友達を作るオマジナイ

まじかの

友達を作るオマジナイ

ついに僕が最後の一人になった。




「明日にはできるかもな」


クラスの担任の先生は、僕を慰めるようにそう朗らかな顔で言ったが、それは気休めであると僕は解っていた。

大人はいざと言う時に自分が困らないように、その場凌ぎの虚言を吐く。

それは小学5年生の僕でも知っていた。テレビで齧った知識であったが。



僕のいる学校は実業校だ。


小学校であるが、卒業後は学問より、実業、つまり『魔法』寄りの進路が定められている。

もちろん、ここに通う生徒はそのつもりで此処にいるし、親御は入学当初から、その勘定で子息を通わせている。


だからこの学校では、魔法の実力が全てである。

学問の成績など、二の次だ。

言ってしまえば、魔法が使えるのは、この学校では生活する上での必要不可欠な最低ラインだ。

魔法が使えない者は劣等生のレッテルを張られる。もちろん、そう言ったウワサは表では禁止されているが、暗躍する。それは、教師の間でも同様だ。



僕は、クラスで唯一、まだ魔法を覚醒していなかった。



今日の魔法測定、これは才育の授業で行われるものだが、僕以外はもう、その測定を終え、皆、自分の魔法を鍛えるべく、教師の実技講習を聞いていた。

僕はまだ、その講習を受ける資格はなかった。

今日の測定でも僕の魔法値は、『0』を記録した。


今日の才育も僕は三角座りをして、過ごした。

皆の実技を見る気にはなれず、体育館の床の木目を数えて時間を潰した。



僕の両親は、実力がある魔法使いで、魔法省に勤めている。

実績もあり、もはや外勤はなく、本部において内勤をしているような二人だ。

だから両親は、常日頃、僕に魔法の力が覚醒しないことをおかしいと繰り返していた。


両親は僕に魔法の力が目覚めていないことを怒らなかった。

しかし、僕が帰宅してから、毎日のように、親に魔法の使い方を頭に入れさせられた。

毎日毎日、両親は、オウム返しのように反復して同じ事を繰り返した。

「できるはずだ。やりなさい」この無限ループ。


そんな日が5年生になってから3か月も経過した時、

僕は魔法が嫌いになっていた。


そして、そんな自分のことも同様に嫌悪するようになっていた。

自分のことだけじゃなかった。学校も、何もかも嫌になっていた。


学校でも、影の噂が表に出てきていた。

「まだ使えないのかよ」

クラスの男子や、女子でさえも僕にそう言った。

才育の授業で僕が座っているのを、みんなは指さして嘲笑する。



ある雨の日、自宅へ帰った僕は窓の外の雨を見ていた。

まるで僕の心の中をそのまま魔法にしたような土砂降りの雨だった。




「魔法も、自分も、なくなっちまえばいいんだ。

ああ、

魔法がない世界で、生れ変わりたいな」




魔法がない世界で楽しく暮らす自分を想像しながら、

僕は床に就いた。

妄想でしかなかったが、魔法がない世界は、とても美しく、楽しく思えた。


残酷なことに、翌日も、僕は魔法のある世界で目を覚ました。

この日、学校に行くと、教師はまず、「転校生を紹介する」と言った。



ホームルームで、教師が言った転校生がのそのそと教室へ入ってきた。

少し青みがかった短い髪の、女の子だった。

女の子は、初めて入る教室だろうに、緊張もなく、毅然とした表情で遠くを見つけているように僕には見えた。


その女の子は、教師が「名前をみんなに教えてあげてね」と言うと、



「天内 サナです。よろしくね」



とにっこりとして表情で言った。

僕はそれを見て、僕のような雨男とは真逆の人間だな、とぼんやりと眺めていた。

どちらにせよ、魔法が使えない僕のような人間と関わる人間ではないだろう、と僕はすぐに窓の外へ視線を外した。




ところが、2日目の才育の授業で、とんでもないことが判明した。


サナは僕と一緒に魔法測定を受けていたのだ。

つまり、サナは魔法がまだ、使えないのだ。



