第2話

 ここは、東京にある国会議事堂。今は内閣による閣議の最中である。

「では、次の案件ですが、例の高エネルギー放射性物質廃棄施設の予定地についてです。経済産業大臣、説明をお願いします」

「はい、エネルギー庁が最近行った大戸島周辺での海底調査の結果ですが、この付近にはこれといった海底火山およびプレートの大きな変動も見られないとのことでした」資源エネルギー長官が報告した。

 大戸島には、数年前から政府内で高エネルギー放射性物質廃棄施設を建設する計画が持ち上がっていたのだ。

「しかし、あの島には大きなカルデラ湖があるじゃないか。それは、あの島が火山島である証拠じゃないのかね。そんな島に核廃棄施設など作ったら大変なことになるのじゃないかね」別の大臣が疑問を呈する。

「そのことなんですが、あの島の地質および過去の噴火の記録を調べましても、あの島が過去に噴火したという記録も火山性の堆積物が堆積した地層も見られなかったのです」資源エネルギー長官が答える。

「じゃあ、なぜあそこにあんな立派なカルデラがぽっかり空いているんだね?」

「これは私の憶測の範囲を超えるものではないのですが、考えられるのは、あのカルデラ湖は火山性のものではなく、隕石の衝突等でできたものなのではないかと」

「それは、君の憶測だろ」

「そうです。なので、そのことをはっきりとさせるためにも、一度あの湖をちゃんと調べ上げる必要があるのではと思います」

 幾度かのやりとりの後、矢島総理が話に割って入った。

「よし、では調査団を送り込もう。いずれにせよ、本土から遠く離れた島であり、大した観光地にもなっていず、政府としては、これほど好都合な立地条件はないのだ」

 矢島泰三は日本国の総理大臣であり、同時に民自党総裁である。彼は高エネルギー放射性物質廃棄施設、すなわち「核燃料廃棄施設」の国内建設を推し進めようとしていた。そこに建設業界が群がってくる。彼は元来が建設族の議員なのである。

 数か月前、矢島と秘書の大河原弘は、都内の料亭で建設業者・不動産売買業者と密会していた。本土での誘致が難しいので、利便性の良い、島に建設してはどうかという話になった。そこで白羽の矢が当たったのが大戸島だった。

「国民への発表はどうします? 総理」

「カルデラ湖の調査が終了して安全性がお墨付きになり、住民の了解も得られたところで正式な発表といこうじゃないか。ま、本土の人間で反対するやつはいないと思うがね」矢島はすこし笑いながらそう言った。

「しかし、住民には早くから根回しをしておく必要はあるな」


 赤坂にある料亭。矢島に呼び出されたのは、矢島の秘書の大河原だった。

 矢島はこの日、大河原にとある指令が出すために彼を呼び出したのだった。

「実は、今回の調査団だがね。君には一時的に私の秘書という役目を降りてもらい、調査チームの責任者を買って出てもらいたいんだよ」矢島が切り出す。「調査チームと言っても、調査をするだけじゃないよ。住民への事前説明と懐柔とか世論操作とかも全部ひっくるめて君の仕事だ」

 すると、少し困惑気味の大河原が答えた。

「そうなると、しばらくは東京を離れて向こうで暮らすことになりそうですね」

「そうだ。しかし、これがうまくいった暁には、君は資源エネルギー長官への道が開かれている。そのあとは通産大臣、そして、いずれは私の後継として総理の椅子も狙える道が開けることにもなる……、という可能性もある、……ということだ。どうだ、悪い話じゃないと思うがね」

 大河原は頭の中で何かを少し整理し、構築し直した様子だったが、

「分かりました。総理のお役に立てるよう、誠心誠意頑張らせていただきます」と言った。

「よし! それじゃこの話はこれで終わりだ。ときに大河原君。君はまだ独り身だったね」

「はあ、そうですが……」


 中島真理亜は、神保町にある東西新聞社の記者である。歯に衣を着せぬ言い方をする、三十歳を過ぎたジャーナリストだ。彼女が働いているフロアは、十階建ての社屋の八階にあった。

