At the Close of Summer's Recurrence

 夏。


 時は流れ、何回も何回も循環した。


 彼は大きくなって再び故郷へと戻ってきていた。かつての彼女の墓の前に。広い広い海の向こう側から……。帰ってきていた。


 色々と複雑な感情が呼び起こされる場所。


 どれくらい大きくなったかって?



「遅れてしまってすまない。二年も時が過ぎてしまったよ。でもまさか、こんなに早く死んでしまうなんて。運命というものは本当に人間が都合よく作り出した代物だよ。こんなひどい運命があるというのなら、いっそのこと概念ごと消え去ってくれないか」



 むせ返るような暑さ。蝉の鳴き声。潮騒。緑の風景。


 どこまでも、どこまでも……


 青い海。


 彼の生まれ故郷。祖母が死んで、息子の資本主義的成功を喜び援助を求めてきた両親との縁を切ってからも、なにかと思い起こされることが多かった、彼の一生の心の拠り所。


 そして……


 遠い昔。学生のころ。高校生のころ。


 彼女とずっと過ごしていた記憶。体と体を熱く交わらせていた快楽。


 当時の体の疼きが今でも鮮明に体の上に感じられる。ひどく、いたく、リアルに。


 そして……


 大学生になってすぐ。複雑な心境でお互いに理解したつもりで別れを誓った、あのどこまでも透明で透き通った深夜の時分。


 彼はあのとき、すべてがリセットされたような気がしたのだろう。今までの人生を深く見つめ返したのだろう。


 このままではいけないと。


 どういけないのか?


 具体的にどう生きていけばいいのか?


 それを深く深く……


 どこまでも考え続けたのだろう。

 


「すれ違ってしまったとしても、心の片隅にずっと君はいた。そしてそれは君も同じことだろうと思っている。あのときの君との約束はずっとずっと、私の生きる原動力になっていたんだ。それなのに、どうして君は……」



 彼は彼女と誓い合っていた。


 二人のうち、必ず先に誰かがこの世から姿を消すことになる。そのときは、必ず一度でもいいから墓参りに来ること。死という存在に気付いたときで構わないから。絶対に絶対にお墓を前にして、何かを思うこと。思いを馳せて欲しい。そうすればこの時代に翻弄されている自分たちを少しでも大事にすることができると思うから。だからそのときまで、そのときが来るまで……。思う存分に生きて欲しい。


 このような内容であったと、彼の頭には記憶されている。



『みーんみんみんみんみーん……』



 汗が滲み出てくる。


 大学生のあのとき。少しだけ戻ってきたころよりも、ずっとずっと。さらに寂れてしまった故郷。


 そこには人影ひとつなかった。漁港もすでに廃墟と化そうとしていた。


 ただ、その人の営みの残滓を取り囲むようにして、自然はずっとある。


 あのときと少しも変わらない。


 そのままの自然。


 人間という生き物の営みは、なんて儚く、脆いのだろう。彼が生きる時代において、ほとんどの場所は廃れていってしまった……


 そして、国というものもまた、住みにくいものになり果ててしまった。


 昔よりもずっとずっと……


 目に見えないところで進行しているものを必死に隠して。隠して、隠し通していたんだ。


 そしてそれを多くの人は感じ取れなくなっていたんだ。


 溺れて……


 ただひたすらに溺れて……


 どこまでもどこまでも深く深く堕落して、初めて今立たされている現状を自覚して粉骨砕身をやっとのことで始めたんだ。


 ……

 

 ……


 後悔こそが大切なものを生み出すみたいなんだ。



「君がどう死んでいったのかは聞かなかった。いや、聞きたくなかったんだ。だから私はせめて願うよ」




『みーんみんみんみんみーん……』




「君が幸せのさなかで死んでくれたこと。何かを求めていた過程のなかで、果てたことを。どうか安らかに。私もまたあとで……」



 彼は実家に寄らずに帰路についた。


 振り返ることなく。ただひたすらに歩を進めた。



「私は君の生きる原動力になれていたのだろうか」



 彼は漁港の駐車場の陰で涼んでいた女の人のもとへと歩いていく。



"How did it go? Were you able to say goodbye properly, I wonder?"

"Yeah."

"What did she say?"

"…'Make sure to keep it to a maximum of 7 times a week with the new woman,' she said."

"Oh, that's harsh."



『みーんみんみんみんみーん……』



 暑い夏。


 どこまでもどこまでも青い海。


 彼はまた新たな人生へと歩を進めることになる。


 彼女がいない世界のなかで。


 ここから飛び出したと思っていたあの頃から、またさらに大きな舞台へと飛び出して、やっとのことで降り立った生活の場所から。。。


 また飛び出していくかのように。。。


 彼はもう留まることをしらない。


 彼のかつてのこの、不明瞭なぼやけた不安というものは、いつまでたっても消えないだろうけど。


 彼はこの不安こそが人間のどこまでも人間であれる所以なのだと信じてやまない。


 表裏一体の毒にもなり薬にもなる、この代物に彼は感謝すらしている。


 そして、いうまでもなく彼女と……


 なによりも今のパートナーに対して……



"Will you follow me wherever I go?"

"Absolutely, as far as I can keep up with you."

"Ha, then maybe I should try becoming an astronaut."

"Well……, I'll become a film director and capture the edge of space." 

"Haha, I like that."

 



『みーんみんみんみんみーん……』




  雄大な自然がただひたすらに二人を包み込んでいた。



【完】

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蒸し暑い夏の日。故郷に帰ってきた俺。そこで久しぶりに会った遠距離恋愛中の彼女が寝取られていた。どうしてこうなってしまったのだろう。こうなるしかなかったのだろうか。 ネムノキ @nemunoki7

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