第5話

 その晩、船の一室で過ごす大河原に矢島総理から電話がかかってきた。

「そちらの進捗状況はどうだね。まずは、一回目の住民説明会での反応はどうだった?」総理が質問してくる。

「こちらの住民の反応なんですが、特に大きな反対というのもなく、順調に進んでいます。まもなく湖の調査結果が出ると思いますので、それを受けて二回目の説明会を開こうかと思っています。それにしても、ここは素敵な島ですね。どうしてここが今まで観光地として手つかずだったのか不思議ですよ。本当なら観光資源としても優等生な場所で、お金になると思うんですけどね」

「馬鹿言っちゃいかんよ。放射性物質の廃棄施設のある島が観光地になるわけないじゃないか! そう言えば、聞いたぞ。君は説明会の時に、観光地として島を開発するとか、全員に補助金を出すとか勝手に言ったそうだな」

「ああ、あれは……、つまりその、話の流れと言いますか、自身のスピーチの勢いと言いますか……、でも、大丈夫ですよ。この島の住民は、皆いつもニコニコと笑っていて良い人たちばかりですから」

「なら、いいんだがね。大河原君、一つ肝に銘じておくと良いことがある」

「はあ、何でしょう」

「日本人というものは、自分がどんなにひどい災害に見舞われようと、どんなひどい事件に巻き込まれようと、人前では他人事のように笑う民族なんだ。テレビとかの事故後のインタビューでもたいていそうだろう。中国人や韓国人のように感情をあらわにして号泣している人などいない。だから、他国の人からすると分かりにくい民族なんだ。日本人は、感情を押し殺し、いついかなるときでも笑っていることこそが美徳と思っているんだよ。だから、大戸島の連中が笑っているからと言って、決して安心しちゃいけないよ」

「分かりました。肝に銘じておきます」

「あ、それとね。今回の件、建設費と土地の買収費用、それに助成金までは出すが、観光開発に出す金の予定は無いからね。それだけは覚えておくように」

「あー、分かりました。じゃあ、そこは何とかうまいことやりますんで」

「しっかり頼んだよ。君には色々な意味で期待しているんだからね」


 緒方健成は、政府が送り込んだ六名の地質調査体のリーダーだ。彼らは瓢箪湖の畔に建てたバラックにこもり、湖の水質や地質・地層、活断層などの調査を行っていて、既に一か月が経過しようとしていた。

「緒方博士、もう随分調査しましたが、やはり活断層や噴火活動の形跡なんてものはありませんね。やはりこれ、カルデラじゃないんじゃないですかね」

「そうだな、我々の仕事は、ここに活断層があるかどうか、噴火や地震の危険性があるかどうか、そのお墨付きを政府に渡すことだけだ。だから、そういう意味では、この結果でも十分であるということになるがね」緒方が言った。

「しかし、科学者としては、この湖の形状は気になるところです。やはり隕石によってできたクレーターという線も調査した方が良いのではないでしょうかね」

「そうだな。やはり、科学者としては興味をそそられるおいしい場所だよな。よし、じゃあ政府には内緒ということで、湖底の地質の隕石性物質の調査をやってみるか」

「そう来なくっちゃ」

結局のところ、彼らは皆、地質オタクなのだ。

「さーてと、二つの大きな円と一つの小さな円。これらの関係性はどうなってるんですかねー」

 すると、ちょうどそこに訪問客があった。大河原だ。

「調査の方はどうですか?」

「ああ、ちょうど今、暫定的ではありますが、結論が出たところです」緒方が答える。

「で、どうだったの?」

「やはり、この湖はカルデラ湖ではありませんでした。今まで噴火の形跡は見当たりませんでしたし、火山性噴火物もありませんでした」

「そう。じゃ、そう総理の方にも報告して良いんだね」

「はい、それは大丈夫だと思います。ただ、まだ若干調査事項が残っていますので、我々はもう少し、引き続いて調査したいと思っているところです」

「うん、分かったよ。じゃ、引き続き頑張ってね」


 笑子は、その日の夕方、大河原を案内したことを夕飯の席で須磨子に告げた。

「おばあちゃん、今日ねえ、責任者の大河原さんが観光課に来たんだよ。島を案内して欲しいって。そしたらさあ、大河原さん、この島がいたく気に入ってるみたいで、ゆくゆくは住みたいとか言ってくれてるんだよ。島の観光にもお金を出してくれるって」笑子はうきうきしながら言ったが、しかし、須磨子の反応はそっけないものだった。

「笑子、おばあちゃんね、あの大河原って人はあまり好きになれそうにないね。何か良からぬものをもたらしそうな気がするよ」

 それは、須磨子にしてみれば、最大限に抑制した表現だった。本当は、須磨子はむしずがはしるほど彼のことを嫌悪していたのだ。

「ええ! おばあちゃんまでそんなこと言うの」がっかりした様子の笑子。

 須磨子は黙ったままだった。


 大河原は、湖の調査結果を矢島に報告していた。

「総理、喜んでください。湖の調査結果が出ました。あれはやはりカルデラ湖ではなかったそうです」

「そうか、そうか! じゃあ施設の建設について、外野からとやかく言われるすじあいは無いな」

「はい」

「うん。それと、土地の買収について、候補地を上げて、もうとっとと買収工作に入ってくれたまえ。買収に入る開発業者と建設業者は、こちらで準備してそっちに向かわせるから。入札はまだだが、どちらにしても、もう決めてあるしな」

