第11話





 翌朝、日が昇るよりも早く目が覚めた。

 冬の寒さが一段と厳しくなって、部屋の中がとても寒く感じる。

 きっとそれは毛布を首元までかかっていなかった事が原因だろう。

 ベッドに横になったまま聖術で部屋の空気を温める。

 まだ起きているのは私だけで、狭いシングルベッドに私、フィル、フランの順で3人が川の字に横になっていた。


 あぁ、昨日はフランの部屋にお泊りをして、フランから面白半分で秘密を聞き出そうとして…。

 …全て話したフランはそのまま眠ってしまったので、寝間着を着せてフィルと協力してベッドに運んだんだのだ。

 少し酷いことをしてしまったかもしれない。

 フランに毛布を深く掛けて寒くないよう温める。


 私が動くとフィルが眠ったまま絡みついてきた。

 まるでフランとの事は共犯だと言ってくれている様だった。

 勝手にそう解釈した私は、フィルを抱き寄せて、その耳に顔を埋め深呼吸する。

 落ち着いたので、昨日聞き出したことを整理する。



 昨日、フランをかなり追い詰めてしまった。

 結果、些細なことから本当に言ってはいけない事まで色々話させてしまった。

 正直、後悔している……フランになんて謝ろうか……。


 その聞き出した事の中で私が覚えているのは大きく分けて2つ。


1つ目

やはりフランは騎士団の騎士ではなく、領主様によって村から保護された魔力持ちの子供だった事。

 領都で魔法の勉強をしていた所に、騎士団を通して領主様から今回の護衛の命令が下ったのだという。

 つまり、護衛ではあるが、騎士団の騎士様ではなく、自分の事はただの平民だと思っていたのだ。

 だからこの町で騎士様として敬われる事に申し訳ないと思い続けていた、と話していた。


 そしてそのまま、ガタが外れたかのように自分の過去について話し出した。

 フランが生まれたのは、どこにでもある農村で、兄弟が多く裕福な家庭ではなかった事。

 そこでフランの保護(親権の放棄)を条件に、村民としては破格の支援を受け、フランは5歳にして親元から離れることになった事。

 …などなど、特に聞いていないフランについての情報がボツボツと出てきた。

 知らない事はいくつもあったが、これは予想出来ていた内容だった。

 正直、一番印象的だった事は、フランが12歳だったことだ。

 服を着せながら、改めてそう思った。



 そしてここまではくすぐりだしてから、案外あっさりと自白した。

きっと心の中でずっと言いたくて、言えなかった事なのだろう。


 ただ、あまりにもすんなり話すので、本当にこんなことを大事に秘密にするだろうか? と考えてしまった。

 調子に乗ってしまった私は、フランに「もっと言ってはいけない秘密がある事を知っている」とカマをかけた。かけてしまったのだ。


 …そして、フランはあっけなく引っかかった。


 そして好奇心の赴くままに、フィルにさらにくすぐる様にお願いした。

 しかし、フランがあまりにも口を割らないので、私とフィルとイトラの3人がかりで無理やり口を割ったのだ。


 ……そう、イトラにお願いしてしまった。

 イトラにお願いしなければ、フランは本当に何も言わなかっただろう。

 途中から防音魔法と聖術をイトラが使って、耐えられなくなったフランはすべて話してしまった。


 その結果わかった事がもう1つ。


 それは、その日の夕方、ヘムロックから共有された情報についてだった。

 この町には既に私を誘拐したら多額の報酬が得られるという噂が流れているらしい。

 当然、噂の出所の調査を騎士団で行ったが、調査した別の騎士が数名消息不明になるという結果だった。


 想像以上、想定外の相手の対応に、私の護衛の危険度が上がり、追加の護衛を手配している所だという情報だった。


 …確かにこれは話せないよね。

 本当に私が聞いてはいけない秘密だった。秘密を話したフランは、そのまま気を失う様に眠ってしまい。起きることはなかった。

 私とフィルも既に疲れ果てていたので、掃除と着替えだけ済ませ、ベッドに入った。


 そして、今に至る。



 ……ふむ、さてどうしようか。

 私は、フランの秘密を知ってしまった上に、騎士団の機密情報まで知ってしまった。

 相手は、騎士様を数人消せてしまう程の実力者。

 そんな相手が私を執拗に狙っている。

 囮というのは、引っかかった相手を吊り上げられる事で初めて成立する。

 …相手がこちらより強かったら意味がないのだ。


 今まで私が落ち着いていられたのは、イトラなら何とかしてくれると思っていたからなんだけど、これ程の実力者が相手だとどうだろうか……うーーん、いいや、直接聞こう。


(…イトラ)

(なに?)

(イトラって……つよい?)

(つよいけど…? どうしたのよ、いきなり)


 何が聞きたいのか分からなかったイトラの声を聞いて安心した。

 イトラは、私がイトラの実力と相手の実力を比べていると思ってもいない。そうはっきりと分かった。


(イトラが居てくれるなら安心だね!)

(……あなた、まさか私とその誘拐犯どっちが強いかなんて心配していたの? 失礼ね…)


 呆れられてしまったが、問題ない。

 イトラは私を『裏切らないし、見捨てもしない』のだから。


「……ん、んーあ~おはよう、お姉ちゃん…」


 腕の中でフィルが目覚めた。

 そのまま、伸びをしてまた私の腕に戻ってくる。


「おはよう、フィル。よく眠れた?」

「ん~、もう少し寝る~」

「わかった、後で起こしてあげるからゆっくり寝てて」


 頭を撫でてあげると、すぐに寝息が聞こえる。この無防備さが無性に好ましく思える。


(フィルの事も守れるように、強くならないと…)


 私も微睡の中へ落ちていった。




 朝日が昇り、すっきりとした気分で起きた。


「ん~~」


 伸びをして部屋を見ると、フィルもフランも起きていた。でも様子が変だ。

 フランは、顔を青白くして膝を抱えて丸まっており、フィルがその頭を撫でて励ましている。


「フランお姉ちゃん、お姉ちゃんも起きたし、しっかりしよ~」

「…わ、私は…昨日…うがあああぁ!」


 膝を抱え丸くなったフランの体は、とても小さく見えた。

 改めて見れば、身長も私と大して変わらない、ただの少女。まだ12年くらいしか生きていないのだから当然だった。

 庇護欲とほんの少しの同情心を揺さぶられ、私もフランの頭を撫でる。


「大丈夫、大丈夫だよ~。フランは悪くないよ~。昨日は、ナニモナカッタ、ナニモナカッタンダヨー」


 ダメだ、後半の言葉に感情が乗らない。何もなかったなんて、真剣に言えなかった。


「………何もなかった…? 昨日の事は夢…?」

「ウンウン、ユメダヨ~、ヒミツナンテ、ナニモハナシテナイヨー」

「話してないよ~」


 うん、私たちに話してしまった事など、フランが忘れてしまえばいい。私たちの目的は、秘密の内容ではなく秘密を話させる事だったんだから。

 フランが昨日のことを忘れるまで、2人で励ました。



「おはよう、フィル、リタちゃん、フランさん」


 着替えて食堂に降りると、ミレーヌさんが既に朝食の準備をしている所だった。


「おはようございます、昨日はフィルちゃんを貸してくれてありがとうございます、とても楽しかったです」

「うん! 楽しかった~、またお泊りしてもいい~?」

「フランさんが良いって言ったらだよ? あんまり迷惑かけないようにしなさい」

「は~い、フランお姉ちゃん、またお泊りしてもい~い?」

「…は、はい、大丈夫、です。…あれ? 昨日何してたんだっけ…?」


 フランがまた思い出すと大変なので、捏造する。


「…ん、昨日フランは疲れていたのか、すぐに眠ったから何もしていない。昨日は私とフィルが2人で話していただけ。次は一緒に話そう?」

「…はい、そうでした。…フィルさんが望むのなら、また…お泊りしましょうか」


 フランが柔らかい笑顔でそう答えた。

 そんなこんなで、丸く収まった。





 今日から中級魔法の実習が始まった。

 初級魔法と比べると魔力が多く使われていくのを感じるが、大した負担にならないので問題ない。


 問題は、呪文の長さだ。

 初級魔法なら長くても5秒程度、簡単な物なら2秒もかからない魔法ばかりだったが、中級魔法の呪文は短くて10秒前後、長いものは30秒程かかる。


 実習の工程は初級魔法と同じで、まず呪文の意味から学習し発音、魔力量を調整する。

 多少慣れてはきたが、頭で考えながら呪文を唱えるというのは、呪文が長くなるほどに苦労することを理解させられた。