「魔法、よくわかんない。

でもあたし、使えなくても元気だから」


僕と一緒に三角座りをするサナは、僕と話をしていた。

気落ちする僕とは裏腹に、サナは元気に、そう話した。


僕は、魔法が使えない同士だということをどこか嬉しく思ってしまっている自分がいて、ただその自分に胸糞が悪いところも感じていた。


そして、魔法が使えないというのに、サナはひたすら明るく、魔法の講習を遠くから楽しそうに見ていた。

僕は「やはり僕とは真逆の人だな」とサナを見て、思った。




5日もすると、軽い虐めの対象が、僕だけではなく、サナも含まれるようになってしまった。

皆、転校生だからと初日はサナをワイワイ囲ったが、翌日に魔法が使えないことが分かると、そのよくある遺風は過去のものとなった。


そして、僕とサナはよく、放課後に二人で遊ぶようになった。

学校の裏手にある山、そこが僕達の秘密の密会場所になった。


放課後になると、サナは僕の手を引いて、

「シュウ、ほら早くいくよ」

と山へ続く階段をぴょんぴょんと、踊るように登った。


僕もよろめきながら、それに続いた。

自分の顔に、ここ最近なかった陽気さが戻るのを自覚していた。



「魔法が使えなくても、生きていけるよ」



僕はサナにそう語った。

その時、サナはやはり魔法が使えないのが悔しい、と空に向かって魔法の詠唱をしたり、目を閉じて神経を集中したりしていた。

僕はと言うと、それをただ、眺めるだけであった。


「そうだけど、使えた方が楽しいじゃない」



サナは見ているだけの僕に、そう言いながら手招きした。

何となく一緒にやろう、とそう仄めかしてきたのを僕は、嫌々ながら、それに従った。


魔法が嫌いだという気持ちが少し薄れたのを僕は感じていた。


それは、サナは魔法が好きだからだ。

彼女はそれを口に出して言わなかったが、彼女が魔法を見ている時の目はとても輝いていた。

僕が見ていたのは、魔法ではなく、彼女だった。

相変わらず、魔法なんか使えなくてもいいとは思っていた。

だが、魔法を身近に感じるようにはなっていた。




サナとは、毎日のように山に行った。

それほど真新しいことをして遊んだわけではなかったが、僕は友達ができたというだけで嬉しかった。


「あたし、毎日、ここにいるから」


サナは相変わらず出ない魔法練習をしつつ、そう僕に言った。

僕は、サナは熱心だな、と言って、一人、どんぐりを集めていた。




僕はもう毎日がつまらないとは感じなくなっていた。

魔法使えない同士の友達ができたからだ。


学校の魔法講義も、僕にはどうでも良かったが、学校のこともそう嫌いではなくなっていた。

僕がサナと遊ぶようになってから、クラスのメンバーも飽きたのか、僕達を悪く言わなくなっていた。

両親も、以前のように、僕に強く指導することもやめていた。




またある大雨の日、

僕達は早めに学校から家に帰された。


「雨にともなって、山にアマイグマが出現したという話があります。

みんな、今日は午後には帰宅となりますので、絶対に家を出ないでくださいね」


教師は、朝一番のホームルームでそう、言った。

それを聞いて、クラスのみんなはやったーと喜んだが、僕は一人、沈んでいた。

放課後、山で遊べなくなったからだ。


ちら、とサナを見ると、僕と同じでぶー垂れた顔をしていた。

何となく、僕はそれを見て嬉しくなった。




午後1時。


僕は家に帰ってきてもやりたいことはなく、ベッドの上で横になり、

窓越しに照り付ける白い線をぼう、っと見ていた。

いつもそうだが、宿題をやる気にもならなかった。


とくにやりたいこともない僕の頭の中は無音だったが、

ふと、先日言われた、あることを思い出していた。



『あたし、毎日、ここにいるから』



それを思い出した僕は、急に胸の奥がもやもやっとするのを感じた。

まさか、今日もあそこにいるわけじゃないよな?


