第3話 本編2 (本編全部で5000字以内)
「あー、イイ匂い。やっぱ明太ポテトとじゃがバタは外せないよな。チェダーとゴーダも濃厚なチーズの匂いがたまらんぜ。って、はよ帰ろ。フロート溶ける」
閉店間際に駆け込んだにも関わらず、笑顔で作ってくれたおっちゃん、ありがとう。
チャリで片道五分位だし、袋は分けてくれてるけど急ごう。
真夏の蒸し暑くてぬるい空気が、肌にまとわりつく。チャリこいでる時は、夜だとまぁまぁ涼しいんだけどなー。
ハンドルの右と左で、ポテトとフロートの袋を分けて下げつつ、俺はチャリをこいだ。
駅前の繁華街を抜けて、賑やかな音から遠ざかっていく。青梅街道へ出る辺りを走っていたら、静かな住宅街でふいに変な声が聞こえた。
ほんの1~2分チャリこいだだけで、しーんとした静かな住宅街。
そこで、なんか明らかに人間の声じゃないみたいな、聴きなれない声がした。耳に引っかかる雑音みたいなんだけど、無機質な音じゃなくて言葉の形をした声だ。それでいて、聞いてるとくわんくわん眩暈がしそうな、不気味に濁った声だった。
『はよう、はよう、庚申の夜じゃ。はよう、はよう、天帝様へお伝えせねば。はよう、はよう、今宵のうちに』
気持ち悪い声と意味の分からない言葉に、一瞬足が止まりそうだった。空気もなんか重苦しい。夏の夜なんてジメっと重くて暑苦しい空気だけどさ、違ったんだよ。なんか、違ったんだ。
んで、なんかヤバイ奴がいるなら止まっちゃダメだろ。
そのままチャリを加速したら、すぐに声は聞こえなくなった。
なんだったんだ? いや、夏だし雰囲気あるお社いっぱい見たし、なんか勝手に自分がホラーな気分になってただけじゃね? 気のせいっしょ。
そう言い聞かせながら走って、弘法大師さんの交差点手前まで来た。また信号で止まって、左手にある野ざらしの石柱へ目を向けた。
ここだけ、お社っつーか屋根ないんだよな。
ちょい可哀そうな気もする。なんか柵で囲われてて、大事に保存していこうみたいな感じはあるんだけどさ。
さっきポテトとフロート買った御釣りの小銭。ポケットにチャラっといれてる十円玉。
いいや、十円お賽銭してこ。気のせいかもだけど、変な声聞こえたし。頼んますよ、守ってくださーい。
心の中で念じてみる。
石柱の横にある看板には、柳沢庚申塔って書いてた。石柱の横に花が、正面に六本腕の神様が、その足元に三匹の猿が、彫られている。これって、みざるきかざるいわざるっぽいな。
とりま、お賽銭して手を合わせた。
うっし、これで大丈夫だろ。信号も青なったし、はよ帰ろ。
信号を渡って、すぐに目の前にある弘法大師さんのお社にぶつからないようゆっくり横切る。
いやマジで、ここなんでこんな間近にお社あんだよ。
あるのは別にイイんだけどさ、マジでここだけ邪魔くね? 移動とか出来なかったんか? ここのお社がなかったら、もうちょい自転車でも通りやすいんじゃね。
なんだっけ、こういう道端にあるちっちゃなお社を、
ちょい罰当たりかなって思いながらも、メンドイなって内心で愚痴ってたら、なんかまたさっきの変な声が聞こえた気がした。
『はよう、はよう、今宵この時はようしぬ時。我らの宿主の悪行を申し上げよ』
は?
なんかめっちゃキモいんだけど。さっきの声なんだけど。
歩くくらいゆっくりチャリこいでた俺は、思わず足を下ろして声の方を見た。
弘法大師さんのお社の右手。青梅街道が続いてく先、線路が上に通ってて一層暗い歩道。
思わず視線を向けてしまった先に、何かちっちゃいのが三匹うごうごして見えた。
なんだ? 野良猫か? にしては不自然だ。
『天帝様に申し上げよ。悪行を裁いて、宿主をさばいて、しなば我らは自由の身』
へんな調子つけて、何かの節をつけてるみたいに吐き出される不気味な声。聞いてると耳鳴りがしそうだ。
それは、三匹のキモイ何かだった。
一匹は、ちっちゃいおじさん。キョンシーで見た道士服ぽいの着てる。
一匹は、動物みたいだが見た事もないし、勿論、野良猫じゃぁない。
一匹は、牛の頭。首辺りから人間の足がいきなり一本生えている。
っき、きんもぉーーー!!
俺は急いでチャリをこぎ出した。
まじで、いやまじでまじで、いやいやいやまじで?
分からん。わからんけど、とりまキモイしヤバイ。ってかヤバイ。
ハンドルから下げたポテトとフロートが揺れてがさがさなるけど、とにかくチャリこいだ。
『あなや、あれや、我らを見た者、逃しては宿主を起こされるかもしれん』
キモイ声が後からついてきてて、なんでかその声以外は全くの無音で、夏休み土曜の夜21時頃なのに人っ子一人いなくて、声がどんどん近付いてきてんのがハッキリ分かって、俺はマジ泣きそうになりながら必死で祈った。
ああああああああ、さっきの石柱さんんん、十円ですんませんっしたあああああ!
今度、百円おいてきますんで! なにとぞ! なにとぞぉおおおおおたすけぇえええええ!!
心ん中で叫んでいると、六角地蔵さんが見えてきて、心地いい涼やかな風を感じた。
【あれ、ここに。庚申塔のお方、ここに。
御力貸しましょう。道行く者の、標となりましょう】
六角地蔵さんの方から優しい声がして、女の人が石柱にダブって見えた。
その瞬間。キモイ三匹が目の前に飛び出て、そいつらのくっせぇ息が俺の鼻先に届いた。
あ、俺終わった。
そう思った時、爆速で小さい猿が三匹飛んできて、一匹ずつキモイのをキャッチ!
「え?」
思わず自転車急ブレーキした。
何? え?
凝視する俺の前で、ギィギィ嫌な呻きを上げて藻掻く三匹を、猿達はしっかり掴まえてどっかへ消えてった。
ほんの一瞬の出来事だった。
いつもの、のどかなただの道。点々と灯る街灯の灯りに照らされて、さっきまで全然いなかった通行人とすれ違った。
チャリに跨ってハァハァ息荒いまま、茫然としてる俺。それを、ちらっと見て通り過ぎるJKっぽい子。擦れ違いざまに、何コイツみたいな感じで眉を顰められた。
ち、違うって、さっきまでなんかいたんだってぇぇぇ。
完全に日常な風景に、俺は何度も周りを見回して息を整える。
なんにもない。俺は自転車を降りて、六角地蔵さんへ向き直った。しっかり頭下げる。
あざっした! まじで、まじであざっした!!
じいちゃん家に帰って、ポテトとフロートを振舞いながらその話をしたら、じいちゃんが笑いながら教えてくれた。
「おう、今日は8月24日か。今年は庚申の日か。今夜は、夜通し起きとかんと
三尸いうんは、人間の中にいるとされてる。頭の病気、胴体の病気、足の病気をおこすもんだとか。
それが、庚申の日の夜にだけ、宿主の体から出られる。宿主の人が寝ている間に、天帝にその人間の悪事を報告しにいくんだと。人間の罪悪を報告されたら、その人間は寿命が縮まってしまうとか言うけどな。
だから庚申の日の夜は、三尸が出て行かんように夜通しどんちゃん騒いで過ごすってな。まあ、夜通し呑むには良い言い訳になるわな」
父さん母さんは信じてなかったけど。俺は真剣にじいちゃんの話を聞いて、徹夜でゲームして明け方に寝た。
次の日。
六角地蔵と庚申塔の所へ行って、百円のお賽銭置いてしっかり手を合わせてきた。
気のせいだったかもしれないし、じいちゃんの話も年寄りの迷信かもしれない。でも俺は助けられたと思う。
それにもしかしたら、俺のピンチを助けてもらったのと一緒にさ、誰かの寿命が縮まるかも知れなかったのも助けられたんじゃね?
まじでまじで。
お地蔵さん達、あざーっす!
さんしの夜 西部柳沢付近にて 8月24日(土) (SARF応募作 ちょこっと @tyokotto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます