第17話 新しい日々が始まる

 二月二十二日。第二次大陸戦争の戦闘が終了し、多くの犠牲となった人々に祈りを捧げる日でもある。

 しかし、この日は神殿の併設してある墓地も混雑するのでハナの命日である二十三日に行くことにした。


 アンとウィリアムは神殿に併設されている墓地に向かい、墓参りを行うことになった。

 墓石の丁寧に掃除を行ってから花束を供えて、眠りについている母に問いかける。


「お母さん。来たよ、久しぶり」

「ハナ、そろそろアンが教員になるよ」

「もうなってるけどね」


 研修が嵐のように過ぎ去っていくなかでアンは時の流れの速さに驚いている。


 それからだんだんと人が増えてきたときにヴィクターがこちらに歩いているのが見えた。

 向こうも墓に供えるための花束を抱えているのが見えて、亡き母の墓参りに来たに違いないと考えた。


「大佐、アンさん。こんにちは」

「こんにちは」

「母君の墓参りか?」

「ええ。今から」

「あとで話をしないか? 家で」

「良いですよ」


 その表情は少し硬く、アンも同じような感じがしていた気がする。


 そして、次の休日に昼食時に彼は家にやってくることを知り、少し落ち着かないままで待っていた。

 ウィリアムは昼食を作り始めていてアンは手伝わなくてもいいと笑って拒否されてしまった。


 自室に戻って学院で使用していた教科書をクローゼットにしまう作業をして、これから教員が使用する教科書を机の上に置くことにした。


 それで十分に収まってくれたので、他に日記などを置くことで机の上がスッキリしている。

 すると玄関のベルが鳴り、スミスが来たことが合図されるのだ。


「やあ。スミス、来たぞ」

「お邪魔します」

「アン、準備を手伝ってくれ」

「わかった」


 キッチンの方へと向かうと嬉しそうに料理を盛り付けているのを見る。

 それはアンダーソン子爵領でお祝いの品で作られるようなものだったのだ。


「なんで今日はこれを作ったの?」

「それはあとでわかるから」


 その言葉を聞いてアンはすぐに盛り付けた皿をトレーに置いてスミスのいる場へ運ぶ。


「はい。ヴィクターさん」

「ありがとう。アン、大佐。大丈夫かな」

「大丈夫だよ。わたしもドキドキしてる」

「お待たせした。それじゃあ、食べるか」

「あの、大佐。お話が」


 それを食べ始めるときにヴィクターがウィリアムに向けて改まっている。

 隣にいるアンも緊張感が伝わってくる。


「うん。いいぞ」

「アンさんと交際について許可を取りに来ました」

「そうか」


 かなり緊張して思ったことが口に出ているようで思わずウィリアムは黙っていた。


 彼はそのまま肩を揺らしているのが見えて、少し様子がおかしくなっているので怒りのあまりヴィクターを殴りそうだ。


「お父さん?」

「アハハハ! ついに来たかと思ったら、スミス……」


 思い切り吹き出した彼を見て思わずヴィクターとアンは拍子抜けてしまった。

 それからウィリアムは一人で笑いのツボに入ったらしく、咳き込んでから落ち着くまで待っていた。


「俺はまだ受け入れるのに時間がかかる」

「そうですよね。いきなり部下がとなると」

「いや、いまは二人を尊重したいと思う。それにスミスは陸軍を離れて医術師になる。卒業して医術師になる頃には、受け入れることができるかもしれない」

「それって」


 それを聞いてアンは父に上ずった声で話しかける。


「今度は結婚の許しを得るときに来い。そのときは容赦しない」


 笑顔でアンとヴィクターを見つめたときに、アンは思わず立ち上がってウィリアムに抱きついた。


「ありがとう。お父さん」

「うん。幸せになれることを祈るよ」


 嬉しそうに微笑むとヴィクターが困惑しているが、嬉しそうに微笑んで話をしている。


「大佐」

「いや、陸軍を退職するなら階級名に言うなよ。なんでも呼んでくれ」

「え、ハードルは高いですね。考えておきます」

「うん、俺もヴィクターで良いか? 今日はお祝いだ」


 それから話をしてからは和やかに昼食が始まっていた。

 話題は三月からそれぞれアリを離れることについてだった。


「ヴィクターは卒業については」

「早くて四年ですね」

「そうか。俺も戻れるように駐屯地を良くしないとな」

「お父さん、飲みすぎだよ」


 すでにワインを開けて決して強くはないのに飲む量が多いと感じる。

 アンも心配しているが、本人は気にしていないようだった。


「ありがとう。アン、これからは一人でここにいるのは大丈夫か?」

「大丈夫だよ。家事と炊事はできるし、心配しないで」

「嫁ぐのはもう少し先にしてくれ……」


 そのことを言ってウィリアムは部屋に戻っていってしまった。

「大丈夫か?」

「良いの。これで朝まで起きないと思う。お皿洗わないと」


 食器を片づけようとしたときにヴィクターも手伝ってくれているのが見えた。


「ありがとう。ヴィクターさん、食器の水気切ってくれる?」

「わかった。俺は必ず四年で卒業して戻ってくるから」

「うん。わたしはここで待ってるから。安心して」


 そのことを聞いてヴィクターは嬉しそうに微笑んでいた。


(ここが帰る場所になるのか、まだわからないが待ってくれるなら)


 そのことを感じて幸せをかみしめていた。





 季節は三月になり、新しい生活が始まる月だ。

 アンはアリ=ダンドワ駅でヴィクターを見送りに来ていた。


 ウェストレイクにある王立第三学院へ入寮するため、この日旅立つことになっていたのだ。


「ヴィクターさん。無理はしないでね」

「うん」

「あと手紙も書くから……」


 言葉に詰まり、目の前にいる彼がにじんで見えなくなる。

 寂しさと送り出したいという気持ちが混ざって、思わず泣いてしまった。


 その気持ちを汲み取ってくれたのか、アンを優しく抱き寄せてくれた。

 微かな紫煙と彼の匂いに気持ちがさらに涙があふれてしまう。


「俺を笑顔で見送ってほしい。卒業したら結婚しよう」


 そう言って彼はシンプルな指輪を彼女の指に通した。

 それには小さくではあるが、ダイヤがはめ込まれているのに気が付いた。


「え、この指輪っ」

「母の形見だ。『ヴィクターが結婚する人にはめてあげなさい』と言って、これを遺したんだ。時間はかかるかもしれない、待っててほしい」

「はい」


 急なプロポーズに驚いてしまったが、彼に笑顔でうなずいて彼が旅立つのを見送った。

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