第4話 放課後のおつかい

 授業はあっという間に終わりを告げ、放課後になった。

 多くの生徒が部活へと向かっていき、情熱を注ぐ。

 草はそんな生徒たちを横目に学校を出た。いつもなら校門を出て左に曲がり駅に向かうところだが今日は違う。

 草には本日課せられた重要な任務があるのだ。だから右に曲がって進んでいく。


 しばらく道なりに進んでいくと次第に大きな建物が増えていき、活気も出てくる。

 そしてお目当ての建物であるショッピングモールへと到着した。


 草は一階フロアへ入ると、背負ったリュックを下ろして中身をあさる。そして、すぐに一枚の紙を取り出した。


「えーっと、集合場所は三階の雑貨屋さんの前か」


 エスカレーターを使って上の階へ向かう。

 平日ではあるが、放課後の時間ということもあって、ご婦人だけでなく、学生もちらほら見かける。


 三階に着くと、エレベーターの前で制服を着た二人の少女が会話に花を咲かせていた。制服を見てもどこの高校かはよく分からないが、女子高生だということは分かる。

 詳細は不明だが、デートや彼氏という言葉が聞こえたからおそらく恋バナをしているのだろう。

 今朝の教室での会話もそうだが、どうして女の子はそんなに恋バナが好きなのだろうか。不思議なものである。


 彼女たちの前を通り過ぎ、左に曲がると雑貨屋さんが見えた。

 お店の前には肩口まである茶色の髪をした少し強気そうな顔の少女が立っていた。


「よう、花」


「遅い」


 開口一番、鋭い視線と声音を草に向けた。

 その子こそ、草の待ち合わせ相手、鳳仙花であった。

 アザレア女子学院に通っている少女であり、ネイチャーの一員である。機械による反乱がなければきっと関わることのなかった存在である。


 草は自身の腕時計に目をやる。現在十六時五十五分。集合時間は十七時。別に遅れてはいないし、むしろ早いくらいだ。


「わ、私はもう少し早くきてたのよ」


 そんな草の姿を見てか、花はそう言葉を告げる。

 草はそんな花の姿に違和感を覚えた。

 たしかに花はネイチャー屈指のツンデレである。だからちょっとやそっとツンな言動をしたくらいでは驚かない。

 だが、彼女と数ヶ月廃ビルで共同生活に過ごしたことで分かったこともある。彼女は理不尽なツンツン攻撃は基本してこないということだ。


 一体どうしたというのだろう。草は花を観察してみる。特段いつもと変わりはない。強いていうなら服装の違いだろうか。ワイシャツの上から黄色のカーディガンを羽織っている。ただそれは花が学校終わりに来たからであって、そこに因果関係は生まれない。


「な、なに?」


 その口調はやはりいつもよりツンツンしている。そして、少しそわそわしているようにも感じる。もしかするとこれは女の子の日というやつだろうか。

 ならばこれ以上触れるのはよそう。


「ところでみずきさんは?」


 草は話題を変えることにした。


「まだ来てない」


「そうみたいだな。きっと遅れてくるよなあ」


 草はもう一人の待ち合わせ人である大学生の男、片栗みずきを思い浮かべはあとため息をついた。

 みずきはとにかくいろいろルーズで適当な男である。

 だから遅れてくることは想定内だ。

 しかし今日はあやめの退院祝いであり、時間に余裕があるわけでもない。

 本当にそういうところである。だからネイチャー屈指のダメ人間と言われるのだ。


「時間になったしいこっか」


 花は携帯の画面を草に見せた。

 十七時。

 みずきを待つ気にはなれない。草は頷いた。そして二人の買い物は始まりを告げたのであった。




 草と花ははじめに雑貨屋に入った。

 そもそもこの買い物の目的はといえば、あやめの退院祝いとしてプレゼントやそこで振る舞う食べ物を買うことであった。


 はじめは麟が買うという話にもなったが、それではあまり面白みがないということで草と花、みずきが任命されたのである。

 責任は重大である。


 小物を見ながら、なにがいいか考えてみる。あやめが喜びそうなもの。

 ふと、先日彼女と病院で交わした言葉を思い出す。


「あやめ、なんの本を読んでるんだ?」


「レヴィ・ストロースの親族の基本構造っていう本よ。これにはね――」


 そこから本の内容の説明が始まった。しかし僕はあやめが何を言っているのかてんで分からなかった。

 あやめは昔から頭のいい子であり、難解な本を読んではその内容を教えてくれるのだ。だが、草にはその内容がわかった試しがなかった。

 不思議なことに麟はあやめがそんな難解な話をする際にさも分かるかのように頷きながら聞くのだった。

 草も誇れる成績ではないが、麟はそのさらに下をいっていた。だからきっと分かってるふりをしてるんだろうと草は思うことにしていた。


 さて、そこから草は一つの結論を導き出す。


「きっと小物よりも難解な本が喜ばれるんじゃないか?」


「そんな味気ないのは却下」


 草の提案は花に一刀両断された。

 本人からは一番喜ばれる自信があったのに、と草は不服に感じた。

 それに、小物なんてなにをあげたらいいかよくわからない。

 ひとまず草はいろいろな小物に目を通してみることにした。

 お財布、バッグ、ストラップ、ヘアピン。

 いろいろなものがあるがどれもピンとこない。


「きゃあ」


 不意に花の悲鳴が聞こえた。草は一目散にその声がした場所へかけつけた。


「このぬいぐるみ、かわいい」


 そこには花の腕でちょうど包み込めるくらいの大きさのくまのぬいぐるみにご執心な様子の少女の姿があった。

 思わず草ははあ、とため息をつく。

 かわいいもの好き。これが花のツンデレ以外の一面である。一華もよく花に可愛いと迫られ抱きつかれている。

 

「ほれ、離れろ」


 いまにもぬいぐるに顔が触れそうであった花の肩を掴み、後ろに下がらせる。

 するとむくれた顔で草を見やる。


「時間、ないだろ」


 その言葉に花は渋々引き下がった。


「というかプレゼントは食べ物でもいいんじゃないか」


「たしかに……」


 ひとまず雑貨屋に入ったもののそこで買う必要はないのだ。

 それに、アヤメはスイーツが大好きなのだ。


「あ、でも一つ買っておかなきゃいけないものがあった。一華に頼まれてたんだ」


「そういえば私もこれを買っておかなきゃ」


 花はそう言ってぬいぐるみの横に置かれた便せんを手に取った。いまどき古風なことである。


「草たちとの連絡手段用にね」


「いつもありがとうございます」


「ほんと、私に感謝しなよ。あっ、そうだ。というか、草。一華ちゃんには携帯買ってあげてもいいんじゃない」


 草は思わずうっと呻く。

 いま、月見家が抱える問題のうちの一つに花が突っかかってきたからだ。

 しかしことはそう単純じゃない。


「一応僕は買ってもいいとは言ってるんだ。でも、一華が嫌がるんだよ」


 金銭的にも連絡やチャット機能のみの携帯なら購入することはできる。

 しかし、一華にそう話しかけても大丈夫、必要ないの一点張りなのである。まだ中学生ながら家計を気遣ってくれているのかと思ったが、どうやらそれだけではないみたいだ。


「どうやら、女子同士のやり取りとかが煩わしいっていうんだ」


 たしかに、SNSのつながりは面倒くささを伴う。

 ネットワーク上で繰り広げられるぐちゃぐちゃした人間関係を反映したようなやり取りからは開放されるのである。

 現に草の目の前に立つ茶髪の少女はネット上の人間関係によるいざこざによって親友を亡くしているのだ。だからこそ、彼女はスマホを持たない道を選んだ。


 花は草の言葉に呆れた顔ではあ、とため息をつく。


「たしかに、煩わしいのは間違いないよ。でも、それは方便だよ。そもそも携帯じゃSNSは利用できないし。月見家に気を遣ってるんだよ。一華ちゃんは聡い子だから」


 草はぐぬぬと唸る。

 たしかに、いわれてみればそうである。一華は頭のいい子である。

 だからこそ、上手く草の提案を交わしていたのかもしれない。


「どうすればその本当のところを聞き出せるんだろう」


「うーん、どうだろう。私が聞いてみてもいいけど多分怪しまれるよね」


 たしかに急に花から声をかければ一華はいぶかしむだろう。

 それにこれは月見家の問題だ。どこかで時間を作り、家族会議でも開いて一華と腹を割って話すほかないのだろう。 


 そんなことを考えつつ、何の気なしに花の方を見ると、雑貨屋の前で会ったときのようにそわそわしながらあたりの様子をうかがっていた。

 本当に今日はどうしたと言うのだろう。


「大丈夫か?」


「えっ、あー、うん、大丈夫。買うもの買って食品売り場に行こっか」


 花は早口でまくし立てると足早に便せんを持ってレジへ向かっていったのだった。 




 雑貨屋での買い物を終え、二人は食品フロアへ向かった。

 花ははじめキョロキョロしていたが、しばらくすると、気にしすぎか、と小さく呟いていつもの花へと戻った。

 草はいろいろつっこみたい気持ちもあったが、なんとかそれを抑えて花の後ろに続いて歩いた。

 食品フロアへ着くと、まずは青果コーナーを見た。

 ばななや夏みかん、パイナップル、桃、りんごなどさまざまなフルーツが目に入る。


「フルーツの盛り合わせとかでいいんじゃないか」


「うーん、そうねー。麟くんが退院できるあやめちゃんと喜びの抱擁を交わすでしょ。それから、草がこれ、つまらないものだけどって果物の詰め合わせを渡して――」


「いや、そんな展開になるか」


 思わずつっこんだ。

 乙女脳。これが花の第三の特徴である。花は中学から女子校に通っているため、乙女チックな思考に磨きがかかっておりおかしくなっているのである。


「いや、カップルの感動の対面だよ。二人は抱き合って、そのまま顔を近づけて、きゃっ」


 頬に手をあて、身体をうねらせる。

 恥ずかしくてそんな花の姿を見ているといたたまれなくなってくる。麟とあやめのことだ。どうせその場ではちょっと言葉を交わしてお互い分かってるよ感を出すに違いない。

 そもそも、もし仮に二人が抱き合ったとして、そこにはフルーツを持った草がいるわけだ。他のネイチャーのメンバーだっている。そんなちょっと甘いような酸っぱいような空気の中にいたら悶えてしまう。

 

 と、突然花が左右を確認した。

 まるでなにかを探しているように。そして次の瞬間手をぐっと引っ張られた。


「な、なんだよ」


「いいからついてきて」


 買い物カゴを持った状態で小走りで青果コーナーを通り抜け、突き当たりを右に曲がる。そして壁沿いに広がるお肉コーナーには見向きもせず、すぐさま右手の調味料が多く置かれた陳列棚へ入っていく。

 そのまままっすぐ進んで陳列棚の切れ目のところで右に曲がり、再び青果コーナーの前に辿り着いた。


「やっぱり」


 草はなにがどうなっているのかさっぱり分からないでいたが、花は呆れたような、少し恥ずかしそうな声でぼそっとつぶやいた。

 その視線の先には、二人の女子高生の背中があった。

 草にはなんとなく見覚えがあった。記憶を辿ってみてすぐに思い出す。雑貨屋へ向かう道中で見かけた恋バナをしていた女子高生の二人組だ。


「菜種、蕗」


 そんな花からの声かけに二人の少女はびくりと肩を震わせるとおそるおそる振り返った。


「や、やあ花ちゃん。奇遇だね」


「ほ、ほんとほんと。花ちゃんもお買い物?そ、そちらは、どなた?」


「奇遇?」


 それはひどく冷たい声だった。

 二人の少女は顔を見合わせあわあわし始める。

 草もこんなに冷ややかな花を見るのは初めてだった。店内はそこまで冷房が効いているわけでもないが、思わずぶるっと身体を震わせる。

 花は言葉を続けることなく、真顔で二人を見つめている。

 ついに耐えきれなくなって、少女の片割れが声を発した。


「だ、だって、花ちゃん、今日遊びに誘ったとき、照れたかんじで断ったじゃん。用事も教えてくれないし。そんな反応されたら気になるじゃん。それでついてきてみたら案の定彼氏と買い物デートして」


「そうだよ。友達なんだから教えてくれてもいいじゃん」


 二人は逆ギレしてまくしたてる。


「いや、デートじゃないから」


 花はやや顔を赤くして、語気を荒げる。 

 デートと言われて少し照れているのだろう。

 

「そうだ、デートじゃない」


 草もそれに続けて言い切った。

 次の瞬間、足首のあたりに衝撃が走った。

 思わず足下を見た。花の足がかすかに浮いていた。どうやら、この白くて細い足が草に迎撃を加えたらしい。

 なにするんだと、恨みがましい視線をぶつけるも、花もむくれている。なんだってい


「ほら、見つめ合ってる。お似合いのカップルじゃん」


「カップルじゃない」


 草と花、二人の声が重なった。


「お似合いだよ……」


 花の二人の友人はもう草と花がカップルであることを疑っていない。

 おそらく弁明は意味をなさない。どうしたものだろうか。


「あー、ここにいたのか。ちっ、手間取らせやがって」

 

 不意に聞き覚えのある気怠げな声が聞こえた。

 振り返るとそこには死んだ目をした黒髪短髪の大学生、片栗みずきがいた。


「みずき、さん」


 そうだ、忘れていたがこの人がいたんだ。もともと草と花はみずきと買い物を行う予定だったのだ。


「えっ、新しい男が現れたわ」

 

「も、もしかして三角関係」


 悶える花の友人たち。事態は一層悪化したのであった。

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機械に支配された世界 緋色ザキ @tennensui241

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