第3話

 そして、高エネルギー放射性物質廃棄施設建設のための住民説明会が開かれた。

「私、司会進行を務めさせていただきます内閣広報部報道官の飯島真太と申します。こう見えましても柔道五段に空手四段。もちろん、英語の通訳もこなせます。あ、ただ、ハードな方言は通訳できませんが……。はは」少し軽いノリの三十代そこそこ男だ。

「何だか軽い感じのいけ好かないやつね」真理亜がこそこそと隣の後藤に耳打ちする。

「まずは計画の概要につきまして、住民の皆様に説明させていただきます」大河原の説明が始まった。

 大河原の風貌は、島では見かけないようなちょっといい男だ。

「この男はどうです。なかなかイケメンなんじゃ」後藤が真理亜に言う。

「こいつはもっとだめよ。表面ばかり取り繕ってる奴なんて、ろくな奴はいないわ」

「皆さん、こんにちは。このプロジェクトの責任者の大河原弘と申します。今後、島民の皆様とは深くかかわって仲良くしていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」

「まずは、この計画の概要ですが……」

 大河原は、施設の安全性、島の今後のメリット、環境を保護し観光産業を振興するための資金を融資することなどを言葉巧みに吹聴し、島民たちを説き伏せようとした。

「……ですので、使用済みの放射性廃棄物を頑丈で安定した物質のガラスで、こうがっしりと固めまして、さらにそれが入った容器を地中の深―いところに埋めるということなんです。別に、ここで原子力発電所を稼働させようとかではないのです。実に安全な施設なんです。ご理解いただけましたでしょうか?」

 島民は、笑顔でうなずきながら聞いている。

 ひとしきり、大河原の説明が続いた後、質疑に入った。

「それでは、質疑の時間に入りたいと思います。質問のある方は挙手をし、お名前を言った後に発言してもらえればと思います」飯島が会を進行していく。

「その、放射性何とかっていうのは、本当に私たちの身体に害はないんでしょうか? 本当に安全が保障されるのでしょうか?」ある島民が聞いた。

「放射性物質は、完全に密閉した上、放射性元素の崩壊が終わるまで、地下深くに分厚いコンクリートで閉じ込められた状態で埋められます。ですから、人体や環境に影響の出ることは全くありません」政府の職員が答えた。

「そんなに安全ならば、この島でなくても良いでしょう。土地さえあれば東京のどこかだって良いわけでしょう」別の島民が切り返す。

 苦虫をすりつぶしたような表情になる大河原。

「本土は、どこをとっても大きな地震や津波が起きる可能性が高いのです。プレートの境界や活断層が多く走っているからです。それに比べると、ここは今まで一度も地震の起きていない土地であり、日本海溝とも遠い。唯一疑わしいのが、この島の中央にあるカルデラ湖です。しかし、この島には火山らしき山が無い。この点につきましては、もっか調査団を送り、調査している最中なのです」専門用語をちりばめて知的な回答にしているが、とてもぼやかした答えだ。

 また、別の島民が質問した。

「地震や津波は無いとして、この島には、台風は来ますよ。それについての安全性はどうなんでしょうか?」再び前の職員が回答する。

「先ほども申しましたように、放射性物質は地下深くに埋めますので、そこに活断層が無い限り大丈夫です。台風は地下を通りませんから、もちろん大丈夫ですよ」会場にほのかに笑い声がおこった。

「この島は美しい南の島です。ここの自然が損なわれるようなことはないんでしょうか?」笑子が発言した。「あっ、観光課の三島笑子と言います。ここの資源が破壊されたら重要な観光資源が損なわれることにもなりかねません。そうなれば、島の観光産業にも大きな痛手となりますが。私たちは、もっと多くの人たちにこの島に来ていただいて、この島の良さを知ってもらいたいのです。ですから、島に人が、観光客が入って来なくなるようなことにでもなると困るのです」

 実は、笑子もこの計画には一抹の不安を感じていたのだ。

 修二はその隣で黙っている。

「ほら、あんたも何か言いなさいよ」笑子が修二にけしかけるが、修二は身じろぎひとつしない。

 いくつかの質疑応答が続いた。住民は口々に不安を口にするのだが、しかし、なぜか皆一様に笑顔であった。そんな雰囲気なので、はたして島民は賛同しているのか受け入れているのか、はたまた反対なのは釈然としないまま会は進行していった。

「思ったよりもいけるんじゃないですか。ほら、みんな結構笑顔だ。怒っている顔が一つもない」資源エネルギーの役人たちがささやいていた。

「そもそも島の観光産業ったって、観光産業らしきものなんて何も無いじゃないか」役人たちが会場の隅の方でくすくす笑っていた。

 大河原がこれらに答えて言う。

「みなさん、今回この島に訪問させていただいているメンバーをご覧ください。通産省の官僚に内閣府の報道官の方々です。我々日本国がいかにこのプロジェクトに力を入れているかお分かりでしょうか。。もちろん、島民の皆様には一律補助金を出させていただきます。我々は、今回この施設を建設するにあたり、単に土地を誘致していただける方々にお金を差し上げるだけではないのです。この美しい島を、そう、私も初めて大戸島に参りましたが、日本にまだこんなに美しい島があったのかと思いました。いや、今まで知らなかったことが恥ずかしい」

 これを聞いていた笑子の顔がぱっと明るくなった。そして大河原は続けた。

「つきましては、もっと大戸島のすばらしさを知っていただくために、大戸島の観光開発および観光産業への助成金の交付も視野に入れているのです」

「おいおい。大丈夫なのかよ。そんな話、俺たちゃ聴いてないぜ」役人たちがささやく。

「一つだけ良いですかな」手を上げたのは須磨子だった。

「三島須磨子と申します。あんた方は島のカルデラ湖を調べとるようだが」

「そうです。あれこそが、島が安全であるかどうかの答えになるための調査なのですから」

「もう一つだけ、念を押しておきたいのだが」

「はい、何でしょうか」

「あの湖の畔にある神社には、外部のもんは絶対に立ち入らないこと。これだけは守ってくだされ」

「はい。分かりました。そのことは、調査チームにも念を押しておきますので」大河原が確約した。

「誰? 威厳のありそうなおばあさんね」真理亜がつぶやく。

「三島須磨子。もとは、今言ってた神社の巫女だったらしくて、大戸島の長老です。島のみんなはおばばさまって呼んで頼りにしているらしいっすよ」後藤が答えた。

「あんた、一体いつそれだけのこと調べたの!」真理亜が驚いた。

「ほら、さっき熱演ぶってた観光課の女の子ですけど、彼女、今のばあさんの孫らしいっす」

 あきれた顔の真理亜。


 翌日の朝、役場の職員が出社したときには、既に笑子の姿は無かった。

「三島君は、今日は休みなのか?」観光課の課長が職員に聞いた。

 すると女性職員が答えた。

「笑子なら、早くからとっくに記者やら何やらを連れて観光案内に行ってますよ」

「何だって!」課長があきれた様子で言った。

「これも仕事だし、大戸島を売り込むまたとないチャンスだって張り切ってましたよ」

「全くあきれたやつだなぁ」と課長がこぼした。

 そう。笑子はここぞとばかりに頑張っていた。政府の役人やらジャーナリストたちに、島のあちこちを見せて案内していたのだ。もちろん、修二を後に従えて。

「ここが象ケ鼻の丘。南方の植物が自生しているところです」

「ここがヤシの浜辺。夜になるとヤシガニがやってきます」

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