「……はい。その調子です。その…リタさんの魔力量ってどうなっているんですか? 朝からずっと呪文に魔力を込めてますが、まだ魔力に余裕があるんですよね?」

「う、うん。まだ大丈夫」


 感覚なので大雑把だが、まだ半分くらい残っていると思う。

 でもそんなに多いだろうか。私に教えているフランも大体同じ分の魔力を消費しているはずなのでフランも魔力が多いことになる。


「……すごいです。初級魔法を覚えた後に初めに躓く所は、消費魔力量なのに…」

「リタちゃんは、10歳にもなっていないのに既に並の魔法師以上の魔力量があるんだろう。成人した時にどのくらい増えているか楽しみだね」

「そうですね。リタさん、まだ余裕があるならこの調子で進めてもいいですか?」


 とりあえず肯定する、魔力的には特に問題を感じていない。

 それに新しい呪文魔法を覚える度に、イトラがそれを聖術で再現して覚える、という毎日は工夫にあふれていて実は結構楽しんでいたりするのだ。

 呪文魔法は単語が増える毎に複雑化していく、それは聖術も同じで、起こしたい事象が明確にわかっている魔法の方が再現しやすいという理由もあった。





 しかしそんな楽しい毎日は続かなかった。

 中級魔法が安定して発動できるまで10日程度。

 『4属性』の中級魔法を覚えるのに1カ月以上かかってしまった。


 つまり、簡単に言うと“挫折”したのだ、


 主な原因は、私のモチベーション。やる気の問題だった。

 理由は単純、聖術が便利過ぎたのだ。


 呪文魔法の利点である刻印・道具が必要ない点は、聖術も同じであり。

 欠点の、発動に時間がかかるというのが私から見て致命的だった。


 呪文魔法は画期的で素晴らしい技術だ。

 覚えているだけで魔法が使え、集団で時間を稼げば個人が強力な魔法を放つことも出来る。

 だが、集団で戦うことのない私からすると、10秒以上というのはとても長い。


 もちろん聖術にも欠点がある。

 それは、技術的な面だけでなく、そもそも聖術を覚えるには魔力視がほぼ必須であり、現在は廃れてしまっている。つまり、その存在を知っていて、教えることが出来る人材が居ない事だ。

 しかしそれは、私が魔力を視れていて、イトラが教えてくれる環境においては欠点となり得ない。


 そうして呪文魔法よりも聖術の技量が先行し、呪文魔法を覚えるというやる気が起きなくなってしまった。



 だが聖術は表立って使うことが出来ない。

 もし私が聖術の事を話すならば、イトラの事も話さなければならなくなる。

 でも、イトラは誰かに存在を知られる事を嫌っている節があり、イトラが嫌がることは私がしたくない。


 そういった事情もあり、中級魔法の実習が無事に終わった時に感じたのは嬉しさよりも安堵だった。



「おめでとう、リタちゃん。リタちゃんからしたら1カ月というのは長く感じたかもしれないが、中級魔法が使えるというのは魔法師として1人前の基準なんだ。だいたい成人するまでに覚えるのが一般的なんだよ」


