もしもの話じゃないんだよ
鷹野ツミ
もしもの話じゃないんだよ
残業ってなんだっけ、と思うほどに男は働き詰めだ。
ボンクラ上司と指示待ち部下に挟まれた男は疲弊しきっていた。
帰り道の橋から身を乗り出せば、川が気持ち程度の街灯と気持ち程度の月明かりに照らされているのが良く見えた。ここに飛び込んでしまおうかと思いながら一服することが男の日常だった。
「おじさん、いつも橋の上でぼーっとしてるよね」
つまらない日常が少し変化したのは、少女との出会いだった。
人懐っこい少女で、男のような見ず知らずの中年に友達のような距離感で接してきた。
最初、男の方が警戒していたものの、日に日に少女との会話が男の癒しとなっていた。
「もうすぐ隕石が落ちてきて、世界中の人がいなくなるとしたらおじさんはどうする?」
少女はいつものように、橋にもたれ掛かりながらもしもの話を始める。学生が休み時間に話すようなもしもの話。
「うーん、そうだな……会社も潰れるってことだから隕石に感謝するよ」
「ばかー!みんな死んじゃうんだよ?そんなのあたしは嫌。おじさんとも会えなくなっちゃうし」
暗闇で少女の表情はよく見えないが、いつになく寂しそうな声色で、男の胸が少し痛んだ。
「ごめんごめん。俺も、君と会えなくなるのは嫌だな。君と過ごす時間は楽しいからね」
「……ふふ、そう言ってもらえて嬉しい」
男の煙草が燃え尽きる頃が別れの合図だ。またねと言い合って軽く手を振る。また少女に会えると思うと、男は仕事を頑張る気になれた。
星も見えない汚れた空に、不意に燃えるような強い光が見えた。それは川に反射して水面が揺れているのが分かる。
近づいてくるあれはなんだろう、と考える暇もなかった。
「……楽しい時間、終わっちゃったね……」
荒れ果てた地球上で、少女は独り言ちる。
もしもの話じゃないんだよ 鷹野ツミ @_14666
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