僕はそう思ったが、理性のある自分がそれを否定した。

いや、いるはずがない。教師も外に出るなと言っていた。

サナは明るく、あまり深く考えないやつだが、そんなにバカじゃない。


いるはずがない。

いるはずがない。


そう頭の中で連呼する僕だったが、

もやもやはどんどん、雪だるまのように大きな塊となっていく。



5秒後には、僕は部屋を出て、傘を差していた。



スニーカーに泥が大きく付着するのを分かっていたが、

僕は走った。

あまり運動が得意でもなかったので、息がすぐにはあはあと言う音に変わった。



いなければ、いいんだ。

そうなれば、これはただの運動だ。


きっとそうなるに違いない。


僕は僕を制しつつ、走った。




学校裏手、山の麓まで来ると、僕は傘を捨てた。

そこから階段をダッシュで登る。


脇腹が痛くなって、右手で抑える。

しかし、足を止める気にはなれなかった。




いつもの山の広場へ着くと、僕は見たくないものを見ていた。


嫌な予感が当たるように、そこにはサナがいた。

サナは尻もちをついていて、何かを見ていた。



僕とサナの目線先には、アマイグマがいた。

体長は4mはあろうかという、巨大な化け物だった。

口から白い息をハーハーと吐いて、熊は、サナを見下ろしていた。


僕はあと5秒遅かったら、どうなっていただろうと思った。




「サナ、こっちへこい!」



僕はサナを呼んだが、サナは目に恐怖の色を映しつつ、僕の方を見た。

顔も手も震えていた。


サナは顔を横にふるふると振った。

腰が抜けて、立てないのだということを僕はすぐに理解した。



熊がのったりと、サナに近づいていく。

サナはそれを受け入れるかのように、震えたまま、動かない。



(だめだ、やめろ)



僕は心の中で祈ったが、もちろん、その行為は徒労に終わった。

僕がもし、サナの前に走って出ても、僕もサナもただ、死ぬだけであることは預言者の僕ではなくても分かった。



熊がサナまで2mというところまで近づくと、熊は駆け出そうと足に力を入れた。

僕はそれを見ると、反射的に右手を前に出していた。



「やめろぉ」




その時、とてつもなく、明るい光が、広場を照らした。

その光はすぐに去ったが、

熊は次の瞬間、走り出すことはなかった。




熊のその巨体には、直径5mはあろうかという巨大なツララが頭から生え、尻に抜けていた。




何が起きたのか分からない僕はそのまま熊を見つめていた。

息からは、はあはあ、と声が漏れ、心臓のとくんとくんという音、

そして身体を駆け巡る魔素の力を初めて、感じていた。



震えていたサナは熊を見ると、

すくっと何事もなかったかのように立ち、熊の方へ左手を伸ばした。


僕はサナが何をするのかと思い、そちらに目を配ったが、

一瞬の後、熊は霧になって、じわじわと消えていく。



「サナ、何を」



再び熊の方を見ながら、僕はつぶやいた。

何が起こっているのか分からなかった。




「もう、大丈夫だね」




僕の視線の外で、サナの声がした。

それはサナがいた場所でもなかった。

どちらかというと、空から聞こえた気がした。


僕が、はっとサナの方を見ると、そこにはもう誰もいなかった。


そこにあるのは、土砂降りの雨だけだった。





翌日、晴れない天気のまま、僕は学校へ行った。


サナのいた席は、なくなっていた。


動揺した僕は、周りの生徒に「サナはどこへ行った?」と聞いて回ったが、

皆一様に、サナってだれ?というような返事で統一されていた。

それは、教師も同じだった。

教師には、帰宅を促されたが、僕はすいません、夢と勘違いしました、と嘘をついた。




その日の才育で、僕は魔法測定の値を記録した。


値は『125』だった。

クラスで今のところ、一番高い数値は、『46』だった。

教師は、最初、機械の不具合ではないかと疑ったほどだ。



そして、その後行った実技において、

僕はいきなり直径5mの水球を作った。


クラスからは驚きの声が上がった。


「いや、ほんとに、よかったよ」

教師は僕に明るい顔で、そう言った。


僕は自分の顔色が分からなかったが、

けして明るいものではなかったことを知っていた。



唐突に、僕の目からは、水球が生まれた。

大量の水球は、僕の意志に反して、ただただ、流れて落ちた。


教師はいきなり泣き出した僕を心配したが、

それほど嬉しかったのか、と勝手に納得した様子だった。




僕は水を出しつつ、心の中で叫んでいた。




「魔法なんか、嫌いだ。


魔法なんかいらないから、返してくれ」




僕の声はどこにも届かなかった。

ただただ、僕は無言で涙を流した。



僕の作った水球は屋内のライトがあたり、その影は

ゆらゆらと蜃気楼のように揺れた。


その影はまるで踊る少女のように僕の影の手を握っていた。




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