Episode2
現れたのは巨槌を担いだ褐色肌の女と全身黒ずくめの男。見るからに怪しい二人組。
「何の用だ?『ヴィアザ』幹部殿」
「オレも聞きたい。なんでわざわざ転移したンだよ?」
【どうせそこの男が何者かも考えずに攫ったんだろう?銀髪のそいつ、現帝だぞ】
空を焼いたような赤黒い文字を読んで気づく。
気取られた。魔法で隠していたにも関わらず、全身黒ずくめの男にはウリウスだと看破されている。
「はァ?」
「ンなわけねェだろ……」
【そんなに疑うなら、本人に聞いてみたらどうだ?】
疑惑とかそういうレベルではなかった。ウリウスが現帝であると男は確信しているようだった。
「……お前、現帝か?」
「バカ正直に聞かれて答えるアホがどこにいるンだよォ……」
「いるかもしれないでしょう。現にこんなに人質がいるんですから」
【半分以上殺しておいて人質か……俺だったら見捨てる】
「コイツには効くんですよ」
【自国民だからな……。それはそれはよく効くだろうよ】
攫った魔人と黒ずくめの男が話している最中、ウリウスは巨槌を担いだ褐色肌の女に攻め寄られていた。
「オマエ、本当に現帝か?」
「……なんて答えるのが正解ですか?」
「本当のことを言えば正解だろ」
どう答えたものか。この二人は現帝を殺させないため、現帝を商品にしないために来たのだろう。ならば素直に現帝であると伝えた方が身の安全は確保されるに違いない。
ただ、詰め寄ってくる女からは、現帝だったら殺すぞとでも言いたげな圧が向けられている。こんな圧をかけられては、はいそうですとも言い難い。
「現帝ならはい、そうです。って言やァいいだろ。なんでそう黙るンだよ?」
【お前の圧が怖いんだろ】
「あァ?オレはいつもこんなんだから気にすンな」
そうは言われても、この圧は物騒すぎる。だが、言わなければずっとこの圧がかかるのだろう。ならば、と恐る恐る肯定した。
「……はい、現帝です……」
「マジかよォ……」
褐色肌の女は面倒くさそうで、面白そうな顔をした。そのままニヤリと笑うとこう言った。
「よし。じゃあこいつ『ヴィアザ』で買うわ」
【……はぁ】
「は?」
黒ずくめの男はやっぱりかと言いたげにため息をこぼし、攫った魔人は意味がわからないと黒ずくめの男を見やる。
【……本気か?】
「本気じゃなけりゃァ買わねェよ。現帝なら色々聞きたいこともあるしなァ……?」
黒ずくめの男はそのまま数秒褐色肌の女と見つめ合い、再びため息をこぼした。
【……おい、奴隷商】
「は、はいぃ……なんでしょう……」
【言い値で買う。いくらだ?】
「100億で……」
【商売根性逞しいな】
金を出すのに渋っていたのかと思えば、思いの外すんなり札束の山が渡された。目の前で貴族でも用意するのが難しいような大金が移動するのを見てウリウスは動揺を隠せない。
【失礼】
黒ずくめの男がくるりと指を回すと、ウリウスの
「ンあ?道理で分かンねェわけだ……。隠してたのか」
女はパチンッと指を鳴らす。すると、朧気だった褐色肌の女の顔が像を結んだ。
「オレはアミナダ。オマエを買った『ヴィアザ』の幹部だ。よろしくなァ」
「よ、よろしくお願いします……?」
「敬語はやめろ。ニチェアじゃ舐められるだけだ」
「え、あ、はい……じゃなくて、うん。……えっと……よろしく」
褐色肌に巨槌を担いだ女はアミナダというらしい。言葉使いは随分なものだが、見た目は大分女性らしい綺麗な人だ。
【表の要人を攫うときは連絡をよこせと言っただろ。次やったら売り捌くからな】
「すみません」
【オークションを中断させて悪かった。アミナダ、帰るぞ】
「あァ。おい、行くぞ。立て」
「う、うん……」
アミナダに連れられ黒ずくめの男の後ろを歩く。
「毎度ありがとうございましたぁー」
後ろから愉しそうな声が聞こえた。
──────────
色鮮やかな幕と松明の灯が遠くに見えるくらいには歩いただろうか。
ウリウスは目の前にいる彼らに買われてしまったが、他の攫われた魔人達のことも気になっていた。
「あ、あの、他の人達は……?」
「あのまま売られるだろうな。ニチェアはそいう場所だ。オマエもいつまでも現帝気分でいると痛い目をみるぜ」
そう言われると何も言えない。あの時点で彼らを助けることがウリウスにはできなかったし、自分を犠牲にしてでも助けるという心意気もなかった。
だが、この裏社会で生きていくには他人を蹴落とすなんで常套手段。表の規則なんて何の役にも立ちはしない。
「そんなことより、ハイツェ!テメェもコイツに自己紹介しろよ!!」
