第6話
説明会が終了して真太が会場から出てくると、外で待ち構えていた真理亜が真太に声をかけた。
「おい! ちょっとこっちに来い」真太をにらみつけている真理亜。
「あっ、真理亜!」
説明会の帰り道、島の目抜き通りに唯一ある喫茶店「モモコ」。ツートンカラーのオーニングが突出し、パステルカラーで飾られたカントリー調の、いかにもの女性に人気のありそうなカフェーだ。島の三〇代の女性が家事のかたわらやっている店らしかった。通りからガラス越しに中をのぞき込むと、通りに面した大きな窓際に座ってしきりに言い争いをしている男女があった。真理亜と真太である。真太は大きく身振り手振りで言い訳をしているようだが、その様がご主人様に仕えるおつきの者のようで滑稽に見えた。
「あんたさぁ、この前だって大河原のことは良く知らないだのなんだのぬけぬけと言っておきながら、結局大河原と通じていたじゃん!」真理亜が真太に突っ込んでいく。
「だからぁ、あれは俺たちのことを勝手に大河原さんに見られてたんで、その後俺が呼び出されて色々聞かれてさぁ……」
「今日のあれだって、何よ」
「何って、何がさあ? 俺、うまく司会してたぜ」
「司会がどうのこうのじゃなくって……、もう! 住民の意見をよく吸い上げもせずに、勝手にどんどん高エネルギー放射性物質廃棄施設の建設を進めてるじゃない! もうほとんどなし崩し的に」
「そんなの、俺に言われたって仕方ないよ。俺がプロジェクトを進めてるわけじゃないんだから」
「私たちジャーナリストがきちんと真実を伝えていかないと、権力者の暴走を許すことになっちゃうのよ」
「真実? お前たちメディアだって平気で嘘をつくことあるじゃないか」
「いいえ! 少なくとも、私は真実しか伝えてないわ」
「……ええと、あと、だいたいだなー、どうしてお前いつも長袖着てんだよ。ここ、亜熱帯の南の島だぜ」
そう、なぜだか真理亜は大戸島に来てからずっと、長袖のブラウスとしっかりと着こんでいたのだ。
「何よそれ。私がどんな服を着ようと勝手でしょ。余計なお世話よ。これは日焼け防止よ」
このやり取りを通りがかりの笑子や修二が目にした。彼らは通りからじっと二人を見つめている。と、そこにちょうど後藤がやって来た。
「最近、あの二人、結構あんな感じなんですよ」後藤が説明する。
「へぇ、そうなんだ!」笑子が驚く。
「でも、実は仲が良くって、なかなか良い感じなんじゃないかって、俺思ってるんですよね。真理亜さんって、本当に嫌いな人に対しては怒りをシャットアウトして、口を聞きたがらないんですよ。食ってかかるのは、あの人独特のコミュニケーションの取り方で、実は好感を持ってるってしるしなんですよね。笑子さんにも初対面の時、ずけずけと言ってたでしょ」
「そう言えばそうねぇ。あと、大河原さんと道でばったり会った時は、何も言わなかったし……」
「ね、そうでしょ。あの二人、仕事に対する想いって、根っこのところでは同じじゃないのかなって。だから、あの二人、実は気が合うのかなって」
「後藤君て、よく真理亜さんの分析してるのね」
「そりゃもう、社の大先輩ですから。出世するためには、上司の心理はちゃんと分析しとかないと」
気がつくと、店の中で笑子たちに気がついた真太が手を振っている。彼は店から出てきて言った。
「みんなもいっしょにお茶しようよー。真理亜と一対一じゃやられっぱなしで、全くたまったもんじゃないよー」
「あーら、お邪魔じゃなかったかしら」にやにやしながら、そう笑子は言った。
笑子たちは店の中に入って行く、そして真太が笑子に質問した。
「そう言えば、笑子さん、御神乱て何です? さっき君のおばあさんが言ってたでしょ」
「ああ、それはね。おんて言う字に神様の神、それが乱れるって書いて御神乱て言うのよ」
「ああその文字、島のあちこちの祠かなんかで目にしたことありますよ。何ですそれ?」
「私もおばあちゃんほど詳しくは知らないけどね。島の守り神みたいなもんだって。もともとは、『おがみらん』て呼んでたらしいけど、時代とともに『ごしんらん』とか『ごじんらん』とか呼ばれるようになって、今ではみんな『○○○様』と言ってるのよ」
「なーるほどね」真太がうなずく。
「おかくれになった御神乱様は、ほら、あの瓢箪湖の畔にある神社に祀られているの」
「おかくれって、どういうこと?」真理亜が尋ねる。
「そこまでは知らないわ。おかくれは……おかくれよ」
夜、大河原は、矢島に二回目の説明回の結果を報告していた。
「総理、全て事無きを得ました。大きな反対は起きず、建設予定地は東側の例の海岸に決定しました。あとはもう、実際の買収と建設です」大河原が説明する。
「そうか! よくやった。では、こちらでは明日の閣議の後、メディアを集めて正式発表する。まあ、東西新聞社ってのが、既にすっぱぬいて発表しちまいやがったがな」
「ああ、来てますね。威勢の良いのが二人」
「そうか、君はあまりかかわるなよ。君は未来のある人間なんだからな。建設がある程度一段落したら、あとは現場の人間にまかせて早くこっちへ戻って来い。そんな島に長くいる必要はないぞ」
「分かりました。あと少しだけこの島を満喫させていただきます」
数日後、国会記者会館にて首相の会見が行われ、それはテレビでも放送されていた。
「ええ、前々からの課題でありましたところの高エネルギー放射性物質廃棄施設の建設予定地でありますが、政府としましては、小川原諸島の東側に位置しています大戸島を建設予定地とすることを決定いたしました」矢島首相が発表する。
「そんなところに建設して、地震とか津波とか大丈夫なんですか?」「台風の直撃を受けたらどうするんですか?」などなど、想定された質問がジャーナリスト諸氏から飛び出す。
これらの質問に一つ一つ説明していく官房長官。そのとき、あるジャーナリストが質問する。
「あの島の中心部には大きなカルデラ湖が見られますが、あれは火山湖なのではないですか? 火山が噴火したらどうするんですか?」これに対しては、矢島が答えた。
「政府は、以前からあの湖、瓢箪湖というのですが、あの湖の地質調査を行っておりまして、最近、その調査チームからの報告がありました。それによりますと、あの湖はカルデラ湖ではないという結論にいたりました。また、火山や活断層も発見されず、いたって安全な島であることが分かりました。……ということで、ご納得いただけましたでしょうか?」
「それで、住民の方々は納得しておられるんでしょうか?」
大戸島でも、このテレビのシーンを見守っていた。
「大戸島の方々は、この建設に対してとても好意的にとらえていただいていると報告を受けております」矢島がそう言った。
「別に、好意的っていうわけじゃないんだがな。我々はもめたくないだけなんだ」
「そうそう、小さい時から笑って暮らせと育てられてるからな」島の人々は口々にそう言った。
テレビでの会見後、記者会館の廊下を歩きながらジャーナリストたちが話している。
「それにしても、南の島を核廃棄物処理施設にするなんて、すごいアイデアだな」ある記者がそう言った。
「何でも、総理自身のアイデアらしいよ。あの人、建設官僚だった若い時に一度あの島に行ったことがあるらしいから」別の記者が言った。
「へー、そうなの!」
テレビで報道された日をさかいに、大戸島にはさらに多くの人々が流入してきた。テレビクルーや新聞記者、週刊誌記者はもちろんのこと、買収にからむ人物たちや建設業界の人間も、どんどん本格的に上陸してきた。そして、東側の海岸の土地の所有者との買取金額の交渉や建設のための計測も始まった。
その人間たちにまぎれて、ある一人の科学者がやって来た。生物学者の山根豪だ。山根は、瓢箪湖の畔に陣取っている旧友緒方のもとへ直行した。
瓢箪湖の向こうに横たわる原生林をじっと見つめた山根は、それから居ても立ってもいられないと言った感じで湖の畔の研究室に走った。
「びっくりしたよー。一体何だいあのデータは」
バラック建ての研究室に飛び込んだ山根は、いきなりそう言った。
「山根、よく来てくれたな。一体どうやってここまで来たんだ?」
「報道陣がわんさか行くみたいだったからな。そのヘリの一つに乗せてもらったよ」
「そうだったのか。いやー、それにしてもよく来てくれたな。みんなにも紹介するよ。俺の学友で天才科学者の山根豪だ」
「みんなよろしくな。ところで、何だいありゃ」
「えっ、どうした?」
「あの湖の向こうに広がる原生林だよ。ありゃあ生物多様性地域並みのもんだよ」
「生物多様性地域?」
「ああ。地球上には、何カ所か多様な生物が見られるホットスポットとなっている原生林がある。雲南省とかアマゾンとかギニア盆地にある森林地帯とかがそうだが、そこではウイルスの活動が活発で、進化が促進されており、新種の珍しい生物が生まれていると言われている。中国の雲南省の原生林から多様なウイルスができているのも、近くにキンシコウとかパンダとかの珍獣が多いのも、生物多様性地域がもたらしていると考えられているんだ」
「そうなんだ! でも、あの森は神社の鎮守の森で、外部の人間はやたらと入っちゃだめだと言われてるぞ」
「そうなのか……。……で、送ってもらった画像だけどな、ありゃーどう見たって有機物。しかも、見たことも無いウイルスだ。何せ、アミノ酸が右手タイプと左手タイプの二種類あって、酵素が重水素を媒介している。もしかすると、地球外からもたらさえれた有機物かもしれんぞ。大発見なんだよ。でな、居ても立ってもいられなくなって、とにかく現物を見てみたいと思って飛んで来たって訳さ」
「うーん。そうだとすると、その地球外のウイルスは隕石に付着していて、それがもしかすると、ここに落下してクレーターができた。それが瓢箪湖ってことか?」
「まだ、分からんがな。そのウイルスが生物多様性地域で変異を繰り返している可能性だってある。生物多様性地域っていうのは、新しいウイルスがうじゃうじゃ生まれてて、地元の人間も危険だから立ち入らないようにしているような危険な地帯なんだ。サーズやマーズ、手足口病ウイルス、そして新型コロナウイルスが生まれた雲南省のホットスポットもそうだ」
「だから、ここの島の人間も、あの森は危険だから入るなって言ってるのかな」
「そうかもしれんな。とにかく、湖とクレーター、隕石、それに生物多様性の原生林を調べてみたいんだ」
「よし分かった。でも、あの神社には近寄らない方が良いよ」緒方がくぎを刺した。
「あーっと、それと、これは防護服。人数分あるぞ。東京から持ってきた」と、山根が言う。
「防護服!」
「そう。だって、危険な生物多様性地域に入るわけだからな。こんなこともあるかと思って持ってきた」
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