 その日の朝、出社した真理亜はデスクから呼ばれた。

「中島君、政府が前々から国内に作ろうとしていた高エネルギー放射性物質廃棄施設な、あれ、小笠原諸島の東の外れにある大戸島ってところに作る計画があるそうだ」

「大戸、島……です、か?」

「ああ、そうだ。昨夜信頼できる筋からのタレこみがあってな。近く政府の調査団がこの島に乗り込むらしい。長期滞在らしいんだ。それで、うちもこの島に取材しようと思ってるんだが、どうだ、一つ行ってみてくれないかなー」

「ぜひ、ぜひ! ぜひ、お願いします。大戸島、前から一度行ってみたいと思ってたんです!」

「ええ! そうなの。そんなに有名な島だっけ?」

「あ、いえ、私にとっては、とーっても興味深い島なんです」

「そうなの。じゃ、カメラマンの後藤もつけるから、なるべく早く現地に行けるように準備しといてね」

「了解です」

「あーっと、それから、向こうにはリゾートホテル何て高級なものは無いみたいだからね。民宿だよ」

「大丈夫でーす」


「飯島報道官、首相から招集がかかっております。すぐに官邸の方に行って下さい」

飯島真太(しんた)は内閣府の報道官である。仕事場は首相官邸のすぐそばだ。

「ええー、首相が直々にですか? こんな平べったい、ペーペーの役職の私に?」

「はい。理由は分かりませんが、選別されておられます」

「選別? 一体何に?」

 真太が官邸に向かうと、各方面から招集された国家公務員たちが既にいた。しばらくすると、そこに大河原弘なる男が現れて、ことの次第を説明し始めた。

「ここにお集まりの皆さんは、今回、政府が建設を目指しております高エネルギー放射性物質廃棄施設の現地住民への説明および土地の買収の為に、ともに行っていただくことになった方々です」

 会場がざわついた。

「出発は来週の金曜日。集合場所と時間は……」

 細かな計画の説明がはじまった。そして、概略の説明が終わると、真太は大河原のところに言って聞いた。

「あのう、私は内閣府の報道官の飯島真太と申しますが、一体、私の役目は何なんですか? なんで私が選ばれたんでしょうか?」

「ああ、君の仕事は、主に住民への説明会での司会だって聞いてるよ。だって、君は政府の広報なんだろ。政府の意図をきちんと説明して伝えてあげるのが君の仕事だろ。それに君は独身で一人暮らしだ。長期滞在も大丈夫だろ?」

「……はあ」

「矢島首相が言ってたよ。広報部には、帰国子女で明るい、司会者にうってつけの男がいるってね。期待してるよ」そう言うと、大河原は、ポンと真太の肩を叩いた。


 村長が須磨子の家を訪問してから一か月ほど経ったある日のこと、政府の調査団が大戸島に乗り込んできた。大戸島のではめったにお目にかかれないような大きな船がサンゴ礁の沖合に停泊した。この大きな船は調査団や役人の宿泊施設も兼ねていた。大戸島には彼らを止めるような大規模な宿泊施設が無かったからだ。その政府が送り込んできた団体の中に、リーダーとして大河原の姿があった。

 また、どこから情報をかぎつけたのか、新聞社も数社乗り込んできた。彼らは島の民宿に泊まっていた。その中の一社、東西新聞社の記者として中島真理亜がいた。東西新聞社には、もう一人カメラマンの後藤元樹が同行していた。ヘリコプターから降りた二人は、民宿に荷物を降ろして一息ついた後、島をぶらぶらと散策してまわった。島のあちこちで目にする「御神乱」という文字、それが道しるべとか地図とか色々に書かれていた。

「真理亜さん。これって何て呼ぶんでしょうね。『おんかみらん?』『みかみらん?』」後藤が真理亜に問うてみる。

「読めないわよね。何て読むのかしらね」真理亜が言った。

 政府が送り込んだカルデラ湖調査チームのリーダーは、地質学者の緒方健成だ。彼らは、到着すると早々にカルデラ湖の畔にバラックの小屋を建てて、そこに調査機材を搬入し始めた。調査チームはここに寝泊まりするつもりなのだ。

 そんなこんなで、大戸島には、いきなり多くの人々がやって来た。しかし、島の人々はこれらの出来事について目を丸くして見守るしかなかった。笑子はと言えば、大戸島をアピールできる最大のチャンスとばかりにわくわくしていた。

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