騎士団長との恋~婚約破棄された悪役令嬢は魔法で水中都市を発展させる~
日華てまり
ライラ・ファータ伯爵令嬢と王国騎士団団長エクレール・ノクターンの恋
「……見損なったぞ! 貴女とはこの場で婚約破棄させて頂く!」
煌びやかな舞踏会の中心で、ライラ・ファータは婚約破棄を告げられた。
「見損なわれるような振る舞いは身に覚えがありませんが……その婚約破棄、承知致しましたわ」
まるで他人事のように淡々と答えるライラに、元婚約者はわなわなと怒りに拳を震わせた。
「身に覚えがない、だと! 伯爵令嬢の身分をひけらかして、彼女に嫌がらせをしていた事は知っているんだぞ!」
「マックス、私は大丈夫ですから……」
その様子を見るに、どうやら本日のライラは悪役令嬢という役を与えられた道化らしい。
「嫌がらせなどしておりませんし、するつもりもありませんでしたわ」
マックスに興味なんてなかったんですもの、と心の中でつけ足して、真実を告げる。
「この期に及んで……彼女が嘘をついているとでも言うつもりか! 夜の妖精などと……一度でもその可憐な姿に惑わされた自分が情けない! お前はさながら、人を惑わすピクシーだなっ……」
吐き捨てるように言われた言葉も、何も響くことは無い。
最近、マックスの恋人になったと噂のあった彼女が、清廉潔白な人であることは知っている。ライラという婚約者がいるのだから、付き合う事は出来ないと言った事がこの騒動の発端だろう。
つまり、ライラの存在を邪魔に思った令嬢達が、この期を逃すなとばかりに、ライラの仕業に見せかけて彼女へ嫌がらせをし、陥れたのだろう。
「お話はそれだけでしたら、私は失礼致します」
たった今、婚約破棄をされたなどと思わせない足取りで、コツコツと靴音を響かせながら歩く姿は、とても優雅で……。
すれ違う人々は思わず振り返ってしまう程であった。
(――私には恋愛なんて向いていないんだもの。それよりも今は……)
舞踏会会場の出口の扉を開けると広がる美しい世界。
特別な街灯の光が、夜の海をキラキラと照らし、真っ白な街並みを優しく包み込んでいる。
鮮やかな魚や珊瑚が自由に泳ぐエントランスで、ライラは金色に輝く長い髪をなびかせて、真っ赤なドレスをはためかせた。
くるくると踊り出したその姿は、可憐な妖精のようだった。
ライラ・ファータの瞳には、この美しい水中都市しか映っていないのだ。
*
正式に伯爵家宛に送られてきた婚約破棄の手紙をビリビリと破くと、ライラは王立図書館へ行ってくるわ、と言ってメイドに馬車を手配させた。
「……気丈に振舞っておいでですけど、お嬢様はお辛くないのでしょうか」
心配する新人のメイドの言葉に、昔からライラを知っているメイドが大丈夫よ、と肩を竦めてみせた。
「お嬢様はね、恋愛よりも魔法にしか興味が無いんだよ。今日も、魔法の本でも読みに行ったのさ」
*
「こんにちは。今日もあそこの席をお借りするわね」
図書館の司書にそう告げると、ライラはいつもの定位置である窓際の席へ、沢山の魔法に関する本を抱えて座った。
婚約者が出来てからというもの、図書館へいられる時間が短くなっていたのだ。これで心置きなく魔法に触れていられる、そう思うと思わず口元に笑みが浮かんでしまう。
「その本、面白いのですか?」
急に話しかけられて、思わず勢いよく振り向いてしまうと、そこにいたのは、きっちりと制服に身を包んだ男性だった。
柔らかそうな茶色の髪が、陽の光を透かしてキラキラと輝いている。金色の瞳を細めて微笑む仕草が、まるで日向ぼっこをしている時の猫のようだ。
(この制服、王国騎士団のものだわ――……)
「驚かせてしまいましたか? 急に話しかけてしまい申し訳ありません」
返事が遅くなったからか、騎士団の制服を着た男は困った表情で謝ってきた。
「いえ、大丈夫ですわ。ここにいる時に話しかけられた事がなかったもので……少しだけ驚いてしまって」
「そうですか。それならよかった!」
安心したのか、人懐っこそうな笑顔に変わる。その表情は猫というより犬のようだ、と誰に言い訳するわけでもないのに、ライラは心の中で訂正した。
「前々からお見かけしていたのですが……読んでいる本が気になって話しかけてしまいました。あ、申し遅れました。私、王国騎士団団長のエクレール・ノクターンと申します」
(王国騎士団の団長……といえば、二十二歳の若さで団長となったという、あの……?)
王国騎士団団長の閃光のエクレールといえば、騎士としての実力だけでなく、数々の功績をあげた能力の高さから、二十二歳という若さで団長となった有名人だ。
「団長様だったのですね。私はライラ・ファータ。ファータ伯爵の娘ですわ」
そう告げてから、はたと気づく。
このタイミングで話しかけてきたのだ。ライラが昨日の舞踏会で婚約破棄をされたファータ伯爵令嬢だということは、知っているはずだ。
「えっと……もしかして、ノクターン様も昨日の舞踏会に……?」
「えぇ……失礼ながら……」
申し訳なさそうに目を逸らすエクレールに、慌てて恋愛感情は無かったから大丈夫なのだと伝えると、安心したようだった。
「私、この通り、魔法にしか興味がなかったので……婚約破棄も寧ろ悪いものじゃなかったんですよ」
「そうでしょうね」
(――そうでしょうね?)
「そうでなければ、婚約破棄された直後に一人で楽しそうに踊っている訳がありませんから」
「み、見ていたんですか!?」
「とてもお綺麗でしたよ。あの状況の後にこんな表情で踊るご令嬢とはどんな方なのか、と気になってしまうほどに」
それで今まで話しかけてこなかったのに、今日に限って話しかけてきたのか、とライラは熱くなる頬を抑えた。
「私も王国騎士団に所属しているものの、魔法がとても好きで……こうして独学で学んでいるんです。ファータ令嬢の持っていた本はどれも、自分の選んだものと似たようなものが多かったので、ずっと話してみたいと思っていたんです」
ライラは自他ともに認める魔法マニアだ。自身で自覚しているからこそ、このマニアな本を読む人と魔法について語りたい。その誘惑に勝てるはずがなかったのだ。
好奇心に負けたライラは、まんまと目の前にぶら下げられた釣り針に引っかかることになる。
「……ライラ。ライラでいいですわ。良ければ、魔法について、私と意見交換しませんか?」
「えぇ、勿論! 私も、エクレールとお呼び下さい!」
満面の笑みで答えるエクレールの姿に、鼓動が早くなった。
(――なんだろう。私はこの笑顔に弱いのかもしれない)
この時のライラの直感は、当たっていたのかもしれない。
*
「凄いわ! エクレール! 私には、その発想はなかったわ!」
「ライラが凄いんですよ。僕だけでそこまでは考えつかなかった」
あれから、毎日のように図書館で魔法について語るようになった二人は、あっという間に意気投合し、言葉も砕ける間柄となっていた。
エクレールとライラは、考え方が似ているものの、魔法へのアプローチが正反対であった為、新しい発想がどんどん生まれていくのが時間の流れを忘れる程に楽しかった。
「この国から周辺国へのルートって、潜水艦しかないでしょう? でも、魔法鉱石を設置したゲートを作って、魔法数式を組み込んだ同じ物を二つ用意すれば、転移に似た構造になるんじゃないかなって思うのよね……」
「……ライラ!」
「何? やっぱりそんな複雑なものは不可能かしら?」
「そうじゃないよ! やってみよう! それが出来たら、周辺国との交流も盛んになって、この国はもっと豊かになるよ!」
「そうね! 一緒に考えてくれる?」
「勿論さ!」
「そうだ、あと……出来たら素敵だなって思ってることがあるんだけど……」
「なんだい?」
「水中都市ってこの国だけでしょ? この綺麗な水の中の世界はこの国でしか見れないのだと思うと、もっと人魚みたいに水の中を自由に泳げたらな、なんて……」
ぽかんと呆気に取られているエクレールに、ふふっと笑みが溢れる。
「まぁ、これは流石に無理よね」
うーん、と唸りながらも、簡単に諦めたくないのだろう。
「……それも、一緒に考えてみよう」
エクレールは真剣な眼差しで、魔法数式を書き出していた。
こうして、エクレールとライラのゲート研究は、とんとん拍子で進んでいき、遂には国に認めてもらう結果となった。
*
「ゲート開発者として、舞踏会に参加して欲しい……ですって」
少し前には、婚約破棄されて、この扉から出て行ったのに。
そんな事を考えながら、ライラは舞踏会会場の扉を見つめていた。
「そんな大事な日のパートナーが僕でよかったのかい?」
「ふざけるのはよして。一緒に作ったんだもの、貴方がいいのよ」
目には見えないけれど、確かにこのやり取りの中に二人の信頼を感じたのだろう。ライラの緊張が解れたようにみえた。
「やっと、ここまで来れたね」
優しい表情で見つめられるのが、心地良いのにどこかくすぐったくて、ライラはそっと視線を逸らした。
「ねぇ、ライラ。その黄色のドレス……とっても素敵だよ」
たった一言に心の中が暖かくなるのがわかった。
「…………ねぇ、エクレール」
「…………なに?」
「貴方の瞳の色に合わせたって言ったら、貴方は笑うかしら」
頬を染めて小さく呟くライラに、エクレールはくすくすと笑う。
「……もう、やっぱり笑ったわね」
「いや、違うんだ……そうじゃなくて……。僕のスカーフ、新調したんだけど、どうかな?」
エクレールのスカーフは薄桃色。普段なら身に付けているのを見たこともない色で……。
「……とっても素敵よ! 貴方に似合ってるわ」
照れくさそうに顔を見合せて微笑むと、エクレールはライラに手を差し出した。
「さぁ、行きましょうか!」
ライラの薄桃色の瞳がキラリと輝いた。
*
ひそひそと囁く声がする。
賞賛だろうか、妬みだろうか。
けれど、今のライラには何も響いていない。
隣には、エクレールがいるのだから。
「誰かと思ったら、ライラ・ファータじゃないか」
嫌な顔を見てしまった。
あんなに興味がなかったのに、エクレールの前でマックスに会うのは、なんだか嫌だった。
「マックス……」
「今度はどんな汚い手を使ったんだい? そこの騎士団団長を誘惑して、その輝かしい功績を手に入れたのかな?」
(なんで、そんなことを言われなければいけないんだろう)
誰に何を言われても、気にならないはずだった。
二人で作った魔法を侮辱されたくない。
エクレールを、侮辱されたくない。
じわりと涙が滲む。溢れないようにぐっと拳を握る手が震え出す。
(――なんだろう、私。弱くなっちゃったのかしら……)
パシリ。
俯くライラの視界に、床へ落ちたエクレールの手袋が映る。
しん、と静まり返る中、エクレールはライラの手を握り、大きな声で宣言した。
「それ以上は、ノクターン伯爵家とファータ伯爵家への侮辱と見なす。手袋を拾え! マックス・フーリッシュ!」
こんな事になると想像もしていなかったのだろう。
ガクガクと震えながら手袋を拾うと、マックスはエクレールへと縋り付いた。
「も、申し訳ない! 侮辱したつもりはなかった! た、頼む……お願いします……決闘を、取り下げて下さい……」
王国騎士団団長からの決闘。
それはつまり、死に等しい。
ちらりとエクレールを見ると、冷たい表情でマックスを見下ろしていた。
(こんなに怒っているところ、初めてみたわ……)
「その発言、侮辱するつもりが無いものとは思えないな」
青ざめる元婚約者の姿に、ライラは冷静さを取り戻した。
流石に元婚約者の愚かな男を殺すのは気が引ける。
(かといって、このまま許すのも……)
そこでライラに一つ妙案が浮かんだ。ライラは繋がれた手を引っ張って、そっとエクレールの耳ともへ口を寄せると、安心させるように囁いた。
「エクレール……私はもう大丈夫だから……」
「決闘を取り下げろ、と?」
