Chapter1
Episode1
第1大陸、首都リアンテ。
先帝サタエルの住まう第1区、貴族街。現帝であるウリウス=ホロサヴォルも先帝と同じ城に住んでいた。
「ひまだなぁ……」
謁見も、上魔会の報告も、全て終えた。
遊びに飢えた現帝はグダっと窓の外を眺めていた。
「お忍びにでも行こうかな……」
暇なら平民街へお忍び……ではなく遊びに行くのが彼の過ごし方だ。お忍びなんて長すぎる人生であきるほどしてきたはずだが、平民街という場所は貴族街よりよっぽど楽しいらしい。
「行くか……」
貴族なら誰でも使える幻魔法。顔を変え、声を変え、服を変え。その上で薄汚れたフードを深く被る。
【ちょっと出かけてきます】
側近や配下などはいない。こんなメモを書き残しておいたところで誰も現帝の心配などしない。先帝の子である現帝に心配など無用の長物だ。
静寂に包まれた貴族街帝城から、今日も今日とてお忍びと称して遊びに出かけた。
──────────
「おっちゃん、そこの幻森のパンプキンと脱走キャロットを二つ」
「はいよ!まいどあり」
賑わう街並み、人の往来。
貴族街とは違って身分による上下関係がない平民街は、ウリウスにとって息のしやすい場所だ。
「あ、串焼き一つください」
「串焼きね。銅貨二枚」
金貨から崩した銅貨で串焼きを買う。
初めて来たときは新鮮で、玩具を貰った子供並みに目を輝かせていたのが懐かしい。今でこそ平民に紛れ込んでいるが、あの時はかなり目立っていた。
「ん〜美味しい」
コボルトの串焼きを満面の笑みで頬張っていたとき、人混みの中から叫び声が聞こえた。
「ひったくりだ!誰かそいつを捕まえろ!!」
前方から顔を隠した小人が走ってくる。腕に抱えたバッグがひったくられた物だろうか。
「
詠唱を省き小人の足元に罠を仕掛ける。足がもつれて転んだ小人から鞄を回収した。
「人の物は盗んじゃダメだよ?」
「ウルセェ!テメェミテェナヤツニナニガワカル?オレラハコウデモシネェトナァ、メシガクエネェンダヨ!!」
小人は、盗んだ鞄が自分の手元にないと分かるや否や、脱兎のごとく逃げていった。
「……お金ないのかな」
彼のところには腐るほどある。なんでこんなにあるんだろう、とさえ思うほどある。
なのに小人には金が無い。仕方がないから日々の食料を調達するには、金か現物を盗むしかない。
「あんた!助かったよ、ありがとな」
「いえいえ。役に立てたのなら良かった」
小人から回収した鞄を熊人に渡す。
「人の良い方だな!……最近はこういうのが増えててな。そろそろニチェアでオークションが開催されるんだと。それで金が動いてるらしい。あんたも気をつけろよ」
「お気づかいありがとう。貴方もひったくりには気をつけて」
「ああ!」
熊人は鞄を受け取ると用事があるのか足早に去っていった。
“そろそろニチェアでオークションが開催されるんだと。それで金が動いてるらしい”
ニチェアとはなんだろうか。
オークションは、色んなものが売買される場所のことだ。金が動く?何の?
