれば、この島の美しさを日本中にアピール良い機会になると思います。皆さん、この島はとても美しい南の島です。もっともっとこの島に遊びに来てくださいね」笑子が明るくインタビューに答えたが、レポーターはあきれた顔を隠せないでいた。
完成を記念して、政府関係者、報道陣、政府が派遣した学者を招き、島に古くから伝わる神楽舞が島の伝統工芸館のホールで披露された。それは「御神乱神楽」と呼ばれる奇妙な舞であった。いつものように真太が司会進行を務めていた。
「みなさんこんにちはー。本日は、高エネルギー放射性物質処理施設の完成をお祝いいたしまして、大戸島御神乱神楽保存会の皆様によります御神乱神楽をご披露していただくことになりました。神楽舞の披露に先立ちまして、この神楽につきまして、この島の長老的存在であります、そして現在も赤井社・青井社の巫女をやられておられます三島須磨子さんにこの神楽舞の由来をご説明いただきたいと思います。では、三島須磨子さん、どうぞ」
須磨子が説明を始める。
「御神乱神楽の由来についてご説明いたします。はるか大昔のこと、かつてこの島には御神乱様が現れになられました。そして、御神乱様は、我々島の人間に笑うことをお教え下さっったのです。その後、御神乱様はお隠れになりましたが、我々は笑うことで幸せになることができるようになったのです。我々島の人間は、そのことを忘れないために、御神乱様に対して報恩と鎮魂の舞を捧げているのです。だから、この島の人々は、決して怒りをあらわにせず、常に笑っていなければならないのです。そして、そうでないと御神乱様の怒りに触れるのことになるのです」
そして、御神乱神楽がはじまった。それは、御神乱様と呼ばれる恐ろしい形相の人物に対して行われる鎮魂の舞であり、鎮魂する者は笑っている面を付けて舞う。神楽のリズムもどこか悲しげでおどろおどろしい。
「何だかもの悲しい感じの調べね。笑いを教えた神様なのに、どうしてこんな怖い形相なのかしら」真理亜がそう言うと、隣にいた笑子は、
「そうかな。でも、私なんか、小さいときからずっと聞いてるので、子守歌のようなものよ」と言った。
御神乱様は、背中に赤い御幣を付けており、神楽殿の中になる赤い箱の中から現れて狂ったように舞を舞う。神楽殿のもう片方の隅には青い箱が置いてあったが、舞が終わっても、その箱は使用されないまま、そこに置いてあった。
「あの隅に置いてある青い箱は何かしら? 舞の進行には関係ないみたいに思えるけど」真理亜が言った。
「あれは、決して開けてはいけない箱なのじゃよ」そう須磨子が真理亜に近寄って来て言った。
おどろおどろしい舞にもかかわらず、島の人たちは相変わらずの笑顔だった。しかし、島民たちが座っている一角、会場の隅に一人だけ笑っていない少女が両親と思しき二人の大人といっしょに座っていた。
「あの子、この島の人間にしては珍しく笑ってないわね」真理亜が言った。
「ああ、芹澤希望(のぞみ)ちゃんね。でも、笑わないけど、とても良い子よ」笑子が教えてくれた。
すると、そばに座っていた須磨子がすかさす言った。
「笑わぬ子は、光らぬ子じゃぞ」
「えっ、どういうこと?」と思わず真理亜は口にしたが、須磨子は黙ったままだった。
そのとき、緒方をはじめとする調査隊のメンバーと山根博士も会場に来ていたが、山根がその希望の後ろにいて彼女の肩に両手を置いている父親とおぼしき男に目をやって言った。
「あれ、芹澤博士じゃないか?」
「誰だいそれ?」緒方が問い返す。
「あの右目に黒い眼帯をしている男性なんだけどさ、芹澤先輩じゃないかと思うんだ。芹澤博士って言うのは、俺たち細菌学者の中では超有名な人物でさ、天才科学者って言われてたんだけど、二十三年前に突然行方不明になったんだ。……確か南方の島の風土病を研究してるって聞いたな」
眼帯の男の方に歩いていく山根。それに気がついたのか、男とその家族は会場をそそくさと出て行った。希望も男にうながされるように会場を出た。
「芹澤先輩、芹澤博士ですよねー」男に声をかけながら、後を追う山根。
しかし、会場の外に出たところで、山根は芹澤一家を見失ってしまった。
その日の夜、後藤はバラックの山根を訪れた。
「どうしたんだ? 確か、後藤君……だったね」
「山根博士、俺、芹澤博士の居所をつかみましたので、何かのお役に立てればと思いまして……」そう言って、後藤は芹澤家の住所の書かれたメモを山根に差し出した。
「何だって! すごいな、君は……」
「ジャーナリストなんでね。じゃあ、あとよろしくお願いします」
そう言うと、後藤は瓢箪湖のバラックをあとにした。
翌日、大戸島に常駐していたジャーナリストの面々は、ぞくぞくと東京や大阪に引き上げて行った。もちろん、その中には真理亜と後藤の姿もあった。
「お別れね。今まで色々とありがとう。でも、またきっと取材に来るわ。そのときはよろしくね」そう真理亜が笑子に言った。
「こちらこそ、ありがとう。私だって東京に遊びに行くわよ」
笑子のこの言葉を聞いたとき、真理亜は、それはきっと大河原に会いに行くということを意味しているのだろうと思った。そして、それが悲恋に終わらなければよいのだがとも思った。かたわらにいた修二は、このやりとりを神妙な感じで聞いていた。
「真太、またね。先に東京で待ってるわね」真理亜が真太に言う。
「へへーんだ。ごめんだね。これでやっとうるさいのと離れられるぜ」そう真太は言ったが、それが本心でないことは誰の眼にも明らかだった。
真理亜たちが社のヘリコプターに乗り込んだ。ローターが周りはじめ、強い風が地面を吹き付ける。その突風に髪をあおられながらしきりに手を振る笑子たち。二人を乗せたヘリコプターはみるみる小さくなり、空のかなたに消えていった。
「寂しくなるよねー」笑子はぽつりと言った。
数日後から核廃棄物がどんどん島に搬入され始めた。それらは沿岸部に山積みにされた状態にされた。ちょうどそのさなか、学者と施設関係者を島に残し、政府関係者たちは東京への帰宅命令が出された。
「えーっ! 弘さんも東京に帰っちゃうの? 島に住みたいって言ってたじゃない!」失望したように笑子が言った。
そこは船にある弘の部屋だった。例によって、二人は逢瀬を重ねていたのだった。
「いったんちょっとだけ帰るだけさ。向こうで整理しなくちゃいけないことも色々とあるからね。すぐに戻ってくるよ」
「本当?」
そうして、二日後、弘もいったん東京へ帰って行った。
弘や真太を乗せた船は、大戸島をゆっくりと離れていき、やがて水平線のかなたへと消えていった。
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