冷ややかな目のエクレールに気圧されながらも、いつもの調子でわざとらしく微笑んだ。
「このまま、逃げちゃおっか」
「…………え?」
「あんな男、殺さなくていいわよ。でも、今夜くらいは怯えて貰おうかな……なんて」
そう言って、ライラは悪戯っぽく微笑んだ。
つまり、後日決闘は取り下げるつもりだが、今日はこのまま帰ってしまおうと言うのだ。
その強かさにふっと笑うと、エクレールはいつもの笑顔でライラの手を取り駆け出した。
「こういうのも、なんていうか、ロマンチックでいいんじゃない?」
「本当に貴方って人は……」
「仕方ないでしょ? 私、ピクシーなんだもん」
*
舞踏会会場から出ると、エクレールは少し困ったように煮え切らない態度で、何かの箱を受付から受け取った。
「…………何も聞かずに、このドレスに着替えてくれないかな」
その箱の中身はドレスだったようだ。
差し出されたドレスに困惑しながらも、態度のおかしいエクレールがどうしてもと言うものだから、ライラは意味もわからないまま、ドレスを着替えることにした。
着替えが終わってエントランスへと戻ると、どうやらエクレールも服を着替えたらしい。
「これ、どうしたの?」
「……君の為につくったんだ」
それを聞いても理由はよく分からず、きょとんとしていると、少し目を閉じていて、と言われ、エクレールは何やら魔法を唱えだした。
「……エクレール?」
何をしているのか聞こうとすると、そっと人差し指で唇に触れて遮られ、少しだけ目を閉じていて、とエクレールは呟いた。
普段と違うエクレールの大人な仕草に、胸の奥がきゅうと摘まれる。
真剣な表情が輝いて見えて、大人の男性である事を急に意識し出してしまう。
高鳴る鼓動に意識を向けないように、ライラはぎゅっと目を閉じた。
「よし、行くよ」
急に浮かんだ身体に驚いて、咄嗟に目を開いてしまうと、両腕でライラを軽々と抱き上げているエクレールと目が合ってしまった。
(――近いっ……)
「なに!?」
何も分からないまま混乱するライラを楽しそうに見つめると、エクレールは水中へと飛び込んだ。
(――息が……!)
「大丈夫。ゆっくり息を吸ってごらん」
水中だと言うのに平気そうに微笑むエクレールに、ほっと安堵し、ライラはゆっくりと深呼吸をした。
「……息、出来る……」
「……うん」
「……会話も出来る……!」
「……うん」
「……私、水の中にいるわ!どうやったの!?」
「そのドレスに水をはじく魔法をかけて、変身魔法の応用でエラを簡易的に再現出来ないかやってみたんだ」
「……凄いわ!…………この国って、やっぱりこんなに綺麗だったのね」
大喜びではしゃいでいるライラを穏やかに見つめると、エクレールはポケットからそっと指輪を取りだした。
「ねぇ、ライラ。僕と、婚約してくれますか……?」
真剣な眼差しに心臓が跳ねる。
目頭が熱い。
(――あぁ、水の中だから、涙が流れないのね)
差し出された指輪の前に手の甲を差し出して。
まるで踊るように抱きつくと、白いドレスがエクレールへと絡みつき、ひらひらと水の中で揺れ動く。
(やっぱり、私は貴方のその笑顔に弱いんだわ……)
「えぇ、喜んで。もう、何があっても離してあげられないわ」
水面から溢れる月明かりが、
今だけはこの世界の主人公はこの二人なのだと優しく照らしている。
エクレールが、愛おしそうにライラの頬を撫ぜる。
二人は幸せそうに見つめ合うと、そっと触れるだけのキスを交わした。
騎士団長との恋~婚約破棄された悪役令嬢は魔法で水中都市を発展させる~ 日華てまり @nikkatemari
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