1・テンプレって本当にあるんだね


 ――いたい。

 頭が割れてしまいそうな程の頭痛に襲われ、目を覚ます。

 ゆっくりと瞼をひらけば、目に入ったのは淡い金糸のカーテンであった。


「…………ぅ……」


 これはなんだろう?

 そっと手を伸ばした時、そのカーテンはふわりと動いて、その隙間から“美しい”としか表現出来ない綺麗な女の人の顔が現れた。


「ユオシー!?ユオシー目が覚めたの!?あぁっ、神様、有難うございます!」


 叫ばないで欲しい、わたしは今頭が痛いのに。

 ソプラノの声に更に痛む頭。顔を顰めながらもたった今聞いた言葉を反芻する。

 ユオシー。女の人はそう言った。何を言ってるのだろうか?わたしはユオシーなんて名前じゃない、若宮汐里だ。

 どこにでもいる平凡な、ちょっとぶりっ子が得意なごく普通の高校生。何事も無難に無難を重ねるようなそんな普通の十六歳だ。まぁ、自覚があるくらいにはちょっっっとトラブルに巻き込まれやすいけど。


 (そんなことより、ここはどこ?)


 隣で何か騒いでる女の人を無視して視線を動かす。

 天井、木目。壁、木目…ちょっと薄汚れてる。家具、なんか寝てるベッドがめちゃくちゃゴワゴワしてる。

 明らかに自分の部屋では無いそこで目を覚ましたわたしが一番最初に思いついたのは“誘拐”だけど…。

 まぁ、そんなわけが無いだろう。だってわたしは特段美人でも無ければお金持ちって訳でもない。見た目も家も全部無難で平凡だったのだから。

 じゃあどうしてこんなとこに?

 痛む頭を悩ませながら、眠る前の記憶を必死に掘り起こす。

 そう、確か――――――――


***

 

「ねぇねぇ!あっち行ってみようよ!」


 同じクラスの友人である美奈に手を引かれ、私は苦笑を浮かべながらそのあとをついていく。

 わたしが育ったのは都会……の、ちょっと横に外れた田舎。

 電車に乗れば都会まではすぐに行けるけれど、去年までは中学生でそっち方面に行くことを親に禁止されていた私は、同じく都会へと大人無しで行ったことのない友人と二人で初めて原宿なる場所へと向かったのだ。

 おのぼりさんまるだしではしゃぐ友人に若干の羞恥を覚えながらも、うきうきとしながら人でごったがえしてる竹下通りに乗り込んだ。

 通りの左右に並ぶお洒落なお店を散々と巡り、クレープを食べて、それじゃあそろそろ帰ろうか、といった所でどこかから甲高い悲鳴が上がったのだ。


「なんだろ?アイドルでもいたとか!?」

「ちょっと美奈、それは流石に夢見すぎだよぉ」


 きゃらきゃらと笑いながら駅に向かって歩く私たちはそんな風に話しながらも歩きを止めることなく、後ろでのざわめきを“都会は騒がしいのが普通だろう”なんて決めつけで気にすることをすぐにやめた。

 左右から揉まれるように人がぶつかるのが常である休日の竹下通りで不意に止まるなんて迷惑だし、急に方向転換するのも難しいのだと数時間過ごして学んだのもあるが。

 そうして歩いてる時、ドン!と後ろからぶつかられた。


「わ!?も〜、何あの人!ぶつかったら謝るくらいするべきでしょ!!汐里、大丈、夫……?」


「……ぇ…………あ………………」


 最初に感じたのは、熱だった。

 そしてすぐさま襲ってきたのは声にもならない激しい痛み。背中が、胸が痛くて痛くて苦しくて。呼吸をするのも難しくて。

 気づいたらわたしはべちゃりと地面に崩れ落ちていた。

 背中が痛い、熱い、痛い、痛い。

 美奈が今まで聞いたことの無いような悲鳴をあげてるのが、すぐ横にいるはずなのに遠くに聞こえた。

 ―――あ、わたし刺されたんだな。

 そう自覚できたのは視界の大部分を占めるアスファルトの地面に赤色が見えたから。

 こんなに血が出たら、きっと助からないだろうなぁ。

 頭の中のどこかで冷静にそう判断して、目を閉じる。


「汐里、汐里!?やだ、やだ!!死なないで!やだ!!」


 美奈が私の身体を揺らす。

 ダメだよ、血が出てるのにそんなことしたら余計に出血するって。こういう時は動かさない方がいいって小説で読んだんだ。

 美奈の声がどんどん遠くに行くにつれて、わたしの体はさっきまであんなに熱かったのに今度はびっくりするくらい寒くなる。

 やだなぁ、死ぬのか、わたし。

 平穏で無難な当たり障りのない人生。

 悔いがあるとすれば、まだ読んでない買ったばかりの小説があったことと、彼氏のひとりも作れなかったことくらいだ。

  あーぁ、最悪。

 お母さん、お父さん、ふたりの言う通り都会は怖い場所だったよ。

 わたしの意識は暗転した。


 ***


 (なるほど、わたしは死んだのか。え?でもじゃあ今生きてるのは?)

 

 記憶を掘り起こし終わって更に混乱する。

 死んだはずなのに生きてる。天国かな?って思ったけど天国がこんなうす汚い家だとしたらガッカリだ。いや、横で涙を浮かべてる女の人は女神様って言われたら頷いちゃうくらい綺麗だけどさ。


「本当に……よかった……よかったわ…。大事な娘を失うかと思ったのよ……」


 はらはらと涙を零してわたしの手を握る女の人。

 いや待って?今“娘”って言わなかった?空耳?


「あぁ、泣いてる場合じゃないわね。お母さん神父様をお呼びしてくるわ。あなたはまだ寝てなさいね。起き上がったらダメよ?頭をぶつけたのだから。」


 女の人はそう言うとわたしの額に口付けして忙しなく室内から出ていった。

 パタリと閉じられた扉を見つめ、呆然とする。


「……あ〜…………なる、ほどぉ?」


 なるほど、なるほど。

 つまりわたしはあの時死んで、そんで転生してあの女の人の娘に生まれ変わったと。


「あたまぶつけておもいだすとか……テンプレってほんとーにあるんだぁ…………」


 目を覚ます前の記憶よりもずっと高く舌っ足らずな声が一人残された室内に落ちた。

 

 

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