【あの場でする必要がなかっただけだ。「ヴィアザ」の顔はお前だけでいいからな】
黒ずくめの男は足を止めて、顔まで隠していたフードを取った。
【俺はハイツェ。「ヴィアザ」の幹部だ。訳あって声が出せない。文字で会話をしているから最初の内は慣れないだろうが、よろしく】
端正な顔立ちに、濡れ羽色の長い髪。陶磁器のような白い滑らかな肌。ただ、闇夜の中でも紅く煌めく双眸がやけに不気味だった。
「よろしくお願いします……」
ああ、と赤黒い文字が返事をする。会話に支障がない速度で文字が書かれるから不便はないが、どこかやりにくかった。
【で、コイツはどうするんだ?】
「……オマエが面倒見てくンねェ?」
【お前が買ったんだよな?】
「支払いしたのオマエだろ?」
【「ヴィアザ」で買うと言ってたよな?】
「オマエも『ヴィアザ』だろ?」
【俺も暇じゃないんだが】
「知ってる。他の連中でもいいンだけどそれはそれでなァ……。コイツも大変だろうし。オマエなら心配ないし」
【誰だろうと一緒だろ……】
「現帝と知ってよからぬ事を考えるヤツがいるかもしれねェだろォ?その点、オマエはそこらのヤツには絶対に負けねェし人となりも保証できる。現帝……じゃねェかウリウスはどうだ?」
嫌そう……には見えないが口調が嫌そうなハイツェと決して自分で面倒を見るとは言わないアミナダは、買ったとはいえ本人の前で言うにしてはよろしくないことを言う。
「……僕が何言っても二人が決めたことが結果になるんでしょ?ならどっちでもいいよ。今の僕は売られた奴隷だから」
「……悪ぃ。でも、なんでもいいなら選べ。オレか、ハイツェか、他の連中か」
「えーっと……」
多分二人共優しいのだろうが、今の状況ではどちらも嫌だった。二人で勝手に話を進めようとするし、面倒見たくないから押し付けあっているようにしか見えなかった。
【……伏せろ】
「あん?今大事な話の真っ只中だろうが……ッ『彼の行く手を阻め、彼の者と隔てよ。
カキンッ。
銃弾か、斬撃か、何であるかも分からないものをしっかりと防ぐと、鋭い斬撃が相手の方に飛んでいった。
【「“斬り裂け”」】
魔法詩で描く魔法陣がキラキラと輝く。グシャッとナニかが潰れる音が聞こえると、宙に浮いていた魔法陣は幻から目覚めるかのようにゆっくりと形を崩していった。
驚くほど速い詠唱。恐ろしいほどに的確な判断。見たことの無い魔法詩。
【鈍ったか?】
「ハッ、笑わせンなよ?これくらい日常茶飯事だっつーの。……で、どうすンだァ?」
闇討ちをものともしない二人は何もなかったかのようにウリウスへと向き直る。
「……保留で」
「アッハッハッハッハッ、保留?……保留かァ、まァいい分かった。『ヴィアザ』の本拠地までは待ってやるよ」
【ある程度の
「言われなくてもそうするぜ。お前はこの後ハスマラでスワロと会うんだろ?」
【ああ】
「ついでに伝言を頼まれてくンねぇかァ?」
【自分で言え。「
「アレ意外と魔力持ってかれるの知ってるか?」
【精々第三位階程度。お前がその程度の魔力を惜しむとは思えないが?】
「さっきのヤツで魔力がなァ……」
【分かりやすい嘘は止めろ。お前嘘つくの超がつく程下手だろう】
二人ウリウスを他所に会話(?)をする。そもそも彼らに気遣いを求める方がどうにかしているのだ。彼らは長い間ニチェアで生きてきた。それでもって「ヴィアザ」の幹部。買った奴隷に気遣いなどあるはずがない。
「まァそう言うなよ……トカゲが動いた。表が動いた。そろそろこちらも動こうと思ってなァ……」
【好きにしろ。俺は表立って動けないからな】
「へーへー……終わり次第戻ってくるように伝えてくれ」
【了解。……またな、ウリウス=ホロサヴォル】
一瞬、ウリウスの方を見るとすぐさま「
「誤解されやすいけどなァ、あいつが一番優しいぜェ?」
「はい?」
「お前は今、自分の必要性を誰かに求めていた。だがなァ……ニチェアに来たばかりのお前を誰が見出す?」
ごもっともだ。攫われた時点で現帝としてはアウトである。その上国民を守れなかった。自分一人助かって、助けて貰った相手に必要性を見出してもらうというのも、おかしな話だ。
「よく考えろよォ?お前にはちゃんと選択権があるンだ」
夜の闇の中、「ヴィアザ」までの道のりをゆっくりと歩いた。
Hellbanquet Glay @Toki_6183
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