第8話 歪み

 ルナに案内された場所……それは住居ではあるかもしれないが、家と形容していいかはわからなかった。


「ルナちゃん?これは……。」

「ルナで結構ですわ。」

「じゃあルナ、ここが君の家なのか?」

「ええ、さっきからそう申し上げてますわ。」

「いやだって……。」


 地下だ。

 彼女に案内された場所には屋根などなく、下へと続く不揃いな階段の先に重そうな扉があるだけ。

 場所も場所。

 村の外れにあるわけではない。その逆、村にある家々の中心。複数の民家に囲まれた中にその階段はある。

 まるでその階段を外部から隠すように、もしくは民家によってその階段を塞ぎ込むように。

 とにかく息が詰まる。


「早く降りましょうよ、ね?」

「あ、ああ……そういえばご両親は?」

「りょうしん……両親ですか?わたくしにはおりませんので。」

「そ、そう?じゃあそれ以外の誰かがお家にいたり?」

「いえ、おりませんわ。ですのでごゆっくりしていってくださいまし。」

「お、おう。」


 そんなことあるか?


『あり得ないの。見たところ、この村の豊かさ的にただの小娘を養うだけの余裕はなさそうじゃ。だからと言ってこの小娘一人で生きていけるとも思えないの。』


 俺たちの思慮を尻目にルナはどんどんと階段を降りていき、扉に手をかける。

 扉が開くぎぎーんっという音に焦って少し躓きながら階段を降りると、少し差し込んだ外の光によって中が見えた。


「うっ……!」


 一瞬。

 一瞬だけ、家の中が一つの魔物のような、何か恐ろしい存在に思えて仕方なかった。


『なかなかじゃの。』

「ああ、そうだな。」


 扉の中は薄暗い光でも分かるぐらいに、大量の本で埋め尽くされていた。

 全貌はまだ見えないが、大体小さな体育館程度であろうか。壁を埋め尽くすほどの本棚に分厚い本がぎっしりと詰まっている。


「今明かりをつけますわ。」

「明かり?」


 そんな質問に対しての返答はなく、その代わりに視界が白一色で染まる。


「うおっ!」


 思わず瞼を瞑る。

 久しぶりに太陽と火以外の光を見たためか思ったより目がチカチカする。数秒経って少し涙を含ませながらゆっくりと瞼を開けると、


「おっ……近いよ。」

「だってだって!」


 なぜか少し涙目になったルナの顔が目の前にあった。


「だ、大丈夫ですか!怪我したわけじゃありませんよね!回復魔術は要りませんか⁉︎すみませんすみません!こうなるとも分からず……貴方様に怪我でもさせてしまったらわたくし……!」

「別に大したことないよ。少し眩しかっただけだから。」

「ええ!ええ!それならいいんです……すみませんでしたわ。今明かりを弱めますね。」


 光量が弱まり、目が慣れてきたところで改めて周りを見渡す。

 本…本…本…ただひたすらに本が広がっており、薄明かりも相まって不気味な雰囲気を醸し出している。

 そして、最もおかしいのはこの空間の中心。

 別においてある物は普通だ。布団、水釜、テーブル、散らかった服……足りない物は多々あるが生活用品が置いてある。

 しかし、そこはまるで祭壇のようであった。

 一段高くなった床に取り囲むような本棚……そこに置いてある日用品が供え物のように思える。


『気づいたかの?この部屋にある本、ほぼ全て埃をかぶっておる。それに本棚にある本……ジャンルがバラバラに配置されてるのはともかく、本の高さや背表紙の色全てが適当じゃ。この数の本を集めておきながら、ここまで無頓着とはおかしいの。』

わたくし、お茶を淹れてきますわ。どうぞごゆっくり、好きな本でも読んでくださいまし。」


 どうする?なんかやばそうだから逃げるか?


『いや、どちらにしろ情報は欲しいの。本だけでなく、この女のも。まあ、とりあえず今はいくつか読むかの。』


 いつのまに選んだのやら、アンリエッタが見繕った本をいくつか集め、運んでくる。

 積み上がった本の高さが自分の腰ほどになったところで、持ってきた本を整理するが……歴史、地理学、宗教学、正直小難しくて全く読む気が起きない。


『別にお主が読む必要はないの。一瞬視界に入れてくれればそれだけで妾は読める。ただ……下から三番目の本……そう、それじゃ!それだけはさらっとで良いからちゃんと読むのじゃぞ』


 えーとなになに……【二千年前の人魔大戦争について】か。


『そう!妾の華々しい活躍!気高い生き様、涙必死の散り際。アカデミー賞作品にも劣らない!長編映画のような名作がそこにはあるはずじゃ!』


 なんで人類側の本で魔王を美化してるんだよ。

 まあ、なんだかんだ言いつつアンリエッタが生きていた頃は気になるな。

 ということで急かす魔王を宥めながら、表紙をめくる。

 書き出しはこうだ。


【まず、本書では約二千年前……現在では二千十四年前という説が主流……の通称人魔大戦争についての解説をしていく。皆もご存知の通り、この大戦では魔王軍側が常に優勢ではあったが、勇者による魔王に討伐によって形勢が逆転し、人類側の勝利となっている。この戦争を最初から最後まで主導していたのは魔王アンリエッタ・マンユ・ダエーワであり、その脅威は……】


 確かにお前やばそうに書かれてるが……というか、この本に書かれてる魔王悪逆非道すぎないか?お前ここまで悪だったの?


『……は?』


 魔王の声が震えている。

 怒り……悲しみ……いや、違う。

 単純な動揺。信じられないものを見た時の驚き。


『おかしい……おかしすぎる……』


 何がだよ?別にまだ序盤だし、そんな破綻してるとこもないような?


『いや、そもそもこの世界の状態を見た時に疑うべきじゃったのか?でも二千年の月日がある……おい、他の本も片っ端から読むのじゃ!この本があってるか精査せねば!』


 いや、だから何がおかしいんだ?


『はぁ?そうか、言ってなかったな。良いか、あの時の大戦で勝ってるのは……魔族じゃ。人類が勝ってるわけないのじゃ!』

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異世界転生したら魔王が一緒でした、脳内で。 銀城 @silver1224

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