第38話羽を休め新たな一歩を
それから数日、私たちと陛下一行はドラスト家の屋敷に滞在していた。
嘆願書のほうは、陛下の部下が手分けして配り住民に内容を説明し、そして回収したのだが、私の追放を良しとしてサインした領民は誰もいなかった。
私を泊めてくれた男が言ったように、みんな私が出ていったものだと勘違いしていたという。
領地には、嘆願書を作った文官たちが常駐することになり、私は彼らに例の本を渡し、仕事や各町や村の特徴を伝えていった。
謎の使途不明金が現れ調べると、占術師のヘソクリだと判明し、彼を即座に追放処分とした。
ベッケンは裁判にかけられ、王都の法に基づき禁錮二五年という裁定が下され、罪人として収容所に収監されることになった。
送還先は極寒の地であり、長期受刑者は生きて出所する人間はいないという。なので、おそらくもう会うことはないのだろう。
ドラスト家は、ベッケンの一件により家格が最低の辺境伯にまで落ち、食うに困らない程度の貧乏貴族とされた。
平民に落とさなかったのは陛下の温情でもあるが、伯爵家以下の貴族たちに後ろ指をさされ続けるという罰でもあった。
これは、私が戻ってきてもそのままらしいので、まだ先とはいえ返り咲くにしても気が重い。
「旅を再開したら、真っ先に王都に来るのだぞ」
陛下はそう言い残し、部下とともにドラスト領を去った。
なぜそこまで王都に足を向けさせたがるのか、結局聞けずじまいだったが、会うたびに重大な相談を持ちかけられていたので、今回もおそらくそうだろう。
ベッケンが収監されることになると、彼が雇った家人は高給が原因で辞めさせることになった。地下倉庫にあった武具は、麦や他の穀物に変え、元通りとはいかずともひとまずの蓄えに戻せた。
そして私は、屋敷で一休みし、かつてと同じように冬の時間を過ごした。
慕ってくれた家人はもういないが、ククルとミロとリオン、あと陛下が残した文官がおり、遊びにも仕事にも忙しくさせてもらった。
そうするうちに、いつの間にか平野部では雪が解け、春を告げる草花が芽吹こうとしていた。
天候も安定してきた頃を見計らい、私たちは旅を再開した。
「貴族ってあんな生活してるんだねー。僕、もっと豪勢な物食べてるのかと思ったよ」
「片田舎の貴族なんて、あの程度ですよ」
「夢、ないね」
「現実とはそういうものです」
ククルは、来たときに比べて背が伸びていた。立ち合っているとき、間合いが日増しに広くなっていたのだ。
「アルベール、もういいの?」
「はい。私の名誉は取り戻せましたから。領民も、おかしなことをしたのは私ではなくベッケンだと理解してくれたようですし、思い残すことはありません」
「いいところだね。ドラスト領って」
私は思わず笑顔になる。
「ありがとうございます」
「アルベールは、いつか帰ってこないとね」
帰ってこないと――。
私に、そんなことを思える場所ができるとは。
私は、元は孤児の根無し草。
家などなく、拾われてからは、あの屋敷での暮らしが人生の大半だった。
家があり、愛する地がある。
「帰れる場所があるというのは、嬉しいことですね」
だね、とククルは同意した。
ミロは残っている雪がまるで初見かのようにはしゃぐ。旅の再会を待ち望んでいたように私には見えた。相変わらずそれをリオンは冷めた目で眺めている。
変化と言えば、ククルが木剣を引きずらなくなったことだろうか。
山から吹き下ろす風が徐々に和らいでいき、ドラスト領が遠ざかっていくのがわかった。
屋敷がある方角を一度振り返って、風景を目に焼きつける。
そして、私はまた一歩旅路を進んだ。
追放領主のんびり異世界旅暮らし ~悪人扱いされた善人貴族は自由気ままな旅に出る~ ケンノジ @kennoji2302
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