エピローグ

 それから五年の月日が流れ、再び春がやってきた。


 アンは五月に二十四歳、立派に教員として教え子たちに授業をしている。

 肩まであった髪も腰の位置まで伸び、それを一つにまとめていることが多い。


 しかし、今日は異なり、神殿の控室で緊張した表情で鏡を見ていた。


 丁寧に編み込まれた髪には白いバラが編み込まれ、華やかな装いに仕上がっていく。


 着ている純白のドレスは首と胸元、手の甲までを覆うデザインはクラシカルで世の女性が憧れるデザイン。

 ベールには細かい縁取りのレースがあるものを選び、花嫁の姿を見て実感している。


 このドレスは母が結婚式で身に着けていたデザインに寄せて作られ、これは従姉いとこのコーデリアが手掛けたものだった。


 アクセサリーは主にドレスに合わせたものをつけ、次に新しいことをしているのが見えている。 


「きれいよ。アンちゃん」

「ありがとう。ユキ叔母さん」


 叔母のユキは五年前の春にユーシェンと結婚し、夏の終わりに長女のアンジェリカが生まれている。


 四歳のアンジェリカはベビーピンクのドレスに縁取りに淡いピンク色の白いバラの花冠をつけて嬉しそうにしている。


「みてみてみて! おひめさまみたいでしょ?」

「うん、とても素敵よ。お姫様みたいだし、春の精霊さんみたいね」


 黒髪に明るい茶色の瞳をキラキラと輝かせている彼女は年の離れた従姉を見ている。


「アンちゃんもお姫様みたい!!」

「ありがとう。アンジェ」


 今日はアンとヴィクターの結婚式が行われるのだ。

 しかし、婚約した半年前から準備をしていた。


 新郎新婦は多忙な合間を縫い、準備をしていたので時々寝不足になりそうになっていたくらいだ。

 でも、この日を迎えることができるのはうれしいようで鏡に写る自分を見つめている。


 ヴィクターが黒の礼服を着て花嫁アンを待つと聞いているが詳しくは知らない。

 向こうもアンのウェディングドレス姿を今日まで見ていないのだ。


「それじゃあ、ウィル伯父様を呼びに行きましょうか」

「行く!」


 そう言ってアンジェリカが笑顔で控室を出て行ったときに、鏡台に置かれてある手紙を取り出して見つめていた。


 それはローマン帝国のルチアーノ皇太子と結婚したアリソンからだった。


 兄のロベルト皇太子が病により亡くなる前に婚約は決まっていたものの、公表は兄の喪が明けてから公表されたので一年ほどズレて三年前に式を挙げたのだ。


 アンは一般人なので祝福といままでの感謝を綴った手紙を結婚前に手渡していた。


 そんなアリソン皇太子妃は去年男の子を出産し、婚約したときに祝福などをしたためた手紙をくれたのだ。


 彼女から昨日の夜に手紙が届き、いままで読んでいなかったのだ。

 アリソンからは門出を直接祝うことができないが、これからも友人であることが書かれてある。


「アリソン、ありがとう」


 結婚式が始まる時間が来たのかドアをノックされる音が聞こえ、陸軍の礼装に身を包んだウィリアムがこちらを見ていた。


 彼は涙目になっているのを見て、すでに泣いていたらしい。

 結婚を許すのに数か月くらい攻防戦が続いていたので、とても結婚してほしくないという気持ちが強いみたいだ。


「お父さん」

「アン、きれい。ハナも喜んでいるよ」

「ありがとう。行こう」


 それからヴィクターの待つ神殿の祭壇室に向かう。

 花嫁は父親と共に歩くときに説明はされているが、ウィリアムもとても緊張しているようだ。


「ほとんど、この服装だし」

「大丈夫」


 そのときに鐘の音が鳴って、祭壇室の扉が開いた。

 親戚の子ども――主に父方の従兄弟姉妹いとこたちの子どもたちがフラワーガール、ベールの裾を持つ役割をしてくれている。


 そして、母方の従兄弟姉妹いとこを代表してアンジェリカには大役を任せている。

 アズマ国からはいまだに健在な祖父母と従弟いとこのマサトとハヤトが参列している。


 拍手と歓声が聞こえるなかで緊張の糸が解けてくる。

 そして、黒い礼装を身に着けているヴィクターを見つめてからはアンにこう話した。


「アン、幸せになりなさい」

「うん。いままでありがとう」

「ヴィクター、あとは頼んだ」

「はい。義父とうさん」


 ヴィクターは呼び方が固定され、新しい関係に変化していった


 彼は結婚してアンダーソン家で暮らすことになり、ウィリアムは近所に小さな住宅に引っ越している。

 姓は別姓も選べるがヴィクターは、アンダーソン姓を名乗ると聞いている。


 アンはすぐにウィリアムからヴィクターの腕を手に取り、神官の方へと歩み寄っていく。


 儀式が進んでいく中で結婚指輪の交換が始まる。


 祭壇室の扉が再び開き、そこにはアンジェリカがスカイブルーのリボンを巻いた箱を手にして歩いてくる。

 拍手や声援にこたえるように手を振りながら、物怖じせずに笑顔で歩いてきている。


 彼女はリングガールとして新郎新婦の指輪を運ぶという大役を任されていた。

 花冠をつけた彼女は春の妖精のように神官に笑顔で手渡した。


「アンジェ、ありがとう」

「おめでとう!」


 そう言って彼女は笑顔で両親のもとへと歩いていくのが見えた。

 指輪をお互いにはめて、お互いに嬉しそうに笑い合う。


「それでは誓いの口づけを」


 神官がそう宣言すると、アンはヴィクターがベールを上げやすいようにかがむ。


 ベールを上げたときに立ち上がって彼の方を向く。

 誓いの口づけをしたときに歓声と拍手が上がった。


「ここに新しい夫婦が誕生しました。神々よ、この二人の未来に加護を与え給え」


 神殿を出るときにヴィクターの陸軍時代の元同僚たちが打ち合わせにはなかったサーベルアーチをしてくれた。


 そのなかをくぐるように出口まで歩いていく。


「ヴィクターさん」

「アン。どうした?」

「幸せになろう」

「ああ」


 そう言って出口を出て再び唇を重ねた。

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とある二人の恋 須川  庚 @akatuki12

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