11・ひとりぼっち


 結局、わたしは火種役となることになった。

 家に帰りたかったけど、状況が許してくれなかった、なんて言い訳かな。

 仕方がないことだとわかってても胸が苦しい。

 三歳から、たった六年と半年だけど母は確かにわたしのお母さんだったのだ。その彼女の最期の時にそばにいれないのは、凄くつらい。

 それでも選択したからには全うしなきゃならない。それが、魔法を使えるようになった者の定めだから。


「それでは、今から森の調査に参ります」

『おぅ』


 村の男たちの声が揃う。

 あの後、急いで村中を確認したところ、魔力病で倒れたのは母と村長を含めて合計で五人。その中にはラーラもいた。

 年齢なんて関係なく、魔力の抵抗力で決まるんだと改めて実感して泣きそうになった。

 わたしはおじ様に手を繋がれて、森の中を進んでく村の男たちについて行く。

 浅いところだけなら入ったことのあるこの森が、今はどんよりと暗い怖い場所に見えた。


「大丈夫ですよ、大丈夫」


 そうわたしを励ましながらも、おじ様は瘴気を撒き散らす死骸の魔力を探す。わたしにはまだできないけれど、魔力感知を外に向けたものらしい。

 そうして探し歩くこと一時間、森の奥へと至る一歩手前の少し開いた場所に、それはあった。


「――っひ…!」

「ユオシー、落ち着いて」


 そんな無茶な。

 目の前に在るのは、所々が腐り腐敗臭を撒き散らすクマ型の魔獣の死骸だ。

 目玉であった場所から、ドロリと溶けた何かを垂れ流しそこに虫が出入りしてるのを見て目眩がした。

 猟師が狩ってきた首の折られた鳥を見た時もチビりそうなほど怯えたけど、これは怯えるとかそういった次元じゃない。

 惨い。ひとことでいうならそれにつきる。

 すえた臭いを撒き散らすそれは、瘴気はもちろん絶対に良くない細菌を撒き散らしてるだろう。

 あと、シンプルにこんなに村に近い場所にクマ型の魔獣がいた事にも恐怖だ。もしもこいつが生きて村を襲ってきてたら、村人はもれなく全員食われてただろうな。

 わたしが震えていても、淡々と男たちのやることは進んでいく。

 矢に括り付けた油を染み込ませた藁が、どんどんと死骸へと撃ち込まれていく。私の出番は、もうすぐだ。震える心を叱責して、じっとその時を待っているとおじ様が恐らく聖句であろう言葉をつらつらと吐き出し始めた。

 聖の魔法ではないと浄化には至らないけれど、これも多少なり効果があるらしい。

 こうして聖句が唱えられないと、レイスやアンデット、スケルトンとなって徘徊すると昔聞いた。怖い。


「……火を」

「は、はい」


 聖句を唱え終えたおじ様に言われ、矢を構える猟師の親父へと近づく。


「わりぃな、ユオシー」

「ううん……“ファイア”」


 火種の魔法で、矢の先端に巻かれた布へと火を灯す。

 ビュッと風を切って飛んだ矢は、先程撃ち込んだ油の染みた藁へと刺さり、じわじわと燃えていく。

 それはあっという間に炎となって、死骸を包み込むように燃えていった。


「……さぁ、ユオシー。帰りましょう」

「……うん」


 おじ様から差し出された手を握る。

 ここで死骸が燃え尽きるのを見守るのは、猟師の親父の役目らしい。

 わたしはおじ様と他の男たちと一緒に村へと戻った。


「ユオシーちゃん、良かった、間に合った…」

「まだいたの」

「僕はもう戻るよ。ソフィアさん、まだ、息あるから」

「わかった」


 ありがとうなんて言ってやらない。そもそも、わたしをここから離す判断をしたのはコイツだから。たとえそれが最善だったとしても、八つ当たりでもしてやらなきゃ気が済まない。

 ディエゴの去った家の中に入り、母の元へと急ぐ。調薬部屋で眠る母は、苦しそうに、私が見た時よりもずっと浅い呼吸をしていた。


「かぁさん、戻ったよ」

「死骸を燃やしてきたよ」

「お薬、まだ全部教えてもらってないよ」

「かぁさん、起きてよ」

「かぁさん、かぁさん」


 気づけば、泣きながら母に縋り付いていて。

 いつの間に夜が来て、いつの間に日が昇ったんだろう。

 朝の、いつもならば母がおはようとわたしを起こしてくれる時間。

 

 母の呼吸は止まった。


 ***



 村の住民の葬儀は粛々と進んだ。

 教会で神父さまに聖句を唱えてもらい、村中のみんなで祈ってから共同墓地へと土葬する。

 この国では、罪人以外は基本的に土葬だ。火葬や水葬は罪人に対して魂となってもこの国の民になることは許さないということなんだとか。

 衛生的にどうなの?とは思うけれどそれがルールならば仕方ない。聖句を唱えてもらえばアンデットだとかにならないらしいし。


「ユオシーちゃん、ちょっといいかな」


 母の墓前でしゃがみこむわたしに、ディエゴが並ぶ。来んな。


「なに」

「うん、改めてなんだけどさ、僕のお嫁さんにならない?」

「かぁさんの墓の前で何言ってるの?ならないよ」

「でも、ラーラも亡くなって、僕の婚約者はまた探すところからだ。それに、ソフィアさんも居ないんだ、子供が一人暮らしなんて無理な話だろう?」

「うるさいっ、嫌なものは嫌っ」


 わたしはディエゴにそう怒鳴ると走っておじ様のいる教会の中へと入る。

 困った。言われてみて改めて認識した。

 わたしとしては一人暮らしと言っても料理もできるしちょっとした薬なら作れるからそれと野菜を交換してもらって、なんて考えてたけど傍から見たら九歳の子供が一人暮らしなんてありえないことだろう。

 そして、母もラーラも村長もいない今、ディエゴを阻むものは無くなったのだ。

 つまりだ、わたしがこれで意気揚々と一人暮らしでもしようものなら、ワンチャンあのロリコンは乗り込んでくる。最悪だ。

 そして村人たちはわたしとディエゴの結婚に賛成してる。

 わたしは魔法を使えるから。たとえ薬を使えずとも、ヒールとキュアを使えると言うだけでこんな田舎の村じゃお姫さま扱いなのだ。

 そんな便利な便利なお姫様を村に縛り付ける為に結婚して欲しいんだ、あともう数日もすれば正式に村長となるディエゴと。

 これはやばい。本格的にやばい。

 母の喪に伏して大人しくしょんぼり過ごすとかできないわ。


「おっ、おじ様ぁぁあ!どうしよう〜〜〜!!」

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