「承知いたしました。では、さっそく二回目の島民への説明回をすすめさせていただきます」

「住民説明会で、とりたててもめるようなことが無いようなら、内閣府として国民に正式に発表するから」

「あ、その件ですけど、どこから聞きつけたかは分かりませんけど、既に二、三社のメディアが島に入ってきてます」

「えー! そうなのか。奴ら一体どこからこの話を知ったんだ。あ、それとね、大河原君。調査隊の方はもう要が済んだはずだから、とっとと引き上げさせなさい。いつまでもその島に居座らせる予算は無いからね」

「はい、分かりました」


 数日後、土地開発業者と金融業者、それに建設業者が島に上陸してきた。

 この間、大河原は仕事のかたわら、笑子を目当てに観光課に足しげく通うようになっていた。笑子の方もそれに快く付き合い、互いの夢を語るようになっていた。と、同時に笑子と真理亜たちの仲も親密さを増していった。笑子にとって、彼らは、生まれて初めて出会った島の外から来た人たちであり、彼女の知らない感覚と情報をもたらしてくれる人々であり、大河原も真太も真理亜も新鮮な存在に思えたのであった。だが、修二だけは違っていた。彼にとって大河原たちは、自分の平穏、および自分と笑子の心地よい関係を破壊しに外部からやって来た人たちに他ならなかったのだから。


 湖の調査隊は本土には帰らず、依然として瓢箪湖周辺の調査を行っていた。

「やはり、隕石によるクレーターの可能性が高いな」緒方が言った。

「予想通りでしたね。しかも、同じような大きなのものが、二つ同時にここに追突した可能性がある」

「これ、何だと思います? 見たことも無いような物質ですけど」

「うん、鉱物の分子ではないな。もしかすると有機物かも」

「えっ! 隕石の痕跡から有機物って。それって大発見じゃないですか」

「地球上では見たことの無い形状の有機物かもしれん。いずれにせよ、核酸とかウイルスレベルのものだがね。そうだ、大学の同期で、現在はその道の専門がいてね、山根ってやつで、ちょっと変わった科学者だが、そいつに画像と資料を送ってみることにしよう」

「変わった科学者って、マッド・サイエンティスト的な人ですか?」心配そうに部下が聞く。

「いや、そこまでじゃないよ。ちょっとテンションが高めな人間てだけさ」


 そして、二回目の説明会が行われた。

「みなさん、こんにちはー。司会進行を務めさせていただいております、おなじみの飯島真太です。今回は、ジャーナリストの皆さんに叱られないよう、真面目にやっていきたいと思いまーす」

 会場からほのかな笑いが起こるが、真理亜だけはムッとしていた。

「今日は、まず湖の調査結果の報告からです。報告していただくのは、瓢箪湖の水質・地質などの調査をやっていただきました地質学者の緒方健成博士です。では、緒方博士、よろしくお願いいたします」

「ええ、緒方健成と申します。私たちは、ここ一か月ほどかけて瓢箪湖周辺の地質調査を行ってきました。その結果、この地域に火山性の物質および地層が見られないこと、また、地下にも活断層らしきものが発見されなかったことから、この島は火山島ではなく、単純にプレートの上に乗っている近くの隆起地帯であるとの結論にいたりました。また、この島の中心にある湖、つまり瓢箪湖ですが、これはカルデラ湖ではないとの結論になりました。火山島でないところ、溶岩の流出の見られないところにカルデラは存在しませんので」

「ただ、ではなぜあの湖はあんな丸い形状をしているのか。我々科学者としては、ここに興味があるところではあるのですが……」

 緒方から湖の調査結果が報告され、大河原からは重ねて安全性が強調された。さらに今回は、建設地の候補地と土地の買収にかかわる段取りおよび開発会社の紹介、建設会社の紹介と建設のスケジュールまでもが、矢継ぎ早に行われた。しかし、今回は観光開発の話は一切なかった。話はどんどん進められていく、島民は狐につままれたような感じだった。しかし、彼らの顔が怒りの表情に変化することはなかった。島民たちは、常にうすら笑っていたからだ。

「建設地の候補地なんですが……。二つの場所が候補に挙がっています。一つはこの東側の海岸。そして、もう一つが島の中央部にある湖の横にある原生林地帯です」進行役の真太が説明する。「原生林だと土地の所有者もおられないみたいですし、住民もいないので一番良いのではないかと」

と、そのとき須磨子が大きな声で説明をさえぎった。

「あそこだけは絶対にだめだ! そこは御神乱様の土地だ」

「……えっ、えっ……」説明を急にさえぎられて戸惑う真太。

 見ると島民たちも須磨子の発言に首を縦にふってうなずいている。

「あっ、あ、そうなんですね……。では、もう建設の候補地は、この東側の海岸しかないということで決定、ということでよろしいですね」

「あー、びっくりした。全く御神乱様って何なんだよ。知らねえよー」真太がつぶやいた。

「次に、建設スケジュールについての説明です」

 説明会は粛々と進められていった。今回は、笑子も修二も大人しく説明を聞いているだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る