 トムじいは、私が早く呪文魔法を覚えたがっていたのを焦っている様に感じていたのかもしれない。

 そんな私を褒めてくれる好々爺然とした態度を純粋に嬉しく思う。


 そしてトムじいから、大きな布で包装された、いかにも高級品ですと存在感を放つ箱を手渡された。


「これは、初級魔法と中級魔法を覚えたリタちゃんへのプレゼントだ。少し前から注文していた物だったんだが、ようやく届いてね。遅くなってしまったが、よく頑張ったね」


 受け取ってみると布の中身は箱だった、かなり軽い。

 なんだろう…ここで開けてしまっていいのだろうか? こう…プレゼントという物を受け取るのが初めてだったので、対応に困る。


「ありがとう、ございます」

「あぁ、前にリタちゃんが欲しいと言っていた妖精布でできた衣類だよ。ベッドはさすがに用意できなかったが、寝間着ならプレゼントにちょうどいいと思ってね」


 おおおおおぉぉ! ずっと欲しいと思っていた妖精布の服だ! 休日にこの町で布を扱っているお店を探しても見つからなくて値段も調べられなかった、あの妖精布の服!


「ありがとうございます!」


 思わず包装の上から抱きしめる、宿に戻るのが楽しみだ。

 そして、純粋に喜んでいると、トムじいが変わった質問をしてきた。


「それでリタちゃん。リタちゃんから見て呪文魔法はどう思う?」


 プレゼントをテーブルに置いてから考えた答えを言う。


「そうですね…他の魔法について詳しく知らないので比べられないですが…。詠唱時間さえ気を付ければとても便利な魔法だと思いました。だた、私は呪文魔法がどうやら得意ではないみたいです…。発動するまでが待ち遠しいといいますか…」


「そうかい? 十分にうまく扱っていると思うけどね。まぁ実は私も似たような理由で呪文魔法が得意ではないんだ」


 そういうと、トムじいが少し笑う。

 やはり詠唱時間はみんなが思う課題だろう。

 私の答えに、トムじいは満足しているようだった。


「私は刻印魔法が得意でね、この工房でたまに自作しているんだよ。だから明日から教えるのは、刻印の原理、種類、作り方がメインになるかな。もちろんフランちゃんにも覚えていってもらうつもりだ」


「はっはい! …がんばります」


 突然名前を呼ばれたフランは緊張してしまった様だ。


「じゃあ今日は早めに解散するから、明日に備えてゆっくり休んでくれ」

「わかりました」

「はい」


 貰ったプレゼントを回収して、フランと一緒に店を出る準備をする。


「リタさん、護衛を呼びますので、待っていてください」

「ん、わかった」


 そういってフランはカバンから刻印を出してあの2人を呼ぶ。

 以前はフランと2人で帰っていた帰り道も、今ではヘムロックさんとエドさんが護衛に着くことになっていた。


「それではよろしくお願いします」


 私は2人に頭を下げ宿まで送ってもらう。

 この1カ月の間で町の雰囲気は少し変わってしまった気がする。

 私たちに詳しい説明はなかった。

 ただ護衛が近くで見守る体制から、隣で警護するようになり。

 町を巡回する兵士の数も増えている。それは、私の主観的な物で本当は何でもないのかもしれない。

 でも、私から見るとこの町の治安は、急速に悪化しているように見えた。


 ……情報が欲しい。

 あの時の手紙の様に、今この町で何が起こっているのかを知る手段が欲しい。


(イトラ、この町で何が起こっているのか分かったりする?)

(私は知らないわ、あまり興味がないもの。でも、気になるなら、それを知っている人間から直接聞けばいいんじゃないかしら?)

(直接聞く?)


 …聞いたら教えてくれそうな人……フラン?

 でもフランだってかなり口が堅いだろう。お泊りの時は3人がかりでも苦労したんだから。それに同じ手が2度通用するのだろうか。

 しかし、それ以外に心当たりがない。


(もしかして、フランの事?)

(そうよ。その娘なら2人っきりになりやすいし、一番精神が幼い。もし情報を聞き出すなら他に選択肢はないと思うけど?)

(…フランに何するつもり? フランは友達だから…傷つけるようなことはしたくないんだけど)

(傷つけたりなんてしないわよ、あなたそういうの嫌がるでしょう? 少し難しくなるけど、この娘なら、傷つけないで聞き出すのは容易ね。もし気になるなら、私が聞き出してあげてもいいけれど)


 うーん、確かに情報は欲しい。それに傷つけないで、イトラがどんな風に聞き出すのか興味がある。イトラなら悪いようにはしないよね…?

 ただ、イトラにしては乗り気過ぎるような気がするのが気がかりだった。


(…わかった。イトラにお願いする。どうすればいい?)

(今日の夜、その娘の部屋に2人っきりで泊まりなさい。あの犬っ子が途中で来ないように誘導してね)


 犬っ子…フィルの事だろう。

 イトラは頑なに人の名前を呼ばない。それがどこか寂しく思う時がある。


(わかった。でも…本当に任せて大丈夫? なんだか少し…不安)


 イトラは、私以外の人間に価値を感じていない様に思う。

 私に合わせているだけで、本当はひどくどうでもいいのだろう。


(私の事が信用できないのかしら? 今まで一度でもあなたを裏切った事、ある?)


 そう言われると、ない。

 イトラは一度たりとも私を裏切った事がない。どこか得意げなイトラは上機嫌に答えた。



 宿の食堂まで4人で移動し、ヘムロックさん達は解散した。

 いつもならここでフランとも別れて宿の手伝いを始めるところだが、その前に声をかける。


「フラン、少しお願いしたいことがあるから耳貸してくれる?」

「…? はい」


 少し屈んで顔の高さを合わせてくれたので、そっと耳に寄り小声で話しかける。


「今日の夜、フランにだけ相談したいことがあるの。だから今日部屋に泊まりに行ってもいい?」

「…は、はい。その…大事な事、なんですよね? わかりました、大丈夫です。好きな時に部屋を訪ねてきてください。起きて待ってますから」


 少し緊張したが、フランは答えてくれた。


「ありがとう、夕食を一緒に食べたあと、用意が出来たら部屋に向かうから…」

「はい、待ってますね」


 フランは優しい笑顔で答えてくれた。



 その後、なぞの胸の高鳴りが収まらず、ずっとそわそわして過ごした。

 厨房のお手伝いでも、ミスをするようなことはなかったが、普段以上に機敏に仕事していた様で、ダルフさんに心配されてしまった。

 最後まで落ち着かなかったが、「何でもないです」と誤魔化しながら片づけを進めた。


 なるべく平穏を装いながら、いつも通り3人で夕食を共にし、お母さんにお泊りの許可を取る。


「お母さん、今日フランの部屋に泊まりに行ってもいい?」


 許可が出ないと思っていないが、一応断りを入れる。


「急に決まったのね、お母さんは良いんだけど、フランちゃんは大丈夫なの?」

「は、はい! いつも1人で寝ているので、…たまになら問題ないです」

「そう、ならいいんだけど…リタをよろしくお願いしますね」


 その後フランは1人で部屋に帰り、私はフランの部屋に泊まる準備をする。


 トムじいから貰ったプレゼント箱を慎重にあけた。

 中に入っていたのは、真っ白の妖精布で出来たシャツとズボンの上下が2セットずつ、飾りや着色は全く無い。サイズは大きめでズボンは紐を縛ってずれ落ちないようにするみたいだった。


「リタ、どうしたのその服。とっても高級そうに見えるんだけど…」


 箱を開けるところからじっと見ていたお母さんが言う。


「その、トムじいさんが魔法の勉強を頑張っているからプレゼントにって今日くれたの」

「きちんとお礼いった? 明日お母さんからもお礼を言っておくから、リタもしっかり伝えるのよ?」

「うん、わかった」


 上下ともに真っ白で、刻印が無い分ローブよりほんの少しだけ手触りが良かった。嬉しさを噛みしめながら、今日から着ようか迷っていると、イトラが話しかけてきた。


(ねぇ、その服。あの娘に着せられないかしら。その方が、私が楽になるんだけれど、どうかしら?)


 どう? と言われても泊りに行くのに、フランの分の寝間着を持っていくのは変じゃない?

 まぁ、ちょうど2セットあるし、大きめだからフランも難なく着られるだろう。

 持っていくだけ持っていくことにする。


(いいけど、どうして妖精布の服があると楽になるの?)

(まぁ見てればわかるけれど、その服は魔力と親和性が高いのよ)

(? なるほど。わかった、任せるね)


 お湯で体を清めて、妖精布の寝間着を着る。

 もう夜も更けてきた、この時間ならフィルに気づかれることなくフランの部屋に向かえるだろう。


「じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい、あんまり迷惑をかけないようにするのよ」


 麻袋に寝間着などを入れて、部屋を出る。

 フランの部屋は隣なのですぐに扉の前に着いた。


 そのままノックをしようとして――…。


「お姉ちゃん? どうしてフランお姉ちゃんの部屋に行くの? お泊り?」


 …私の真後ろにフィルがいた。

 

 振り返ると、いつもの様に目を覗き込んでくる。

 そして今回は普段よりもさらに近く、細い両腕を私の首に絡め、体を密着させてくる。

 それはまるで町中で見る恋人同士の愛情表現の様だった。



 綺麗な金色の瞳で、私の瞳を奥の奥まで見通す様にじっくりと時間をかけて“目”を合わせる。

 鼻が付きそうな距離で恥じらう事なく、そのままの姿勢でフィルは言った。


「ねぇ、イトラさん。聞こえてる? フィル、イトラさんにお願いがあるの」

「……!?」


 驚愕し息が詰まった。


フィルは視線を逸らさず、体内にいるイトラを見つめているようだった。


「フィル? イトラさんって誰の事? わ、私はリタだよ?」

「隠さなくていいんだよ、お姉ちゃん。フィル、もう知ってるから」


 フィルの態度に迷いはなかった。確信があるように堂々と、間違いを諭すような優しい口調で言う。


「フィルは知ったんだよ。イトラさんのことも、その目的も」

「目的……?」


想定外の言葉に呆けてしまう。

驚きは断続的に繰り返されると思考が止まる。


 抱き寄せる力を強めたフィルは、私を見る。

 瞳の奥ではなく、いつも私を見るみたいに、可愛らしい笑顔で。


「うん! でもね、お姉ちゃんを幸せにできるのは、フィルだけ、なんだよ?」


その瞳に宿るのは、親しみ、愛情を散りばめたたような、純然たる好意。

フィルは本気でそう思い信じ込んでいた。


「それでね、イトラさんにはお姉ちゃんの身体から出ていってほしいの。お姉ちゃんはフィルが責任持って幸せにするから、ね。ダメ…かな?」


フィルは可愛らしく首を傾げ、見惚れてしまうほど美しく微笑む。

簡単なお願いなら叶えてあげたくなるような、そんな笑みだった。

でも。


「ごめんね、フィルが何を知ったのかわからないけど、そのお願いは聞いてあげられない」


「……どうして? フィルじゃ、ダメなの?」


「…うん、たくさん助けてくれた『家族』だから」


フィルは悲しげな表情で、瞳を閉じた。

小さな沈黙、それから儚げに遠くを見つめて受け止めるように頷いた。


「じゃあ、フィルがお姉ちゃんを助けたら、フィルのお願い、一つ叶えて欲しいな」


「今日はそれだけ言いに来たの。お姉ちゃん」


「私も『裏切らないし、見捨てもしない』よ。そのことは忘れないでね」


「え……?」


 フィルはそれだけ言うと、階段を下りて行った。


 静まった廊下に1人立ち尽くす。

緊張から解放されて、自然と息をついていた。


(イトラ、どうしてフィルがイトラの事を知っているの? ……ううん、あれは本当にフィル?)

(ええ、そうよ。ただ悪いモノに憑かれてるわね)


──きっと、いい死に方はできないわ



イトラの囁いた一言が、脳裏をこだました。




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