第11.5話





 しかしそんな楽しい毎日は続かなかった。

 中級魔法が安定して発動できるまで10日程度。

 『4属性』の中級魔法を覚えるのに1カ月以上かかってしまった。


 つまり、簡単に言うと“挫折”したのだ、


 主な原因は、私のモチベーション。やる気の問題だった。

 理由は単純、聖術が便利過ぎたのだ。




 呪文魔法の利点である刻印・道具が必要ない点は、聖術も同じであり。

 欠点の、発動に時間がかかるというのが私から見て致命的だった。


 呪文魔法は画期的で素晴らしい技術だ。

 覚えているだけで魔法が使え、集団で時間を稼げば個人が強力な魔法を放つことも出来る。

 だが、集団で戦うことのない私からすると、10秒以上というのはとても長い。



 もちろん聖術にも欠点がある。

 それは、技術的な面だけでなく、そもそも聖術を覚えるには魔力視がほぼ必須であり、現在は廃れてしまっていること。

 つまり、その存在を知っていて、教えることが出来る人材が居ない事だ。


 しかしそれは、私が魔力を視れていて、イトラが教えてくれる環境においては欠点となり得ない。




 そうして呪文魔法よりも聖術の技量が先行し、呪文魔法を覚えるというやる気が起きなくなってしまった。



 でも聖術は表立って使うことが出来ない。

 もし私が聖術を使うのなら、どうして使えるのか、誰に教わったのか聞かれるのは目に見えていた。

 聖術の説明にイトラの存在は不可欠で。

 でも、イトラは誰かに存在を知られる事を嫌っているし、彼女が嫌がることは私がしたくない。



 そういった事情もあり、中級魔法の実習が無事に終わった時に感じたのは嬉しさよりも安堵だった。



「おめでとう、リタちゃん。リタちゃんからしたら1カ月というのは長く感じたかもしれないが、中級魔法が使えるというのは魔法師として1人前の基準なんだ。だいたい成人するまでに覚えるのが一般的なんだよ」


 トムじいは、私が早く呪文魔法を覚えたがっていたのを焦っている様に感じていたのかもしれない。

 そんな私を褒めてくれる好々爺然とした態度を純粋に嬉しく思う。



 そしてトムじいから、大きな布で包装された。

 いかにも高級品ですと存在感を放つ箱を手渡された。


「これは、初級魔法と中級魔法を覚えたリタちゃんへのプレゼントだ。少し前から注文していた物だったんだが、ようやく届いてね。遅くなってしまったが、よく頑張ったね」


 受け取ってみると布の中身は箱だった、かなり軽い。

 なんだろう…ここで開けてしまっていいの?

 こう…プレゼントを受け取るのが初めてだったので、対応に困る。


「ありがとう、ございます」

「あぁ、前にリタちゃんが欲しいと言っていた妖精布でできた衣類だよ。ベッドはさすがに用意できなかったが、寝間着ならプレゼントにちょうどいいと思ってね」


 …………っ!

 ずっと欲しいと思っていた妖精布の服!

 休日にこの町で布を扱っているお店を探しても見つからなくて値段も調べられなかった、あの妖精布の服!


「ありがとうございます!」


 思わず包装の上から抱きしめる。宿に戻るのが待ち遠しくなった。




 そして、純粋に喜んでいると、トムじいが変わった質問をしてきた。


「それでリタちゃん。リタちゃんから見て呪文魔法はどう思う?」


 プレゼントをテーブルに置いてから考えた答えを言う。


「そうですね…他の魔法について詳しく知らないので比べられないですが…。詠唱時間さえ気を付ければとても便利な魔法だと思いました。だた、私は呪文魔法がどうやら得意ではないみたいです…。発動するまでがもどかしいような」


「そうかい? 十分にうまく扱っていると思うがね。まぁ実は私も似たような理由で呪文魔法が得意ではないんだ」


 そういうと、トムじいが少し笑う。


 たぶん詠唱時間というのは、みんなが思う課題だろう。

 私の答えに、トムじいは満足しているようだった。


「私は刻印魔法が得意でね、この工房でたまに自作しているんだよ。だから明日から教えるのは、刻印の原理、種類、作り方になるだろう。もちろんフランちゃんにも覚えていってもらうつもりだ」


