2・現状確認は大切です


 自分が転生しているということに気づいたわたしは、幾分か頭の痛みが引いてることに気づきそっと上半身を持ち上げた。

 ゴワゴワのベッドの上に座りながら自分の体を見下ろす。

 小さなぷくぷくの手。ぽっこりと主張するお腹。見るからに短い手足。

 うん、どこからどう見ても幼児だわ。

 肩より少し長い髪の毛を手に取ってホッと息を吐く。

 わたしの髪の毛は薄い茶色だ。元日本人の感性としては全然許容範囲である。推定母親のあの女の人みたいな豪奢な金髪だったら違和感に慣れるまで時間がかかったかもしれない。恐らく父親に似たのであろうことに心の中で小さく感謝した。


 …………それにしても。


 改めて確認した部屋の中は随分と質素だ。全体的に木目の主張した室内。壁も、床も、家具もぜーんぶが木製ですよ!と主張してる。

 まぁそもそもとして、家具自体少ないのだけど。いやこれはここが私の部屋であるのなら仕方がないのかも?小さい子の居る生活なんてしらないけど、下手に角があるものがあると転んだ時に危ないかもしれないし。

 そんなわけでこの部屋には女の人の座ってた背もたれのない椅子と、私のいる変なベッド、隅っこに小さなテーブルが置いてあるくらいだった。


「って、うぇ?でんきないの……?」

 

 天井に電気すらないのを見て口の端を引き攣らせる。今は外から光が差し込んでるからいいが、これは夜になったら真っ暗で何も見えないのではないか。

 よくよくと観察してみれば壁のどこにもコンセントがないのだ。いくら子供部屋だからといってもありえないだろう。

 頭痛から開放された頭は段々と冷静に物事を考え始める。

 自慢にもならないがわたしはそれなりに重症な活字中毒であったのだ。それこそ、定期的に物語を読まないとストレスでイライラしてしまうほどに。

 ジャンルを問わずになんでも読んできた私の記憶がニヤニヤとしながら囁いてくる。


 (もしかして、異世界転生じゃない?)


 手軽に読めるウェブ小説はそれこそ数え切れないほどに読んできた。故に、どうしても思い至ってしまうのだ。

 ―――だってこの状況、よくある異世界転生ものの導入そのものじゃないの!

 いやでも、発展が追いついていない外国のド田舎の可能性もある。……多分。

 冷静になったはずなのにまたしても混乱する頭を軽く振ってると、ドタバタと部屋の外が騒がしくなった。


「ユオシー、神父様をお連れしたわよ。あぁ、起き上がっていて大丈夫なの?寝てなさいと言ったでしょう?」


 上半身を上げて座る私を見て母は顔色を悪くさせる。

 頭を打って気を失った娘が座ってぼんやりしてたらそりゃあ心配にもなるわよね。これは私が悪いわ。


「ユオシーちゃん、少し質問させてもらってもいいかな?」


 母の後から入ってきた柔和な顔をしたおじ様。

 漫画やアニメでしか見た事ないような神父服はコスプレみたいだと思うのに、不思議とおじ様に対して違和感は何も感じない。


「痛いところはあるかな?」

「あたま」

「うーん、こぶになってるねぇ。他に、なにか変だと思うところはあるかな?」


 おじ様の質問に答えを悩む。

 ぶっちゃけ、ここまで会話をしていても母のことは思い出せないしおじ様のこともよくわからない。

 そもそもわたしって今何歳?幼児ってことしかわからないから下手なこと言ったらやばくない?

 ええい、ここは正直に記憶がありませんって言うしかないか!


「……えっと、なにも、わからなくて…」

「うん?」

「ゆおしーって、わたし?」

「…なっ…」

「…えっ!?」


 目を見開いて驚くおじ様と、その後ろで驚愕に顔を歪ませる母。

 まぁ、そうなるよねぇ。


「ユ、ユオシー!?本当に言ってるの?マ、ママのことは?ママのことはわかる?」


 母は私の側へ来ると、肩を掴んでぐわんぐわんと揺らして取り乱す。やめてやめて、目が回るって。


「わっ、わからにゃっ…」

「―――っ…あぁ、なんてことなの……」


 首を振り否定して、ようやく解放されたと思ったら母が膝から崩れ落ちた。申し訳ない気持ちはあるけれど、覚えてないものは覚えてないんだもん。ごめんよマミー。


「…頭を打った際に記憶が抜け落ちてしまったのでしょうね……とはいえ、目覚めてすぐの混濁の可能性もあります。数日、様子見しましょう。とりあえず、治療だけはしてしまいますね」


 床にくずおれてる母を慰めるようにおじ様はそう言うと、私の頭に手を添えて小さく呟く。


「ヒール」

「…!?」


 頭部に添えられてる為に目視はできないが、ふわっと暖かい“なにか”を確かに感じて息を飲む。

 まさか、まさか今のは……


「はい。これで大丈夫――」

「ま、まほー……?」

「――おや?そのことは、覚えているのですか?」


 呆然と口からこぼした言葉を拾われて、しまったと冷や汗が背中につたう。

 もしここで「前世の記憶が〜」みたいなことをいいだしたら最後、頭がおかしくなっただとか悪魔付きだとか面倒くさいことになるかもしれない。だって、母がこのおじ様のこと“神父様”って言ってたし!服もいかにもだし!

 ワンチャン火炙りの可能性に内心震えながらも、ここはそのことは覚えてたと言うことにした方がいいと判断して小さく頷く。


「なるほど、覚えてることもあると……ふむ、やはり数日は様子見しましょう」

「……えぇ、わかりました…」


 柔和そうなおじ様だけれど、イマイチ何を考えてるのかわからなくて怖い。それなのに気づけば私が口を挟む間もなく母とこれからについての話し合いが進み、私はこれからしばらくの間、三日に一度このおじ様と顔を合わせる生活をしなくてはならなくなってしまった。


 …………まじかぁ……。

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