ゾンビメーカー

@ramia294

  ある製薬会社より

 少子化に歯止めがかからず、墓じまいが増えた。

 既に、静かな永遠の眠りについている幸せな人たち。  

 彼らを訪ねてくれる血縁の者で、同じ墓で眠る者は、少数になった。


 死後の幸せ、不幸せ、の議論は、不毛だろうか?


 科学者は、考える。


 利用可能な面積が狭いこの国土に、放棄された墓地は無駄ではないか?


 科学者は、考える。


 墓地を無くすには、どうすればよいか?


 科学者は、考える。


 亡くなる人が、いなければ良い。

 失われる前ならば、命を再生出来るのでは?


 失われて行く命を再生するための遺伝子技術。

 それをを確立した科学者は、この国に、それを提供した。


 八十歳。

 その誕生日から逆転していく年齢。


 八十歳。

 突然活性化するその遺伝子。


 逆転する老化。

 年々、若くなっていく肉体。

 

 夢の技術。

 遂に、人類は死を克服した。

 いや、不死に一歩近づいた。


 しかし……、


 突然、跳ね上がる離婚率。

 若い肉体に戻った者、

 自分の中に、

 もうひとつの恋物語を求める。


 消えた恋は愛に変わらず、ただ惰性に変わっていただけ。

 その事実。

 その自らについた嘘。

 心の底の底の隠し扉を、

 開かぬよう押さえていた力を喪失する。

 夢の技術、哀しい技術。

 ゾンビメーカー。


 若い肉体の老いた心。


 結婚式場は、次々と潰れ、

 世の中には、独身者が溢れる。


 減らない人口。

 増えない人口。


 若く、元気な肉体に宿る、年老いて疲れた心。

 肉体は若くとも、新たなる人生に怯える年老いて疲れた心。


 新たな恋物語を求めるのに、

 その入口で立ちすくみ、

 恋の迷路へ一歩踏み込む勇気が出ずに、怯えるだけの時間が虚しく過ぎて行く。


 元気を失っていく世界。


 夢の技術は、覇気の無い人間を作るゾンビメーカーと揶揄される。


 製薬会社の老化逆転の遺伝子改変は、世間にその名として認知されてしまう。


 生み出した科学者の後悔は、日ごと膨れ上がる。


 世間の心無い攻撃に、痛めるデリケートな科学者の心。


 彼を救う、愛妻。


 何度も人生の逆転を繰り返す。

 何度もふたりは結ばれ、

 その縁を継続する。


 気がつけば、科学者と同じく永遠の伴侶を見つけた者が、少しずつ増えていた。


 春まだ浅く、冷たい風の中、

 蜜を求めて彷徨うハチが、菜の花畑を見つけた様に。

 絶望と憂鬱の、色の無い世界に、

 たったひとりのかけがえの無い伴侶を見つける者たち。


 その喜び、幸せ。


 この世界のほんの僅かな幸せ。

 月の無い夜の星明かりの様な、頼りない幸せ。


 しかし、この星が漆黒の宇宙に投げかける、たったひとつの価値ある光。

 それは、その僅かな幸せ。


 決して恒星の光の照り返しではない。


 何巡目かの人生の時。

 科学者の妻、

 病におかされる。

 

 枯れていく命。

 届かぬ治療技術。

 

 八十歳までは、まだ時間が足りず、彼女の人生は、逆転せず。

 

 特効薬は、

 分子標的薬。


 しかし老化逆転の遺伝子技術も

 分子標的薬を使えば、力を失う。


 どちらにしても限られた人生。




 特効薬を使い、彼女は限られた人生を精いっぱい生きて散る。

 科学者は、彼女の遺伝子から彼女を再生。


 姿形は、同じ彼女クローンを生み出す。

 振り子の様に揺れる科学者の年齢に合わせ。再生された彼女。


 再び、彼女と結ばれる事を願う科学者。

 しかし、彼女は彼の妻とは別の存在。

 決して老化が逆転しただけの存在ではない。

 彼女の新たなる幸せと彼女への想いの間で、

 振り子の様に揺れる科学者の心


 この世に、新たに生まれた彼女の人生の出会いは、星の数。

 出会いが生み出す可能性は、夢の数。


『掴み取る無限の可能性の中、自分との人生を再び始める以上の人生が、彼女にあるのではないか?』


 と、考える理系脳。

 哀しい科学者。


 揺れる心のまま、

 見守る科学者。

 その優しい眼差し。 


 彼女のその小さな胸は、科学者の視線を受けるたび、大切な何かを忘れている気持ちになる。

 それは、彼女の心に刺さった小さなトゲ。


 彼女は、一度目の人生。

 小学生、

 中学生、

 高校生。

 新なる出会いの多い大学生。


 そして、彼女は、かつてのオリジナルの様に、やはり研究の道を志す。

 研究パートナーは、イケメン。

 頭脳明晰、

 性格温厚。


 非の打ち所が無い。


 ある日の彼からの告白。

 嬉しい気持ちと心のトゲに痛む心。


 返事は研究を終えてからと答える。


 彼女の研究テーマは、クローンらしく、オリジナルの記憶の再生。

 彼女の望みは、心を痛めるトゲの正体の解明。


 しかし、この研究、

 彼女は行き詰まる。


 オリジナルの癖、

 話し方、

 表情

 

 を持つ彼女を見る、あの科学者の悲しそうな眼差し。

 伝わる寂しさ。

 あの視線は、彼女の記憶を再生する事に怖れを感じさせる。

 あと一歩の研究完成を躊躇する。


 イケメンの研究パートナー。

 彼女の研究を覗く。


 パソコンには、ほぼ完成された成果。

 最終段階を彼女に無断で進めたイケメン。


 完成させた薬品。

 彼女に投薬すれば、彼女の中にオリジナルの記憶が蘇る。


 研究を完成させ、彼女の心を振り向かせる。

 そう思い、イケメンは、投薬を勧める。


 投薬された翌日。

 彼女は、イケメンの前から姿を消した。


 イケメン、痛い、痛い、失恋。

 世の中で、僕だけ辛い。

 こんな事なら投薬を勧めなければ良かったと、後悔する。

 世の中で、独りぼっちだと

 心の中で、何度も繰り返す悲しい歌。


 しかし、イケメンの悲しさ。

 その爽やかな容姿、

 誰にも失恋を信用してもらえない。


 慰めの言葉も無い月夜。

 小路をトボトボ歩くイケメン。

 道端のダンボールの箱の中。

 子猫の声、

 抱き上げるイケメン。


 絵には、なるが……、

 イケメン、

 ハートブレイク中。


 それからの長い時間

 イケメンの孤独を癒やしたのは、子猫だった。



 ある朝、研究室。

 徹夜明け。

 睡魔に負け、ウトウトしていた科学者に、爽やかな風が吹いた。


「おはよう」


 久しぶりの愛妻の声。

 

「おはよう」


 答えてから、これは夢の中だと笑う。


「あなたのおかげで、永遠の時間を誰もが持つ事が出来たのに、本人は何を急いでいるのかしら?相変わらずの徹夜なのね」


 妻の……、

 あの声、

 話し方、

 表情。


「何故?君は。記憶までは持ち込めなかったはず」


「あなたのクローン技術は、そうかもしれない。でも、私の研究テーマは、オリジナルの記憶の再生なの」


 妻の……、

 あの声、

 話し方、

 表情。

 その姿。


「私とオリジナルは別個体かもしれない。でも同じ肉体に、同じ記憶。同じあなたへの愛を持っているわ。もう一度あなたの奥さんになれないかしら?」


 科学者は、彼女を抱きしめ、そのまま自らの膝を折り、彼女の腹に顔を押し付けて、泣いた。

 彼女は、科学者の髪をいつまでも撫でていた。



『ゾンビメーカー。

 それは、幸せを生み出すものではない。

 幸せになるには、やはりほんの少しの勇気が必要らしい。

 しかし、ゾンビメーカーは、幸せになるチャンスを何度も提供する事が出来る。

 だから、失敗を怖れずあなたも永遠の愛を掴み取ってほしい』


     ある製薬会社より 




 




 

 


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