「はっはい! …がんばります」


 突然名前を呼ばれたフランは緊張した様子。


「じゃあ今日は早めに解散するから、明日に備えてゆっくり休んでくれ」

「わかりました」

「はい」


 貰ったプレゼントを回収して、フランと一緒に店を出る準備をする。


「リタさん、護衛を呼びますので、待っていてください」

「ん、わかった」


 そういってフランはカバンから刻印を出してあの2人を呼ぶ。

 以前はフランと2人で帰っていた帰り道も、今ではヘムロックかエドさんが護衛に着くことになっていた。


「それではよろしくお願いします」


 私は2人に頭を下げ宿まで送ってもらう。

 この1カ月の間で町の雰囲気は少し変わってしまったと感じる。



 私に詳しい説明はなかった。

 ただ護衛が近くで見守る体制から、隣で警護するようになり。

 町を巡回する兵士の数も増えているように思える。


 それは、私の主観的な物で本当は気のせいで何でもないのかもしれない。

 でも、私から見るとこの町の治安は、急速に悪化しているように見えた。




 ……情報が欲しい。

 あの時の手紙の様に、今この町で何が起こっているのかを知る手段が欲しい。


(イトラ、この町で何が起こっているのか分かったりする?)


(私は知らないわ、あまり興味がないもの)


(なんだか、悪いことが起こりそうな気がして、気になるの)


(そう、気になるなら、それを知っている人間から直接聞けばいいんじゃないかしら?)


(……直接聞く?)



 …聞いたら教えてくれそうな人……フラン?

 でもフランだってかなり口が堅い。けど、それ以外に心当たりがない。



(もしかして、フランの事?)


(そうよ。素直に聞いてみればいいんじゃないかしら?)


(でも……もしダメだったら?)


(私が聞き出してあげるわ。記憶も残さないから安心しなさい)



 うーん、確かに情報は欲しい。

 それにイトラがどんな風に聞き出すのか興味がある。イトラなら悪いようにはしないよね…?


 ただ、イトラにしてはやけに前向きで協力的なのが気がかりだった。



(…わかった。ダメだったらお願いするね? どうしたらいい?)


(今日の夜、その娘の部屋に2人っきりで泊まりなさい。あの犬っ子が途中で来ないようにね)



 犬っ子…フィルの事、だよね。

 イトラは頑なに人の名前を呼ばない。それがどこか寂しく思う。



(わかった。でも…本当に任せて大丈夫? なんだか少し…不安)



 イトラは、人に価値を感じていないんじゃないか、なんて。

 私に合わせているだけで、本当はひどくどうでもいいような。冷たい感覚が伝わってくるときがある。



(私の事が信用できないのかしら? 今まで一度でもあなたを裏切った事、ある?)



 そう言われると、ない。

 イトラは一度たりとも私を裏切った事がない。

 彼女はどこか得意げに、上機嫌に感じられた。







 宿の食堂まで4人で移動し、ヘムロック達と解散した。

 いつもならここでフランとも別れて宿の手伝いを始めるところだが、その前に声をかける。


「フラン、少しお願いしたいことがあるから耳貸してくれる?」

「…? はい」


 少し屈んで顔の高さを合わせてくれたので、そっと耳に寄り小声で話しかける。


「今日の夜、フランにだけ相談したいことがあるの。だから今日部屋に泊まりに行ってもいい?」

「…は、はい。その…大事な事、なんですよね? わかりました、大丈夫です。好きな時に部屋を訪ねてきてください。起きて待ってますから」


 少し緊張したけど、フランは快諾してくれた。


「ありがとう、夕食を一緒に食べたあと、用意が出来たら部屋に向かうから…」

「はい、待ってますね」


 フランは優しい笑顔で答えてくれた。





 その後、なぞの胸の高鳴りが収まらず、ずっと落ち着かずに過ごした。



 なるべく平穏を装いながら、いつも通り3人で夕食を共にし。


「お母さん、今日フランの部屋に泊まりに行ってもいい?」


 許可が出ないと思っていないが、一応断りを入れる。


「急に決まったのね、お母さんは良いんだけど、フランちゃんは大丈夫なの?」

「は、はい! いつも1人で寝ているので、…たまになら問題ないです」

「そう、ならいいんだけど…リタをよろしくお願いしますね」



 その後フランは1人で部屋に帰り、私はフランの部屋に泊まる準備をする。



 トムじいから貰ったプレゼント箱を慎重にあけた。

 中に入っていたのは、真っ白の妖精布で出来たシャツとズボンの上下が2セットずつ、飾りや着色は全く無い。

 サイズは大きめでズボンは紐を縛ってずれ落ちないようにするシンプルな作りだった。



「リタ、どうしたのその服。とっても高級そうに見えるんだけど…」


 箱を開けるところからじっと見ていたお母さんが言う。


「その、トムじいさんが魔法の勉強を頑張っているからプレゼントにって今日くれたの」

「きちんとお礼いった? 明日お母さんからもお礼を言っておくから、リタもしっかり伝えるのよ?」

「うん、わかった」


 上下ともに真っ白で、ローブと同じ色。

 妖精布はきっとこの品の良い白さが特徴なんだと思う。

 今日から着ようか迷っていると、イトラが話しかけてきた。



(ねぇ、その服。あの娘に着せられないかしら。その方が、私が聞き出す時に楽になるのだけれど、どう?)



 どう? と言われても泊りに行くのに、フランの分の寝間着を持っていくのは変じゃない?



 まぁ、ちょうど2セットあるし、大きめだからフランも難なく着られる、けど。


 持っていくだけ持っていくことにする。



(いいけど、どうして妖精布の服があると楽になるの?)


(その布は魔力と親和性が高いのよ。つまり、使い方によっては魔力消費を抑えられるわ)


(? なるほど。わかった、任せるね)



 お湯で体を清めて、妖精布の寝間着を着る。

 もう夜も更けてきた、この時間ならフィルに気づかれることなくフランの部屋に向かえるだろう。


「じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい、あんまり迷惑をかけないようにするのよ」


 麻袋に寝間着などを入れて、部屋を出る。

 フランの部屋は隣なのですぐに扉の前に着いた。



 そのままノックをしようとして――…。


「お姉ちゃん? どうしてフランお姉ちゃんの部屋に行くの? お泊り?」


 …私の真後ろにフィルがいた。

 

 視線が合えば、いつもの様に目を覗き込んでくる。

 綺麗な金色の瞳で、私の瞳を奥の奥まで見通す様にじっくりと時間をかけて“目”を合わせてくる。


 鼻が付きそうな距離で恥じらう事なく、そのままの姿勢でフィルは言った。


「ねぇ、イトラさん。聞こえてる? フィル、イトラさんにお話しがあるの」

「……!?」


 驚愕し息が詰まった。

フィルは視線を逸らさず、体内にいるイトラを見つめているように。


「フィル? イトラさんって誰の事? わ、私はリタだよ?」

「隠さなくていいんだよ、お姉ちゃん。フィル、お願いされてるから」



 ……お願い?



想定外の言葉に呆けてしまう。

驚きは断続的に繰り返されると思考が止まる。


 抱き寄せる力を強めたフィルは、私を見る。

 瞳の奥ではなく、いつも私を見るみたいに、可愛らしい笑顔で。


「うん! でもね、お姉ちゃんを幸せにできるのは、フィルだけ、なんだよ?」


その瞳に宿るのは、親しみ、愛情を散りばめたたような、純然たる好意。

フィルは本気でそう思い信じ込んでいた。


「それでね、イトラさんにはお姉ちゃんの身体から出ていってほしいの。お姉ちゃんはフィルが責任持って幸せにするから、ね。ダメ…かな?」


フィルは可愛らしく首を傾げ、見惚れてしまうほど美しく微笑む。

簡単なお願いなら叶えてあげたくなるような、そんな笑みだった。

でも。


「ごめんね、フィルが何を知ったのかわからないけど、そのお願いは聞いてあげられない」


「……どうして? フィルじゃ、ダメなの?」


「…うん、たくさん助けてくれた『家族』だから」


フィルは悲しげな表情で、瞳を閉じた。

小さな沈黙、それから儚げに遠くを見つめて受け止めるように頷いた。


「じゃあ、フィルがお姉ちゃんを助けたら、フィルのお願い、一つ叶えて欲しいな」


「今日はそれだけ言いに来たの。お姉ちゃん」


「私も『裏切らないし、見捨てもしない』よ。そのことは忘れないでね」


「え……?」


 フィルはそれだけ言うと、階段を下りて行った。


 静まった廊下に1人立ち尽くす。

緊張から解放されて、自然と息をついていた。


(イトラ、どうしてフィルがイトラの事を知っているの? ……ううん、あれは本当にフィル?)

(ええ、そうよ。ただ悪いモノに憑かれてるわね)


──きっと、いい死に方はできないわ



イトラの囁いた一言が、脳裏をこだました。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

孤星の楽園 @rinon1007

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る