分からない。さっぱり分からない。
ここ数百年、何度も首都を散策したが、彼は裏社会と接することがなかった。
少し考えれば分かることだ。どの大陸にも闇はある。
だが彼はその闇に触れることがなかった。偏った教育は、一般人としては常識知らず。現帝としては役不足。
彼の父である先帝は、彼をそのように育てた。偏った知識と、有り余った魔力を持つ息子に自身が君臨していた大陸を与えた。
そんなわけの分からない単語を悶々と考えていると、誰かに口を抑えられた。
「ん?」
「動くなよ。このチビがどうなってもいいのか?」
薄汚れたコートと面妖なマスクで種族すら分からない魔人がアイスで釣った子供を見やる。
第1大陸の魔人だ。
ウリウスは常識知らずで役不足だが、それでもこの第1大陸の現帝だった。自身より幼い子供が、自身の行動次第で生死が決まる。それだけは避けたかった。
「ついてこい。大人しくしてれば何もしねぇよ」
路地裏に引き込まれ、馬車の荷台に押し込まれる。その間も、相手の魔人は子供を連れていた。
用心深い魔人だ。
左手に持つナイフを下げようともしない。下げてくれれば、ウリウスは子供を連れて逃げることができる。
だが、子供にナイフを向けている魔人を気絶させるにも、距離がある。この距離では詠唱を省いたところで魔人に気取られ、子供が殺されてしまう。
大人しく、ついて行くしかなかった。
──────────
荷台に押し込まれ、どれくらい経っただろうか。魔人も荷台に入ってきたせいで運ばれている最中も逃げ出すことは叶わなかった。
ようやく荷台から下ろされると、今度は別の魔人が現れた。
「外に出て叫んでみろ。鎖に繋いでやるからな」
「どうせ鎖に繋ぐが?運ぶのが面倒だから今は付けないだけだ」
「いちいち余計なことを言うな。めんどくせぇだろうが」
魔人たちは、攫った者たちへの配慮が一切ない。容赦なく髪を引っ張り、歩けなければ蹴り飛ばす。荷台の中にいた魔人は全員が全員、体が強いわけではない。嘔吐や吐血をする者もいた。それらの魔人を暴力で従わせ、目的の場所まで連れていく。
夜の闇の中、松明の明かりだけがぼんやりと視界に入る。色とりどりの幕だけが、ここがどこかということを示していた。
一緒に攫われた子供、荷台に押し込まれていた女子供に老いた爺婆はその幕に描かれていた紋を見る。
見ただけで顔から生気が消えた。
気分は最悪だろう。
一生関わるまいと思っていた、この世界の裏に引き込まれたのだから。
──ニチェアホコン。
神格持ちが支配する第1から第3までの大陸において神格持ちに跪くことをよしとしなかった者、その社会に馴染めなかった者たちが生きる、神格持ちが支配する社会の裏側。
各大陸に住まい、家族を持つ者たちからすれば、最悪の者たち。
「お前らは今からオークションで売られる。いい思いをしたければ精々綺麗に見えるように着飾るんだな」
歩かされた先には沢山の衣装が掛けられている幕の中だった。
ウリウスはなるべく普通に見えるように、華美なものはさけて無難な衣装を選んだ。
そんなところで配慮をしても、知る人から見れば彼の所作で誰だか見当はつく。貴族特有の丁寧な所作はどんなに意識していても、その丁寧さをなくすことなどできない。
「
小声で呟く。
ウリウスを現帝だと気付く者には、現帝だと気付かれないように。ただの一般人だと思っている者には、それが変わらないように。
「っ……いやだ、いやだよぉ。売られたくないよぉ。アノが待ってる、帰りたいよ」
アノが誰かは分からないが、この子どもにとっては大事な存在なのだろう。ポロポロと涙を零す様子に、ウリウスは申し訳なさでいっぱいだった。
だが、そんな気持ちだけでどうにかなる状況でもない。どうにかして彼らを助けなければ。
「おい!早くしろよ。そろそろオークションが終わっちまうだろうが」
「案外早く人魚の値が決まっちまったんだ」
怒りのままに商品を蹴り飛ばす。呆気なくその体は使えなくなった。
魔人の肉体は人間の肉体より遥かに性能がいい。寿命という概念はほぼないし、一般の身体能力の基準はアダマンタイトの壁を破壊できるかどうかだ。魔人からすれば魔人の肉体を潰すことなど朝飯前。ろくに裏社会を知らない一般人は尚更である。
「すみません、白い服はありませんか?」
「そんなものはねぇよ。……あぁ、お前『白夜』教徒か」
「はい」
「白夜」教徒。
その名の通り白夜教を信仰する信徒だ。神は常に信徒を見守ってくれている、という考えの下立ち上げられた宗教である。
もちろん、神とはこの大陸を支配するホロサヴォルのことである。
「殺す」
「お前非教徒だもんなぁ。『白夜』は当然嫌いか」
「嫌いどころか憎いが?」
「ガチじゃねぇか」
白い服があるか進言した魔人は殺された。「白夜」教徒であるがために。
「『極夜』教徒もいるかもなぁ?」
ビクッと攫われた魔人たちが震える。
ニチェアは非教徒。第一大陸は「白夜」か「極夜」教徒しかいない。つまりはニチェアでなければ宗教徒である。
「ニチェアに攫われるような馬鹿はいないだろ」
「だよなァ。なら、ここで殺すのもアリだよなァ?」
気色の悪い笑みを浮かべ、スラリとナイフを持ちだす。
その時だった。
「おおお?……いきなり飛ばすンじゃねェよ!ハイツェ!!」
【仕方がない。ニチェアの連中が現帝の顔を知らないのは当然だが、そいつが殺されそうになっているとなれば話は別だ】
「ここに現帝がいるわけねェだろ……」
パッと二つの影が現れた。
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