Hellbanquet

Glay

Prolog


「おい!今日は活きのいい奴が売られてるってよ。……ってオマエは興味ないか」


【どうでもいい】


 空を焼き、空間に赤黒い文字が浮かぶ。


「だよなァ。……あ?」


【どうした?】


「今回の目玉は第4大陸産の人魚だとさ。よく捕まえたよなァ。第4の人魚なんて。あそこは今も昔も不可侵の地。まぁ大方、鳥籠の姫君にはなりたくなくて家出してきたんだろうが……」


 巨槌を担ぐ褐色肌の女は、葉巻を吸う。


【鳥籠の姫君だった方がマシだろう。ニチェアで売られるくらいなら】


 空に文字を綴る男は興味がないようだ。


「そのニチェアの総締めがオレらだと思うと笑えねぇなァ」


【鏡見てみろ】


 笑ってるぞ。


 オークションの品目を眺めながら笑う女は、客席の中で一際目立つ存在だ。ニチェアで彼女のことを知らない者はいない。


「そう言うなよォ。オレだって好きでこんなことしてる訳じゃねェんだから」


【……飛び入り品目】


「アン?」


【オークション裏手、三人くらいか。品目が追加されるな】


「お?イイ余り物が来るんじゃねェか?」


【……期待しない方がいい。お前がアレをと判断するなら、何も言わないが】


「見えてンなら言えよォ……」


【オークションの意味が無い】


 舞台が、パッと明るくなる。

 如何にも道化に見える格好をした司会者がハットを取り大袈裟にお辞儀をした。


「サアサアサア!本日も始まりました!!各大陸から集めた選取りみどりの奴隷たち!落とした者は貴方サマのモノ!!値を上げろ!落とせ!」


 司会者は高らかにオークションの始まりを告げる。


「それでは早速一品目!第3のスノーアポリシェン!それでは、20000メヨンからどうぞ!!」


 客はどんどん値を上げる。


「あるところにはあるもんだよなァ」


【金の話か?】


「そうそう。オレらんトコにもあるが、ニチェアで金をばらまく貴族ってのは、どうなってんだか」


 紫の瞳が愉しげに歪む。


「現帝もこの現状をどうにかしようと思っちゃいない。先帝は下民に興味がねェ。この大陸の腐敗はどうあっても進んでる。そうなりゃァ表も裏も関係なくオレらニチェアのモノだ」


【そう簡単にこの大陸がニチェアに取り込まれることは無い。腐っても神格持ちのホロサヴォル。まぁお前が相打ち覚悟でかかれば……全大陸吹き飛んでどうにか先帝の腕を持ってけるくらいか】


「厄介だよなァ。神格持ちは」


【厄介だから神格持ちなんだろ】


「言い得て妙だな!」


 オークションは進む。

 奴隷として攫われれば権利は無い。生きていることを喜ぶか、死ぬことを救いとするか。生きていることを恥じるか、死にたいと嘆くか。奴隷の未来なんぞ、ニチェアで売られた時点で相場が決まっている。


「人魚……なァ。欲しいか?」


【いらん】


「だよなァ。興味ねェもんなぁ。……ンじゃま、本日も売れ残りを回収しますか」


【買う奴はちゃんと考えろよ】


「ハイハイ」


 美しい衣装に身を包むまでに、攫ってきた奴らに何をされたかなんて想像にかたくない。舞台の上にいる奴隷は、これから自分がどう扱われるのか考えただけでゾッとするだろう。


「ま、ドンマイ。奴隷諸君!攫われた自分を恨め」


 生憎、ニチェアの連中が奴隷に同情することは無い。見世物として笑うか、使い潰す。


 殺し、賄賂、売春、ヤク、そして奴隷商。ニチェアでは普通の仕事だ。

 朗らかに嗤うこの女も例外では無い。もっと言えば彼らの代表格だ。ニチェアを締める「ヴィアザ」に属する第1大陸の女傑。


【買いすぎると、お前が面倒になるだろう。アミナダ】


「オレはお前ほど面倒見が良くないんでなァ……有能なヤツは使うが後は丸投げだな」


【こんな奴に買われる奴は不憫だな】


「ンなこと言ってよォ……お前も十二分に、淡白だろ。……ハイツェ」


 長い黒髪に日焼けなど知らないような白い肌。ただ、端正な顔にある双眸は、不気味な程に紅く煌めいている。


【心外だな。捨てると分かっていて買うような奴とは一緒にされたくない】


「仲間を平然と殺すような奴に言われたくねェな」


【裏切ったら仲間じゃないだろう……話が脱線したな。オークションの方は……人魚サマのご登場だ】


「まァどこぞの貴族が落とすだろ。で?お前の言ってた飛び入り品目っつーのは何だ?」


【出たらその目で確認しろ】


「チッ……」


 100000メヨンから始まった人魚はすでに600000000メヨンにまで膨れ上がっている。


 第4大陸産──第4大陸周辺に住まう悪魔共は総じて質が高い。高度な文明を持ちながらも、依然第4大陸を支配していた大公が死してから、不可侵とされてきた領域。


 値が跳ね上がるのは、このオークションでなくとも当然のことだ。


「マ、オレらに買われる方がマシってことよ。なんせ好き好んで嬲ったりはしねェから。対応次第では本当に隷属することも、事例としては確認されてるからなァ……」


【お前がその事例に沿えたら今頃苦労していないんだが?】


「……オレが悪かったって、すまん」


【……ともあれ、そろそろ来るぞ。飛び入り品目……。アミナダ、倉庫に跳ぶ】


「ンあ?なんだよォ……おおお?」


 客席に然として座していた「ヴィアザ」の二人は突如姿を消した。

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