5・マッマ時々、ロリコン


 村の広場で盛大に漏らしてから十日。

 見事わたしは子供たちからはお漏らしっ子とからかわれ、大人たちからは可哀想な子を見る目で接されるようになった。

 今のところ、ラーラは婚約破棄を拒否、現村長もディエゴのロリコン疑惑に婚約破棄は許さないとお叱りしてると噂。

 とはいえ諦めの悪いロリコンは毎日のように村の中で出会えば話しかけてくるし見つめてくるし気持ち悪いったらありゃしない。

 これ、普通の子なら怯えて家に引こもるとか全然あると思う。正直私も引きこもりたかった。

 しかしそれが許されないのが魔法適正を持ち、尚且つ調薬スキルを得てしまったが故の現実。

 そんなわけで、今日は母直々のスキルの使い方指導の日であったりする。


「いい?ユオシー。このギザギザの葉っぱが薬草。これは村にも森にも平原にもどこにでも生えてるわ。これをベースに、ポーションや軟膏…傷薬が出来上がるの。」

「うんっ」


 薬草を片手に説明する母に頷く。

 この辺りは以前に習ったからほとんど復習だ。

 この世界の薬は水薬と軟膏の二種類がある。水薬はファンタジーでお馴染みのポーション。軟膏は、古き良き薬研でゴリゴリして作るやつ。

 怪我には薬草、病気にはキュア草、魔力系にはマジック草を使う。

 ただ、単体でできる訳ではなくて、そこに色々なものを足していく感じなのだ。

 調薬スキルは、その色々足す時に何をどれくらい、というのが感覚的にわかるというもの。

 これがあるのとないのとじゃ、薬の効き目は勿論品質がまるで違くなるんだとか。


「それじゃあ、まずはやってみましょうか。んー、火は危ないから、軟膏ね。必要なものは覚えてる?」

「はぁい。えっと、やくそーと、ナナホシのかべん、あとキリアのはね!」


 キリアとは、現代日本で言うカナブンのような見た目をした虫である。

 日本人の女子高生としての記憶を思い出してから暫くはキリアは勿論大抵の虫に怯えて悲鳴をあげていたわたしだけど、もう慣れた。

 だってここはド田舎、虫なんて年中どこかしらで見かけるんだもん。

 そんな訳で触ることもへっちゃらになった無敵なわたしは葉っぱと花弁と虫の羽を母が用意してくれた薬研の中に直感のままにぽぽいと放り込む。


「そうね。あとひとつ大事なものがあるけれど、わかる?」

「あ、まりょくすい!」


 元気よく答えれば母は美しい顏を綻ばせて満足そうに頷く。


「ユオシーは魔法の使い方はまだなんだったかしら?」

「うん」

「なら、今日はママが用意するわね。“ウォーター”」


 薬研の中に、母の掌からポタリポタリと水が落ちる。

 魔力水ってのは、文字通り魔力を使った魔法の水のこと。そう、わたしの母は水魔法の使い手なのだ。

 何かと魔力水を必要とする薬師にとって最高の魔法適正を持つ母は、そりゃあ村長やほかの村人が大事に気を使うくらい貴重な存在だわと魔法が使えることを聞いた時首がもげそうなくらい頷いたわ。


「さ、あとはゴリゴリ〜って潰すだけよ」

「ん!」


 言われるがままにゴリゴリと音を立てて潰していくけど…これめちゃくちゃ大変だわ!?

 五歳児の力の限界を感じ、膝立ちになって体重をかけてようやくゴリゴリの音に合う程度に潰れていく素材たち。

 これを中身がドロドロになるまで潰したものが軟膏になるのはわかってるんだけど、これ、わたしがやってたら何時間経っても無理なのでは…?

 調薬なので、当然この作業の時間は短ければ短いほどいい。鮮度の問題もあるし、魔力水ってのは時間経過で魔力が抜けていくんだと。

 くぅっ、と唸りつつもゴリゴリとして三十分ほど。クスクスと笑った母が変わってくれてあっさりと完成させてくれた。

 緑色のベトベトのなにか。正直、子供がおままごとで作ったご飯(笑)みたいだなと思ったのは内緒。


「よくできました。これはユオシーが初めて作った軟膏よ。薬缶に入れておくから、人にあげるのも自分が使うのも好きにしなさいね」


 テレレッテー! ユオシーは 軟膏を 手に入れた !


 なんて。

 実際自分が作ったとなると感慨深いものだ。例えば殆どのゴリゴリ作業を母がやってくれたのだとしても。

 調薬教室が終わってルンルン気分のわたしは薬缶を母特製の肩掛けカバンの中に入れると、子供らしく元気に外へと飛び出し―――


「やぁユオシーちゃん。奇遇だね?」


 ―――ロリコンに遭遇した。

 いやまじか。まじかよなんでいるの?えっ?家の前にずっと居た?もしかしてストーカー?

 この十日間、偶然を装った声掛けはあったけど家の前まで来られたことは無かった。

 もしかしなくてもピンチなのでは?

 家に引き返してもいいけど相手は次期村長、母が対応するにもちょっと困るだろう。周りに助けを求めるには、この昼の時間はほとんどの家の人間は畑に出向いてる。そして、ちょっと変な子と思われてるわたしにはこういう時助けてくれる子供の友達もいない。

 ――――詰みでは?

 冷や汗が背中に垂れるのを感じながらどうにか笑顔を浮かべる。絶対に引きつってるわ。


「こ、こんにち、はぁ」

「ご挨拶が上手だね。……ねぇ、突然だけど僕のお願いを聞いてくれないかい?」


 そう言いながらもわたしを見下ろすディエゴ。あぁ、嫌な予感しかしない。


「僕達の婚約をね、僕の父が反対してるんだよ。それでね、君からも父に言ってくれないかな?僕と結婚したいんだって」


 何言ってんだこいつ???

 いやいやいや誰がロリコンなんかと結婚するか!!

 あっでも普通の幼女ならこんな状況になったら怖くて頷いちゃうか??うわー!てことはこいつそれが狙い!?いたいけな幼女相手に丸め込んで言質取ろうってこと!?

 だがしかしわたしユオシーちゃんの中身は一応十六まで育った経験があるのよ!


「ゆ、ユオシー、よくわかんない」

「うーん、わかんないかぁ。わかんなくてもいいんだけど、ユオシーちゃんは知りたがりなんだったか…困ったな…」


 私の知りたがりをどこで知った??

 いやいい、そんなことより、天は私に味方した!


「らっ、ラーラおねぇさぁぁぁん!たすてぇええ!」


 ディエゴの向こう側に小さく見えたラーラに向かって全力で叫び声を上げて自分は後ろへと全力で走り出した。

 これでディエゴはわたしを追いかけても追いかけなくてもラーラさんとの修羅場という地獄に落ちるだろう。

 はぁ、怖かった。

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