負け犬の遠吠えが人を殺す
結城藍人
負け犬の遠吠えから身を守ろうとした盾が相手を傷つけることに耐えられなかった心優しき人へ
TVドラマ化された漫画の原作者様が自ら命を絶ちました。そのことで、今もネットでは
ただ、その議論が示す方向が、基本的には正しいものの、事件の本質からは懸け離れていっていると私には思えます。
事件の発端について、今のところ推定されている状況を以下に整理します。
(1)TVドラマの題材として「アラフォー女優を主人公にできる題材」として、その漫画が選ばれ、原作者の許諾を得る前にキャスティングが動き出した。
(2)原作者がTVドラマ化の打診を受ける。以前に打診されたときは「完結していないので」と断った。今回は「原作に忠実に描くこと。原作ができていない最終回付近2話は原作者の提供するセリフなどを改変しないこと」を条件に許諾した。
(3)ドラマの制作が進むと、脚本が原作の重要な部分を改変していることが分かり、原作者がいちいち修正を加え、最終回付近2話は原作者が脚本を描いた。
※この時点で「原作者の出した条件」は履行されている=原作者の勝利
(4)ドラマ放送後に、脚本家が「原作者が脚本に介入した。最終回付近2話は原作者が書いた。苦い経験だった」とSNSで愚痴をこぼし、それを周囲がなぐさめて原作者側が悪いような風に持っていった。
※これは完全に「負け犬の遠吠え」でしかない。
(5)そのことでSNSで攻撃された原作者が、そもそもの条件をSNSで公開する。
※原作者としては身を守ろうとしただけ
(6)条件の公開によって、脚本家側の方がSNSで非難される流れになる。
(7)原作者が「攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい」と書いて、条件を書いた投稿を削除する。
(8)それでもSNSの攻撃は脚本家側に向いたままとなる。
(9)原作者が自ら命を絶つ。
ここで「原作者の持つ著作者人格権は守るべき」「原作者には原作を守る権利がある」と論議されるのは、基本的には正しいことです。しかし、今回の事件においては、この「原作者の権利」は正当に発動されて「原作者が勝利」しました。
そのことで原作者が疲弊したことや、そうやって原作者を疲弊させるようなTV局の「約束を守ろうとしない態度」が批判されるのは当然かと思います。そもそも、最初から「原作に忠実」にする気がなかったんじゃないかという傍証がいろいろ出てきています。ほかの漫画家の方々も、ご自身の経験から、こうしたTV局側の態度を責めています。
しかし、原作者は「勝利」しているのです。
その点において、TV局側が「原作者様に認めていただいた脚本を決定稿として放送されています」と発表しているのは間違いではないのです。
その「勝利」が「横車」や「ワガママ」のように脚本家側にとらえられていて、それでSNSでの愚痴になったことは、ひとつの問題です。そして、その背景に「TV局側の原作軽視」の態度があったことも問題です。そこで「原作者の権利」がクローズアップされることは正しいでしょう。
また、この「負け犬の遠吠え」について、脚本家側に原作者に対してのリスペクトが無かったこと、原作者を責めるニュアンスになっていたことは、確かに問題です。
しかし、脚本家がのちに「原作者が出した条件を知らなかった」と書いたのが本当だとしたら……そして本当である可能性は結構あると思うのですが(※2024年5月末発表のテレビ局による調査報告書で事実と判明)……脚本家が「被害者意識」を持つのも無理はないかと思います。しかも、あの投稿は「最終回前2話が不完全燃焼気味だった」という批判を受けてのものだと考えられています。そのシチュエーションでは「私のせいじゃない。原作者が出しゃばってああなったんだ」と書きたくなる気持ちは、分からなくもありません。
また、TV局のコメントが他人事のようで、担当プロデューサーが何のコメントも出さないことが非難されていますが、これもTV局側からすると、先のコメント以上に言えることが無いのも事実なのです。
なぜなら、TV局(プロデューザー)は「原作者の要求を呑んだ」からです。プロデューサーとしては原作を利用して、もっと別の形にしたかったのだと推測されます。原作者の許諾を得る前に既にキャスティングが行われていたこと、原作に出ないしドラマでも大して出番の無い端役に売り出し中のアイドルや女優が起用されていたこと、原作者の「原作に忠実に」という要望を無視して原作の重要な部分を変えた脚本(わざと王道展開を外したのが王道展開に変えられているなど)が出続けたということ、などが傍証になります。
