『落しもの』★★★

 冷たい風がふく、まだ寒い日のこと。

 僕が道を歩いていたら、箱が落ちているのを見つけた。

 手のひらに乗せるとすっぽりおさまるくらいの小さな箱だ。

 桜色のきれいな色で、赤いツルツルしたリボンが丁寧ていねいに巻かれている。

 これは、きっとだれかへのおくりものだな、と僕は思った。

 それだけこの箱は、とてもピカピカで、きらきらとかがやいて見えた。

 だから僕は、それを交番へとどけた。

 きっと、これをくした人は、今頃いまごろすごくこまって、この箱を探しているかもしれない。そう思うと、僕の足は、自然とけ足になった。

 交番に届けたら、おまわりさんが僕に言ってくれた。


「ありがとう。ちょうど良かった。今、箱を落としたという人が来ているんだ」


 その人は、赤い服を着て、赤いとんがり帽子ぼうしを被った、白いひげの生えた大きなお腹のおじいさんだった。

 おじいさんは、僕の持って来た箱を見て言った。


「いや、これは、わしが落とした箱じゃあない。わしが落としたのは、もっと大きい箱じゃ」


 すると今度は、男の人があわてて交番へ入って来た。


「恋人にプロポーズするために買った指輪ゆびわを落としてしまったんです」


 そこで僕が、持っていた箱を見せると、その男の人は悲しそうに首を横に振った。


「ちがう、これは僕が落とした箱じゃあない。僕が落としたのは、バッファローのマークがついている」


 それじゃあ、この小さな桜色の箱は、一体誰の落としものなんだろう。

 その時、僕たちの耳に小さな声が聞こえてきた。


「ここから出して」


 声は、箱の中から聞こえた。

 僕たちは、顔を見合わせて、どうしようかと迷った。

 でも、おそる恐る箱のリボンを外した。

 桜色の箱のふたを開けると、中から暖かい桜色の風が吹き出した。

 あたたかい風は、交番から外へ出ると、公園のれ木に桃色の花を咲かせた。

 地面には、色とりどりの花が咲き、蝶々ちょうちょが舞った。

 僕たちは、いつの間にか、空気が暖かくなっていることに気付いた。


 春がきたのだ。


 この箱は、春の落としものだったのだ。


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