僕らは何を失ったんだろう

べっ紅飴

第1話 ○○の喪失。そして災い

「やった成功だ!」


そう言ったのは僕と同じクラスで、我がパソコン部の部員の一人でもある草津秋穂だった。


他の部員たちは彼女ほど興奮してはいなかったが、目の前の未知の現象に興奮を隠せずにいた。


それもそのはずだ。今僕らが取り囲むようにして机の上に安置された黒い箱は、どこからともなく突然に、まるで最初からそこに存在していたかのように、僕らの前に現れたのだから。


それは僕らにとってみれば物語の中の魔法を再現したことに等しかった。


誰でも一度は夢見る空飛ぶ魔法とまではいかなくとも、自分たちの手によって未知の現象を引き起こしたというのは、まだ17歳前後の高校生たちにとっては刺激的過ぎたかもしれない。


僕らは、その黒い箱を触るわけでもなく、無言でじっと眺め続けた。


それから、1時間は経っただろうか。


副部長の熱海裕介が緊張しながら話を切り出した。


「なぁ、これ...どうする?」


どうしよう。


彼の質問ともいえないような質問は、どうするのか何も考えていなかった部員たちの動揺を誘った。もちろん、熱海も自分で言っておいて急に現実に引き戻されたかのような顔で、汗ばんだ顔で部員たちの顔を見回していた。


「...考えてなかった」


はっとしたような顔でそういったのは我がパソコン部の部長である道後由依が言った。


「そもそも誰がこんなことしようって言ったんだっけ?」


金髪でおさげを下ろした小柄な女子部員の玉造茉里奈が問いかけた。


そうすると皆一様に誰が言いだしたんだっけと顔を見合わせた。


俺じゃない、私でもないと全員が自分ではないと否定する。


「もしかして、誰も覚えてないの?」


ぞっとしたような顔で玉造は言った。


彼女を除く全員が頷くと玉造は困ったようにため息を吐いた。


「部長。どうするのコレ」


どういうわけか発案者が見つからないから、仕方なくといった様子で玉造が部長、道後へと厳しい視線を向けた。


発案者は覚えていないのに、なぜか道後が最終的に計画の決定を行ったことを部員たちは覚えていた。


「とりあえず、開けるのはなしとして...」


当たり前のことを自分で確認するためなのか、道後は言わずとも知れたことを口にした。


「誰か、何か案はあるかな?」


助け舟を求めるかのような目で道後は俺の方を見た。眼鏡の奥に除いた瞳は少しうるんでいて、ちょっぴり涙目だった。


「いろいろと考えなくちゃならないことはあるが...。玉造、一旦落ち着こう。誰が提案者だろうが結局は全員賛成の上でしたことなんだ。部長だけを責めたってしかたない。」


「べつに責めようと思ったわけじゃないけど」


バツが悪そうに玉造は目をそらして、自分の髪の毛を弄り始めた。


「その、悪かったわ」


ゴメンと渋々玉造は道後へと謝った。


そんなやり取りの後、少しだけ僕は気まずいような雰囲気を感じたのだが、こういうときは大抵我関せずと、自分の調子を崩さずに自分の言いたいことを言い始める女子部員がいた。


チラリと草津の方を見ると何やら彼女は、僕は何も分からなかったのだが、にこやかに頷いた。


「とりあえず名前を付けるってのはどう?」


名案でしょ?という風に草津はその目をキラキラと自信に満ちた瞳で僕に向けた。


「名前か。たしかに、必要かもしれないな」


僕は頷くとホワイトボードの前に立って命名案を募った。


黒い箱、不思議ボックス、パンドラの箱、びっくり箱などの命名案がホワイトボードに書き出され、多数決の結果この箱の呼称hパンドラにきめられた。


「パンドラの箱か、結局それっぽい名前に落ち着いたな」


熱海は少しだけつまらなそうにつぶやいた。


「だけど、びっくり箱なんて言ってたら誰か開けちゃうかもしれないじゃない」


縁起が悪いわと玉造は顔をしかめた。


「どこからともなく表れたんだからびっくり箱だと思うけどなぁ」


熱海もパンドラに賛成票を入れているわけだが、自分の出した命名案を否定されるのは少し癪に障るらしく、仏頂面で、されど抗議しているとは言えないくらいの弱弱しい声音で、ほとんど独り言のようなことを言った。


少し気の強い玉造と小市民気質の熱海とではその力関係の軍配は完全に玉造にあった。


「名前を決めたところで本題に入ろうか。まずは、そうだな...」



少しだけ悩んでから僕は次の言葉を言った。


「僕らの記憶の齟齬について話し合うべきだと、僕はそう考えている」


どうかな?と先ほど僕にその目で助けを求めてきた道後へと視線を送り返した。


「私はいいと思う。やっぱり、発案者を誰も覚えてないなんておかしいから」


パソコンは緩い部活だから、部長がどうのこうのといった上下関係は存在していないのだが、一応こういった話し合いの場においてはまずは部長から意見を言わせるようにしていた。(もっとも、なぜかいつも成り行きで司会進行をするのは僕になっている)








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僕らは何を失ったんだろう べっ紅飴 @nyaru_hotepu

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