しかし、その脚本は、原作者の指示に従って書き換えられ、最終2話は原作者の脚本で作成されました。
原作とドラマを突き合わせるという作業をした週刊誌の記事では「かなり原作に忠実だった」と書かれています。
そう、TV局、プロデューサーは原作者に「敗北」しているのです。自分たちが作りたかった「分かりやすい定番の王道展開で、売り出し中の女優やアイドルが活躍する、視聴率の取れるドラマ」は、結局作れなかったのです。
TV局としては、どうしようもないでしょう。原作者の条件を完全に無視したドラマが放送されて、それで原作者が自殺したのだったら、それは正に契約違反であり、それが自殺の原因とされても当然です。調査が必要です。プロデューサーは、何でそんなことをしたのか、コメントを出す義務があるでしょう。
しかし「原作者の条件は(原作者に大変な労苦を強いながらも)守られた」のです。
TV局側の発表した「原作者様に認めていただいた脚本」という言葉は、そのことを示しています。TV局の、プロデューサー側の気持ちはこうでしょう。
「条件をきちんと守ったのに、それ以上何をしろというのか」
また、プロデューサーが脚本家に「原作者の条件」を教えていなかったのではないか、という推測があり、また「脚本家の投稿を何でプロデューサーが止めなかったのか」という批判もありますが、両方ともTV局やプロデューサーからすると筋違いでしょう。
脚本家は、TV局(プロデューサー)からすると「いくらでも替えが効く単なる下請け」です。ドラマから外す理由を説明する必要はなく、またそのSNS投稿を監督する義務も無いし、逆に言えば介入する権利もありません。
そうしたTV局の冷酷な体質について批判的に見る気持ちは分かります。また、最終的に原作者から出された条件を守ったとはいえ、原作者が厳しくチェックするまで条件を無視するような態度を取っていたことから、原作者を軽視していたことは事実でしょう。
自殺についての直接的な原因は、原作者様ご本人以外には分かりません。この「原作者軽視」が間接原因になったことは想像されますが、それでも原作者はドラマ制作においては勝利しているのです。
問題は、そのあとのSNSでの攻防でしょう。
しかしながら、実はここでも「原作者は勝利」しているのです。
SNSの流れは、明らかに脚本家側を「非」としていました。一部には原作者側を非とする意見もありましたが、原作者の「TVドラマ化の条件」と「原作者の権利」からすると正当性は原作者の側にあります。
そう、原作者は「ほぼ全面勝利」していたのです。
それなのに……あえて書きます「それなのに」、原作者様は投稿を削除し、自らの命を絶たれました。
「攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい」
という言葉を残して。
原作者様はSNSの「攻撃」から身を守るために「盾」をかざしたつもりだったのでしょう。
でも、その「盾」は恐ろしい威力をもって脚本家を「攻撃」してしまいました。鋭いトゲが付いた
SNSの攻撃の恐ろしさを、その直前に身をもって知っていた原作者様が何を思ったのか、私には推測しかできません。
でも、そのことは、ある種の人にとっては耐えがたいことだったのかもしれません。
「自分が傷ついても、他人を傷つけたくはない」
そう思うような、心優しく、繊細な人にとっては。
繰り返しますが、私には原作者様が何を思い、何を考えたのかは、想像しかできません。真実は原作者様だけが知っています。
これは結局「SNS時代の悲劇」としか言いようがないのではないかと、私は思います。
一瞬で正義と悪が逆転し、「悪」に対しては容赦なき「正義」の攻撃が怒濤のように襲いかかる、それが現代のSNSです。
自分を守ろうとした「盾」が、そのまま相手を傷つける「武器」になってしまう、それが現代のSNSです。
私は、X(元ツイッター)も、インスタグラムも、ティックトックもやっていません。フェイスブックは他の人のフェイスブックを見るためにプロフィールページを作っただけです。ラインは家族や会社、PTAとの連絡にしか使いません。大規模匿名掲示板への書き込みや閲覧は十五年以上前にやめました。SNSらしきものは、このカクヨムの近況ノートと「なろう」の活動報告ぐらいしかやっていません。現代人としては時代錯誤もはなはだしいのかもしれません。時代に目を背けているのかもしれません。
それでも、まあ、インターネットの片隅で「耳と目を閉じ口をつぐんで孤独に」暮らすのも悪くはないと思っています。
負け犬の遠吠えが人を殺す 結城藍人 @aito-yu-ki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます