10・流行病
「ソフィアさん!薬、薬をくれないか!」
魔法をかけてもなお目を覚ます様子のない母を見てどうしたらいいのかとパニックになっていると、玄関が激しく叩かれた。
薬師とはいえ、我が家は店を構えている訳ではなく家兼職場みたいになっていて、こうして訪ねてきた相手と薬と金を交換するのだ。帳簿?そんなの付けてるとこみたことないわ。
そんな我が家の玄関が、何度も何度も激しく叩かれている。この声は、ロリコンのディエゴだ。こんな時に聞きたくない不快な声を聞いたと思わず顔をしかめた。
しかし、薬をくれと言われても母はこの通りだし、私はまだ見習いで作れる薬にも限りがある。
一体何を欲してると言うんだ。
わたしは母が冷えないように改めてかけ布を掛けると苛立つ気持ちをぶつけるように玄関へ向かって怒鳴りつけた。
「うるさい!一体なんのようなの!」
「あぁ、ユオシーちゃん!大変なんだ、親父が、親父が」
「悪いけど無理よ」
「そんな意地悪を言わないでくれ、僕が付け回していたから怒ってるのかい?」
自覚あったんかてめぇ。
新情報にイラッとしつつもわたしは淡々と現状を告げる。
「ちがうよ、病人相手にそんなことしない。無理なのは、今かぁさんも倒れてるの。わたしが帰ったら倒れてた。体温が低下していて、意識がないのよ。魔法でもダメだった。むしろ、わたしがかぁさんを見てる間に誰かに神父様を呼んできてほしいくらいよ!」
話してるうちに、改めて現状の不安から涙が込み上げてくる。あぁ嫌だ、こんなロリコンに弱ってるとこなんて見せたくないのに!
ディエゴはわたしの説明を聞いて愕然とすると、真剣な顔をして「父と同じだ」と小さく呟いた。
村の中に同じ症状の奇病が二人?
ぞわりと、嫌な予感が頭をよぎる。
(―――流行病?)
それは不衛生からであったりが前世でもわかっていたが、この世界にはこの世界特有の流行病がある。
それは、発生源が魔物からという、魔力に纏わる病だ。
「ユオシーちゃん、ソフィアさんのことは僕が見てるから、君は今すぐ神父様の元へ行くんだ。魔力病の可能性が高いと伝えてくれ。大丈夫、親父はお袋が見ていてくれてるから、僕はここに居ても問題ない」
「……わかったわ。ただ、他の部屋を覗いたりしたら魔法で燃やし尽くしてやるんだから」
「ははっ、怖いなぁ」
こいつが次期村長で良かったと初めて思った。
こういう時、こうして的確な判断ができるのは大人ゆえなのか、そういう教育を受けたからなのか。
まぁ、だとしてもコイツと結婚は嫌だけどね!ロリコンだし、ラーラ姉さんが可哀想だし!
魔力を足へめぐらせて教会への道を全力で走る。魔力制御の時に習ったのだが、こうして身体のどこかへと集中させることで筋肉が強化されるらしい。所謂身体強化ね。目に集中させればより遠くが見えるし、腕に使えば力持ちに、足に使えば俊足に。
普通の子どもとは全く違う、大人が走るような猛スピードで村の中を駆け抜けて教会へと飛び込んだ。
「しんっ、神父のおじ様!かぁさんを助けて!ついでに村長も!」
「お、おぉっ?ユオシー、どうしたんだい急に?」
ぜぇぜぇと息を切らしながらもおじ様へと助けてと何度も告げると、おじ様はわたしを落ち着かせるように水の入ったコップを差し出してくれる。
こくりと喉を潤し、呼吸を落ち着けてから改めておじ様と向き合う。
「おじ様、改めてご相談させてください。先程、わたしの母ソフィアが家で倒れていました。症状は低体温による意識不明。キュアをかけましたが一度痙攣し以後無反応です。また、薬を求めて訪ねてきたロリコ…ディエゴが言うには、村長も同じ状況だと。ディエゴは魔力病なのでは無いかと言っていました。おじ様はどう思われますか?」
「……なんてことだ…。実際に魔力の流れを見た訳では無いからはっきりとは言えないが、魔力病の可能性が高いでしょう。恐らく、村の外の森のどこかに、魔獣か魔物の死骸があります」
「やっぱり……あの、おじ様、治す、方法は……」
「…………」
一抹の望みをかけた問いかけの答えは、無言だった。
わかってた。だって習ったもん。
魔力病、それは魔物や魔獣などが死にその体内に残った魔力が瘴気となって人の魔力を蝕む病気。これには患う人、患わない人がいて、一説には持ってる魔力の抵抗力の差で違うんじゃないかと言われてる。
この病気に対しての対抗策は、現状ではない。
そう、無いの。だから人は口を揃えて言うの、死の病と。
そしてそれが流行った時に人々がとる対応としての正解は、瘴気を振りまく原因を一刻も早く燃やすこと。
幸い、感染症と違って人から人へは移ることは無い。
そして、この村で魔物を燃やそうとした場合、油と藁を持って死骸へと投げ込み、火矢か魔法で燃やすの二択になる。
ディエゴがわたしをここへ向かわせたのは、わたしが火の魔法を使えるからだろう。とは言ってもわたし、まだ攻撃魔法は習ってないんだけどさ。
それでも火矢へと火を灯したりは役立てる。要は火種役なのだ。
わかってる、わかってるけどしんどいなぁ。
娘としての正しいは、きっと今すぐ母の元へ戻って、せめて死に際にだけでもそばに居ること。
だけど、村の一員として正しいのは、おじ様や村の動ける大人と共に死骸を探しに向かって、火種役になること。
あー、胸が痛い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます