第37話ベッケン



「すでに私は罪人として扱われているようでして、地下倉庫に豊作時蓄えた資金や麦などがあり、それを私が私腹を肥やしたのだという証拠とされ――」


 私は、道すがら陛下に追放処分となった経緯を話していた。結果はどうであれ、私も私の名誉のため、主張すべきことがあったのだ。


 ふうん、とか、ほう、とか陛下は相槌を打ちながら話を聞いてくれた。ククルは緊張した面持ちで私の隣を歩き、その隣には能天気なミロが雪道をご機嫌に歩いている。リオンは私の肩に戻ってきていた。


 陛下一行を屋敷まで案内し、私はそそくさと逃げようとしたが襟首をつかまれ、強引に中に連れていかれた。


「ククルとミロは、護衛の方々の邪魔にならないように、そのへんで遊んでてください」


 ちなみに、先ほど現れなかった警備の兵士は、高貴な来訪者だとわかると飛んで門までやってきて、誰だかわかるなり腰を抜かした。そしてその旨を伝えるために大慌てで屋敷に消えていった。私のことなど眼中になかったようである。

 屋敷に入ると、家人総出で出迎えがあり、待っていたベッケンが挨拶した。


「クリスティアン陛下! わざわざお寒い中、このような地によくぞいらっしゃいました!」


 私に気づいたベッケンが眉をひそめる。私が笑顔を返すと、ますますその表情が曇った。


「うむ。いきなりですまない。ドラスト家は当主が交代したそうだな」

「ははぁ、その通りにございます」


 簡単なやり取りを済ませ、ベッケンが食堂に案内した。大急ぎで地元産の肉と葡萄酒が出され、世間話を挟みながら陛下とベッケンは会話を重ねていく。

 私はついてきただけなので、口は挟まないでおいた。料理はマズくはないが、急だったとはいえ陛下に出す質ではないように思う。


 ベッケンだけでなく、他の家人も私が以前の領主だというのは知っているようで、ちらちらと目線を感じた。

 和やかな雰囲気の中、おもむろに陛下が切り出した。


「当主交代のときのことだが」

「はい」

「アルベール・ドラストに領主の座を退くように、と嘆願書が民から大勢きたそうだな」

「ええ。もうそれはたくさん。これほど民が不満に思っていたとは、わたくしも驚くところでございました」


 嘆かわしいとでも言いたげに、ベッケンが首を振った。


「その嘆願書、今見せてもらえるか?」

「え? ええっと」

「すべてとは言わぬ。一部でよい」

「実は、すでに処分しておりまして……もう半年以上も前のことですから……」


 警戒しながらベッケンが恐る恐る口にすると、陛下が提案した。


「話を聞くに、余は前領主がおかしなことをしたとは到底思えぬのだ。民の理解がないのか、それとも、単純に嫌われていたのか、それとも……」


 陛下は言葉をいったん切って、ベッケンに視線を送った。


「詳細は語らずサインさせた、とか」


「……その、そのようなことは。決して。はは……」


 ベッケンは乾いた笑い声を食堂に響かせると、焦ったように言葉を継いだ。


「だいたい、こいつが不甲斐ないからそのような嘆願書が出てきたのです! キーレン様が治めていたころが懐かしい、と領民は口をそろえて嘆いておりました」


 もしそうであれば、私の力不足である。

 私が反論しないところをみると、陛下は提案した。


「嘆願書がもうないのであれば調べようがない。誰が署名したのかも、その内容を理解していたのかも確かめられぬ」


 ベッケンが強張らせていた体から緊張を解いた。音に出そうなほどほっと息をつくと、体を弛緩させる。


「であれば、王の名の下に、もう一度同じことをしよう」

「へっ?」


 目をぱちくりと瞬かせると、目が右に左にせわしなく動いた。


「同じ? 同じことと言いますと……?」

「民には同じように署名させたらよい。アルが相応しくないと思っていれば、同じようにサインし大量の嘆願書がまた出来上がる。……であろう?」


「いやあ、それはっ――」


「何か不都合か? 当然余が言い出したことである。準備はこちらでしよう。よいな?」


 尋ねているていではあるが、有無を言わさぬ迫力があった。

 ベッケンはうなだれるようにして無言でうなずく。


「それまで、アルを罪人扱いすることは許さぬ」

「ぐぬううう……」


 唇をかんだベッケンが私をねめつける。おそらく、私が陛下に泣きついたのだと思っているらしいが、実際そうなってしまっているので、弁明のしようもなかった。


「かかれ」


 陛下は護衛だけではなく文官も同行させており、一声かけると、三人の文官が嘆願書を作るため家人数人とともに食堂をあとにした。


「ベッケン」


 私が呼ぶと、舌打ちとともに、猫なで声をやめて地の声で応じた。


「なんだ」

「私がやっていた仕事のことで、念のため引き継ぎをしたいのです」

「……あ。さっきの古汚い本は!?」

「ええ。私が書いたものを使用人のお嬢さんに渡したのですが、読みましたか?」


「誰があんなものを! 貴様に心配されるようなことは何もないわ!」

「あれに引き継いでおいたほうがいい仕事内容を書いていたのです。執務室ですか? そこにあるのなら行きましょう」

「アルの政の一端が見られるとは面白そうだ。余もついていこう」


 げ、と一瞬嫌そうな顔をするベッケンだったが、すぐに取り繕った笑みを浮かべた。


「陛下、楽しいものでは決してありませんので」

「面白いか否かは余が決める。そなたが決めることではない……であろう?」

「お、おっしゃる通りでございます……」


 ぎこちなく笑うと、執事の中年男性に向かって声を張り上げた。


「おい、おまえ。おまえだ、おまえ! おまえに一任していたはずだ。おまえがいなければ話が進まん」


 追及するかのような厳しい接し方に、私は眉をひそめた。そんな重要な仕事を任せているのに、ベッケンは名前も覚えていないらしい。

 私たちは廊下に出ると、執務室に入った。

 執事は私が使っていた帳簿を取り出して開いてみせた。


「近年ですと、このように……」

「ほほう。ずいぶんとわかりやすい」

「ははは。陛下、私の指示でこうなっておるのです」


 私は耳を疑った。

 全部、私が出ていく前に書いたもので、それをベッケンと執事は自分がやったかのような得意顔をしているのだ。


 あとを継いで書き込んでいるならまだしも、私が出て行った日を境に、何も書かれていない。

 ……私がわからないとでも思ったのだろうか。

 考えられるとすれば、私も誰か優秀な執事か誰かを雇ってまとめさせていた、と二人は思っている、ということだろうか。


「なるほど。数字にすると非常にわかりやすな」

「前領主が、なぁーんにもできておりませんでしたので、大急ぎでとりまとめたのです。……な?」

「おっしゃる通りでございます」


 ほうほう、と陛下がなんの疑いもなく感心するので、私は口火を切った。


「それ、全部私が書いたものですよ」

「何を口から出まかせを。な?」

「おっしゃる通りでございます」


「証拠に、私が出て行ってから、これといった書き込みがない。見方がわかっても、書き方はわからなかったようですね」


「「……」」


 ぺらぺら、と帳簿をめくっていき私が書いたこと以外何も書かれていないことを確認する。


「他に残しているものはありますか? 私を追い出してからの数か月ぶんのものです」

「この者に一任している。な?」

「そ、そのようなご指示は受けておりません」

「な!?」


 すると、先ほどの文官が執務室にやってきて陛下に準備ができたことを伝えた。


「では、速やかにかかれ」

「は」


 さっそく嘆願書が再度領地に配られることになった。


「ベッケン、貴方、怪しげな占術師とやらに意見を求めているそうですね?」

「先生をバカにするな!」

「何が先生ですか。よそから来た占術師に、領地のことなんてわからないでしょう」


「その話は本当か?」

「は、はい……、で、ですが先生は、様々な凶事を当ててきた高名な方で」


 ため息をつくと、思っていたことが口をついて出た。


「詐欺師の間違いでなければいいのですが」

「アル。そなたが蓄えていたらしい地下倉庫が見たい」

「はい。こちらです」

「待て! そっちは、今は……その」


 慌てようからして、何かあると私は踏んだ。陛下もその顔色の変化に気づき、ベッケンを無視して私たちは地下に続く階段を下りる。


 鍵がかかっていたのでそれを開けさせると、私たちは中に踏み込んだ。

 私が有事の際に民に分配するための穀物や麦などはすっからかんになっており、代わりに武具が所せましと並んでいる。


「これは……」

「前々からあったものです、陛下」

「ベッケン、そなたは黙っておれ」

「……」


「さきほどの帳簿の残りが、数か月でゼロになることは考えられません。『何者』かが売って武具に変えた――そう考えるのが自然でしょう」

「であろうな」

「何をする気だったのですか?」


 兵士を雇っていた、と山間の村の猟師は言っていた。


「先生は、ククリシュラ領を攻めるのが吉兆だと」


 私は思わず天を仰いだ。


「ククリシュラは、私が新領主になったことを伝える手紙を出したにも関わらず、無視したのだ!」

「あなたの気持ちを後押ししただけでしょう。それを占いと言っているだけです」


「……公正にと思って、再度嘆願書を作らせ領民に配ったが、結果は見えておるな。――これは、領地没収であるぞ」


「ひいいい!? それだけは、それだけはぁぁ~っ!」


 領地没収とは、その地を治める貴族を平民に落とすことであり、王にのみ許された強権だった。だが、通常使われることはなく、王家は貴族のお家騒動も領主間の諍いも静観する。


 なぜなら、王が諸侯を従わせるため強権をちらつかせると、不満が溜まり反乱の種となってしまうからだった。

 それゆえ、王家は各地を治める貴族がやることに介入することはないのだ。


「陛下、どうか、どうか、寛大なご沙汰を……!」


 半泣きですがって懇願するベッケンだったが、領地没収は私も複雑な気持ちだった。

 自分なりにドラスト家……主に養父であるキーレンの恩に報いるため領民に尽くしてきた。


 結果的にそうなってしまうのは、残念でならない。


「嘆願書は、おそらくベッケンが無理やり民に書かせたもので、アルを失脚させるための小道具であった。そうだな?」

「はいいいい。おっしゃる通りでございますぅぅぅ」


 あっさり白状してしまった。


「しようのない小悪党が。――で、アル、そなたはどうする? 嘆願書は偽だそうだぞ」


 私は決めていたことを口にした。


「私はこの地のことしか知りません。他の地域も含めれば、この国のことは一割も知らないでしょう。見識を深めるため、国と外国の旅を続けます」


「では、当主に返り咲くことを約束せよ。それまで、このドラスト領は王家直轄とし、政はこちらで選んだ文官数名に任せよう」


 旅の終わりを考えたことはない。

 リオンがいて、ククルがいて、ミロがいる。


 町や村を転々とし、ときには野宿し、荷馬車に乗せてもらい街道を昼寝しながら移動する、そんな生活をこれからも続けていきたい。


 だが、長年暮らしたこの地を、私はどの町よりも愛している。


 養父に拾ってもらい、使用人として働き、ヴェスレイに剣を習い、妻と出会って恋をしたこの地が、私は好きだ。


「もし旅に疲れ、この地が恋しくなれば帰ってくることもあるでしょう。それが許されるのでしたら……そのときは」


「決まりだな」


 あの引き継ぎ本は、ベッケンと執事ではなく陛下が選んだ文官に渡すことになりそうだ。




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